第13話 惑星の衝突

 「あの子は......!!」



 灯火の中に浮かんだその顔と姿は、私が以前ニュースで見た行方不明で救出された少女だった。エブレンと呼ばれたその少女は無表情で、私たちを見つめていた。



 「それが今度の新しい身体というわけね。」



 ママがゆっくりと少女に近寄りながら、言った。



 「それが今度の新しい伴侶というわけね。」



 少女もゆっくりとママに近寄りながら、言った。少女の声はニュースで聞いた時と違って冷たく、別の人格が話しているかのように感じられた。

 


 「何度も言うけどあなたのやり方は間違ってる。だから、お引き取り願いたいの。」 ママの言葉は静かな怒りや不快感を伴っていた。


 「人様から大切な子達を奪っておいて、あなたの方が間違ってるとは思わないの。」 エブレンが返した。


 「この子達は、あなたのおもちゃじゃない。」 ママはそういいながら若干の速足でエブレンに向って歩いた。


 「おもちゃにしてきたのは、どちらなのかしらね。......その子達はあなたのお人形なんかじゃない!」 エブレンも足の運びを速めてママに向かった。


 「自分のしてきた過ちの自覚が無いなんて......ほんとに哀れね!」 




 そう言いながらママが大きく、身体を前のめりに倒すと足元から地面に向かって数本の青白い稲妻がほとばしった。

 ママは眉をひそめ、八重歯をむき出しにしてこう言った。




 「時間をあげたのに何も......ンにも変われなかったのね!!」


 「あげたのはこっちの方よ、残念だわ!!」

 エブレンもママと同じく前のめりになり、足元に金色の稲妻を走らせた。




 ブンッという低い振動音とともに両者の姿が一瞬消え、すぐさま電気的な爆発が目の前で起きた。しかし一体なのが起きたのかは分からなかった。

 私は上下左右、あたりを見渡した。


 バチンッという破裂音がすると同時に金色の落雷が私の前に落ちた。その稲妻の光の中でエブレンが片膝立ちで身体を支えているのがぼんやり見えた。さらに、彼女は大きく肩で息をしているように見えた。

 再びバチンッという破裂音がすると今度は青白い稲妻が、私のさらに目と鼻の先の距離まで落ち、その青白い光の中でママの銀髪が揺らめくのが見えた。

 ママは片膝立ちではなく、両足で威風堂々と私の前で立ちふさがり、いつの間にかその両手には青白く冷たく光る剣と盾が握られているのであった。その姿は、神話に出てくる戦乙女のようであった。


 

 (まさか、あの見えない一瞬で決着が......!?)



 私は状況が飲み込めなかったが、目の前の二人の圧倒的な余裕の差から勝負が決したことを悟った。

 

 エブレンから発せられる金色の光がだんだんと弱くなり、彼女は力弱く片膝立ちの状態からごろりと横臥した。



 「......はぁ......はぁ......はぁ.......。」


 「あなたのその力の弱さが、子供たちを危険に晒す。」


 「......くっ......!......がっ......!」

 エブレンは金色の体液を口からわずかに吐き出した。目が虚ろになり、呼吸が深く遅くなった。



 「......なさい......。」


 「?」


 「......みんな......ご、ごめん.....なさい。」 

 エブレンの頬に涙が伝い、彼女が嗚咽していることがわかった。

 

 「............。」 

 ママは冷めた表情でその様子を見ていた。まるで心底哀れんでいるかのように。



 (みんなって......まさか......!)

 私はニュースで報じられた孤児を保護するという目的で彼女が設立したと報じられたNGOの存在を思い出した。そして、彼女がこの惑星にきた理由からある一つの推測に至った。



 「ちょ、ちょ、ちょっとまって!!」

 私はその推測が正しいか確証がなかったが、何としても二人に述べなければならないと強い使命感を感じた。私は勢いを殺さぬよう、冷静にならないうちに一気に二人に向かって話しかけた。



 「そ、その人も誰かの大切な人なの!」


 「......ぁぅ......。」


 「私は以前のあなたがどんな管理者だったのか知らない。ママの言う通りの人物だったのかもしれないし、それが今も変わってないのかもしれない。ねぇ、ママは何で何も変わってないと思ったの?」


 「......私にもわからないわ。ただ、今話し合った結果分かり合えないと理解できたわ。」 ママはいつもの優しい表情ではなく、真顔で答えた。

 

 「じゃ、じゃあ今は二人とも何となく意地を張り合ってるだけだよ!」


 「意地......?」「............ぅ...?」


 「私も親友と喧嘩したらよく思っちゃう。ほんとは違うのに、ほんとは認めたいのに、ほんとは許したいのに......私の中の意地が全部を否定する。私の今までの思いを否定して傷つきたくないから、代わりに目の前の親友のことを......否定してきた。」 

 

 私はさらに続けた。


 「あなたたちが私たち人間のことを本当に深く愛してくれていることは、わかりました。でも、あなたたち同士が以前のように信頼し合い、強い絆で結ばれていない限り、私たちはずっと不幸に感じることはないよ。

 私たちもあなたたちのことを愛しているから。そんなあなたたちに幸せであってほしいと強く思うから。」


 私はさらにさらに続けた。


 「忘れないで、幸せは与えるだけのものじゃない。」


 私はそういうと、エブレンのほうに問うた。


 「ねぇ、あなたは今は孤児院のような施設をやっていると聞いたのだけど。きっとその中で幸せを見つけることができたはず。何が嬉しかった?」


 「......わからない......たくさん......うれしかった......。」


 「そう......。」 エブレンの言葉を聞いて私は確信し、ママに言った。


 「ねぇ、ママ、きっとこの人は以前よりもずっと違う、良い方へ変わっていると思うよ。」


 「......どうしてそう思うの?」 ママは腕組をして、興味深げに眉をひそめた。


 「幸せを与えられる、その喜びや嬉しさを知ってるみたい。だから以前みたいに一方的な価値観の幸せを押し付けるなんてしないと思う。この人の以前を知らないけど......。」


 「ふむ......。」


 「二人の間に並々ならない確執や意地があることは、わかってる。でもこの短い時間でお互いに対して結論を下すのは、よくないと思う。」


 「............。」


 「せっかくこの惑星に来たんだから、もう少し一緒にいて理解を深めたらどう?それに、この人を必要としている人々のことを無視することはできないでしょう。」


 「子供たちを洗脳することが、彼女の侵略的常套手段よ。」


 「そう、だから一緒にいて見張る必要があるの。それに教育ってある意味洗脳だから避けては通れないよ。それよりも方針が重要だと思うの。」



 ママはそこまで私の意見を聞くと、腕を組みなおしてふーっと鼻息を吐きながら、エブレンを見ていた。指をトントンと二の腕に叩きながら何かを考えていた。


 エブレンはぐったりとうなだれながらも、薄い目を開けて虚空の向こうに何かを見ていた。




そして、そのまましばらくの間、各人の熟慮のための沈黙が続いた。

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