第14話 星女の孤児院
「私、エブレンさんのこと見てくるねー!」
私は振り返り、ママにそう告げながら、扉のドアノブを捻った。
ドアを開けると、眼下には灰色の厚い雲が絨毯のように広がっていた。強く冷たい風が私の顔を打ち付ける。
「......気を付けてね。」 ママは少し心配そうな顔で、手を振り、私を見送っていた。
ママと彼女が衝突したあの夜以来、私たちは彼女を排除しない代わりに、常に行動を監視し、制御することにした。彼女は理由や動機が何であれ、子供たちを保護しているからだ。特に孤児にとっては、彼女は失われてはならないだろう。
私は、お目付け役として、またママと彼女の調整役として彼女と接触を図ることにした。今回は、その役割における最初の接触である。
「......ぴぅ......♪」 私は軽く口笛を吹いた。口笛の音はジェット気流に流されていった。
たんっ!と扉の敷居を踏み込むと、私は灰色の雲をめがけて、頭からダイビングした。
(雷電化のために径が太い稲妻にアクセスしないと............これがいい。)
私はちょうど眼下の雲に迸る数本の太い稲妻を見つけ、それに身体をゆだねようと決心した。
雷電体における移動の要領は、稲妻の高電圧を身体チャージさせエネルギー体の一種である雷電体となった後、電気を操作する能力を用いて、電荷放出の分布を所望の場所へ移動するよう、志向させる。
一方、雷電体から復帰する際は、チャージ電荷が枯渇するまで放出飛行するか、自らの意志でチャージ電荷を振り払う。(例えば、稲妻のように地面に勢いよく落ちることで、楽に簡単に余剰の電荷を振り払える。)
一度できてみれば、何ということはない。太古の昔、みんな出来ていたことなのだから。
十分太い稲妻に自らの身体を接触させると、身体に熱いエネルギーが満ち溢れる。身体がバラバラになりそうなのを制御し、自らを金属の自由電子のように振舞わせ、雲を駆ける。
(......ここだっ!!)
手ごろな高層ビルを見つけると、その屋上めがけて私はズバンッと落雷した。
避雷針がある方が、ある程度の誘導があって楽に屋上に降りることができるから都合がいい。
(彼女の住所兼事業所は......あそこだね。)
彼女から聞いた住所兼事業の場所は、実は見知った土地にあり、そのため私は精度よく近くまで雷電体で移動することができたのであった。
私は、屋上からぴょんっと飛び降りるとそのまま滑空し、彼女の住所兼事業所の建物に向かって翼で飛行した。
彼女の住所兼事業所は、古い2階建て木造アパートを改装した建物で彼女は1階の道路側の部屋に住み込み、残りの部屋は子供たちの住居として使われていた。
アパートの南側には共用の庭があり、様々な年齢の子供の服と少し大きい彼女の熊キャラプリントの服が干されていた。
私は明かりが漏れる彼女の部屋の扉をノックした。
しかし、返答がなかった。
(......居留守か?)
