第12話 惑星のお誘い

 ズドンッと足元に大きな衝撃を感じ面を上げると、そこには見慣れた夜景が広がっていた。遠くに赤く輝く東京タワーが見え、ここが高いビルの屋上であることに気が付いた。



 「着いたわ。上を見て、あの雲の中をずっと通ってきたのよ。」



 ママが上を指すと、どんよりとした雲が夜空をどこまでも覆っていた。



 「でもこの雷雲は少し厚みが足りなくなってきているわ。だからここで一旦降りて、あとは自分たちの翼で移動するの。その方が細かいところにも行けて都合がいい。」


 「翼......!?」


 「あきらちゃんも背中に......ほらね。」



 ママはそういいながら私の背中に手を伸ばすと、霧のようにふんわりとした不明瞭な翼を私の前につまんで持ってきた。一方、ママは力強くはっきりとした翼を実体化し、優雅に広げた。



 「ひゃーっ!くすぐったい!」


 「普段空を飛ぶことがない人間たちには、翼を動かすことよりも、空を飛ぶ際の空気感や浮遊感といった恐怖に直結する感覚に慣れることが重要よ。今から飛ぶけど、さっきと同じように手をしっかりつないでいてね。」


 「......う、うん。」


 


  ママは私の手を引きながら、屋上のヘリに向かって歩き出した。私も歩調を合わせ、ママについて行った。今度はまるでエスコートされているが如くの安心感があった。


 ママと並んでへりにたつと、ビル風が一層強く冷たく感じられた。私がママの手を握る力を増すと、ママもまたきゅっと握り返してくれるのだった。それがなぜかとても嬉しかった。




 「その調子よ、行くわ。」 ママはそういうと前のめりにゆっくりと身体を倒した。


 「.......はぁっ。」 私もまたゆっくりと身体を前のめりに倒した。



 冷たく鋭い風とともに地面に対して垂直に身体が落ちていく感覚を感じていると、すぐにバフッと見えない大きなクッションに包まれた感覚が続き、次いで慌ただしく伸びては消えるビルの走馬灯と共に、身体が前に前にぐんぐんと進んだ。

 まるで水中でただ浮いている時に、ジェットスキーに身体を引っ張られているような、そんな浮遊感とスピード感だった。目まぐるしく変わる景色に、私は興奮した。


 冷たい夜風が火照った顔に気持ち良い。



 「あははっ......。」


 「少し慣れたようね。自分で飛ぶことに慣れれば......。」



 ママはそういうと飛びながらこちらを向き、二人の両手を恋人つなぎのように指を絡ませた。ママは地面を背に、私は宙を背に水平に姿勢を取ると、くるくるとランデブーをしながら急上昇した。そして今度は私が地面を背に、ママが空を背にしたさっきとは逆の体勢にいつのまにか戻ると、レッスンを終えたかの如くママは片手を離し、当初の姿勢へと身体を戻した。



 「これは、いわゆるマニューバと呼ばれる実戦的な空の飛び方の一つよ。」


 「まぬーば......。」


 「空を飛行することは、相手に対して速度と視界の支配を得る上でとても重要なの。別の言い方をすると、空を飛ぶことで相手に対して『主導性を保持する』ということになるわ。」


 「主導性......。」


 「相手に対して、こっちの意志を強要し続けることね。攻撃と防御、いかなる場面や選択においてもこの考えが根底にあることが絶対よ。」


 「ほかにも重要な考えがある......?」


 「えぇ、もちろん。私たちはこれから一人一人が好き勝手に戦うのではなく、二人が一人のように戦うことが重要よ。つまり、連携が必要なことは何となく理解できるでしょう。」


 「う、うん......。」


 「でも頭ではわかってても実際にやることが一番難しいのが、この連携という行動よ。私は連携に一番必要な素質は、勇気と考えているわ。つまり勇気に恵まれたあきらちゃんをスカウトしたのは、これからの困難な連携を成す上で最も重要な要素だったの。」


 「勇気かぁ、あんまり合ってるとはいえないような......。」


 「大切なことは、他者からそう思われていると知ることよ。特にこういう素質はね。」


 「............。」


 「そろそろ着くわ、かつての管理者とご対面ね。」



 ママは飛行速度を緩め、身体を起こすと、翼を膨らませてゆっくりと降下した。私も見様見真似で降下する態勢を取った。下を見ると、どこかのふ頭のような場所でいくつか散在するコンテナが、ぽつぽつと点在する街頭にぼんやりと照らされている寂しい場所であった。都会の真ん中なのに、こんなに暗い場所があるなんて知りもしなかった。


 .......とすっとつま先がコンクリート地面につく音が、静かなふ頭にやけに遠くまで響いた。


 ママは、地面に着陸した後でも私の手を離さなかった。私は変わらず守られている気がして、これから起こることが一切分からないのに落ち着いていられるのであった。


 

 「お出ましね。」 ママが囁くと、街頭が照らす光の奥の暗闇から金属感のある足音が、こちらに向かってくるのを感じた。何ら動揺を感じられない、自信に満ち、いつもと変わらない日を歩んでいるかのような、そんな足音だった。


 そして光の中に人の顔が浮かび上がり、直に姿も浮かび上がった。



 「......!!!」



 私は自分の目を疑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る