しばらく待っていると、カンカンと誰かが金属製の薄い階段を踏み鳴らしながら下る音が聞こえてきた。振り返るとエブレンが、彼女が2階から降りてくる途中だった。
彼女は、私に気が付くと何も言わず、ただ白い歯をわずかに見せ微笑んだ。
「こんばんわ。」 私は少し緊張していった。
「こんばんわ。」 彼女も同じ調子で返した。
「お忙しいところお邪魔しちゃってごめんなさい。ケガとかお仕事とか大丈夫かなって、お手伝いできることがないかなって......。」
「ありがとう、優しい子ね。私は、もう大丈夫よ。」
「ほんとですか?あんなにボロボロだったのに......。」
「
「
「アイツも含めて、私たちのことよ。この惑星と共に生きる役目を担う最初期の人間たち。」
「そういえば、どうして私たちとそんなに違うの?」
「役割の違いよ、と言っても腑に落ちないでしょう。ごめんなさい、私もずっと昔のことだし、この地球を離れていたのもだから忘れてることが多いの。アイツが一番よく知ってるから。」
「そっか......ところで困ってることはない?あっ。」
「肩肘張った話し方しなくていいよ。よそよそしいのは好きじゃない。......困ったことはちょっと人手が足りないかなってことかな。」
「ほんとにすごいよね、一人でお金を集めて、いろんな年の子を養ってるなんて。人を雇ったりはしないの?」
「お金や物資は案外とどうにかなるものよ。世間の注目を集めることができれば、お金や物資は集まる、それは清濁混ざったものでも子供を養うために役に立つ。でも、人手は誰でもいいわけじゃない。悪意ある人間は、何の役にも立たないどころか害悪にさえなる。」
「なるほどね。」
「でもアイツが選んだあなたが来てくれるなら助かる。」
「お悩みが聞きだせて何より。今度はそれにこたえるばんね。」
「アイツからは何て言われてるの?」
「特に何も、気を付けてねってくらいかな。だから何でもお手伝いできると思う。」
「そう、じゃあさっき言った通り人手が必要になる力仕事とか子供のお世話とかお願いしようかしらね。」
「うん!」
「でも今日は、もう大丈夫。みんな寝たから、朝まで起きることはないわ。」
「そっか、じゃあまた明日来ようかな。」
「しばらく泊っていきなさい。私の部屋に、お休みする場所は作れるから。それにお手伝いしてもらって何もしてあげられないのは悪いから。」
「へへっ......それならお邪魔しようかな。実は帰るの面倒だったんだ。」
「っん、じゃあいらっしゃい。」
彼女は扉を開けると、中は外から見るよりも意外と広い和室空間が広がっていた。この広さは、隣の部屋との敷居壁をぶち抜いて一つの部屋として改装したためである。
隣との部屋は壁はないものの、襖で間仕切りされており、襖の向こうでは幼児たちが寝ているのであった。以前来たときは、お昼寝の間だったので、今はおやすみの間となっているのだろう。
私はそんなことを察しながら、そぅっとケージ・ドレスとセット支給のブーツを脱いだ。彼女もサンダルをそぅっと脱いだ。
彼女は、押入れから布団を二つ取り出すとちゃぶ台を壁に立てかけ、音を出さぬようおもむろに敷いた。一つは真新しいものであるようだった。
「歯ブラシは洗面所の下の棚、好きなのとって。あぁ、下の棚を開けたら施錠して直してね、おチビたちが開けちゃうから。トイレはあっち、この時間大きな音がしないようふたを閉めてゆっくりと流してね。」
「はぁい、ちょっと喉乾いちゃったなぁ。」
「冷蔵庫の飲み物は、子供たちの名前がないもの以外、私が補充してるから好きに使って。自分のものを入れるときは、名前を書いておいてね。」
彼女は冷蔵庫にくっついた籠に入ってるマジックペンを指した。
「じゃあ炭酸水をいただきます。」
「どうぞ~。」
私は冷蔵庫から炭酸水のペットボトルを引き出すと、ゆっくりと開けた。しゅーっと気の抜けるかすかな音がした。
一口入れると、強い炭酸が喉を刺激した。彼女と長く話して喉が渇いていたので、めちゃくちゃ美味しかった。
私は半分くらいまで飲むと、ペンで「あきら」と注記して冷蔵庫に戻した。また明日飲もうと思った。
次に洗面所に行き、歯ブラシの封を開き、新品の歯ブラシを使って歯みがきをした。鏡台には小さなコップがいくつも立てかけられていた。いつの間にか、私の名前のコップがフックにかけられていた。なんだか、私もこの家族の一員のようなそんな雰囲気を感じた。
「じゃ、寝ますか。」
「おやすみなさい、あきらちゃん。」
彼女は私の名前を初めて呼ぶと、明かりを消して布団に潜り込んだ。
星女だって布団で寝るんだ......そんな意外さを感じながら私は見慣れぬ天井を見つめていた。
夜はただいつものように静かに更けていった。
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