第11話 惑星のお召し物
「わかった。私、本当に力になれるかわからないし、誰かを育てたこともないけど、その強い思いに共感したよ。なにより、私もママと共に生きていたい、これからもずっと。」
「......永い時の中でこんなことを言われたのは初めて。重ねてお礼を言うわ、ありがとう、あきらちゃん。」
「へへっ。」
「それじゃ、今から侵入してきた管理者を排除しに行きます。」
「......へっ?」
「行動を起こすには早いことに越したことはないわ。それにちょうど今は、季節外れの分厚い雲が日本まで延びてて移動にちょうどいいタイミングなの。」
「......はわわわ......。」
「大丈夫、信じて。今回の相手はまだ話が通じる方だから。穏やかだし、うまくいけば今度こそ消えてくれると思うわ。」
「そ、そういう問題なのー!?」
「戦いにおいては敵を知り、己を知ることが肝要よ。私が一度追い払った相手だけど、あきらちゃんに知っておいてほしい相手でもあるの。これは研修みたいなものね。」
「ご、ごくっ......。」
私は硬いつばを飲み込むと、緊張による自分の喉の渇きを自覚した。幼いころから喧嘩なんてしたことがなく、人を殴ったことがない私。なのに命を奪うことを示唆されるなんて...。
「んぅ......!そういえば、あきらちゃんはお着換えしないと。私がぶつかったときに服が焦げちゃったもの。新しい服をあげます、ちょっと全部脱いでね?」
「......!!あぁっ!?」
私が自分の胸を見るとシャツだけでなく、下着までもが焼き切れており、胸から下腹部まで裸同然の状態であった。
私はもぞもぞと自分の着ている服をすべて脱ぐと、シーツで身体を覆った。
「服の材料を気化させたものをこれで吹きかけるから全身を見せてね。」
ママはそういうと銀色に輝く金属製の装飾が施された霧吹きを持ってきた。私はやはりもぞもぞとシーツから抜け出し、全裸でママの前に立った。
自分の裸を見られることが相手が異性でもないのに、何かとても恥ずかしい気がした。
ママは私の頭の上から霧吹きの中身をしゅーっと吹きかけ始め、足の先に至るまで丁寧に吹きかけ続けた。甘く、不思議なバニラエッセンスのようなにおいが辺りに漂った。
ママは私に向けて掌をかざすと、そこからバチバチと青白い稲妻を私に向けて放った。するとあっという間に私の身体はふんわり暖かいオレンジ色のガスに包まれ、それが心地よかった。なんだか天気のいい日に干した出来立てのバスタオルにくるまれている、そんな感覚だった。
ガスが晴れると私は驚きに満ちた。
いつの間にか、私はママと同じデザインの服を身に着けているのであった。ママと異なる点といえば、服の色が全体的に白基調であるということであった。
服を着ているという感じがないほど、それは軽く、可動部は摩擦を感じさせないほど滑らかだった。
「とてもよく似合うわね。鏡で自分を見てごらんなさい。」
ママはそういいながら、ベッドの横にある姿見を指した。
私は歩み寄り、自らの姿を見て、さらに驚いた。
服はもちろんママと同じケージ・ドレスを着ていることは変わりないが、身の上の変化として私の黒髪が肩甲骨まで延びているのであった。それだけではなく、瞳の色が紅さを孕んだオレンジ色に変わっているのであった。
あまりの変わりように目の前に映る人物が自分だと信じられなかった。
「えっ、これ、誰......?」
「あきらちゃんよ?」
「え......。」
「その服は自分の能力を助長・強化させるだけじゃなく、副作用として着用者の個性や特性を表面に強調させるの。あきらちゃんの瞳の色からするに、思った通りとても情熱的な性格なのね。
あとは長く伸びてしまった髪から、少し臆病で保守的な一面も窺えるわ。でも物は言いようよ。私としては、蛮勇と勇敢をしっかり分別できている、そんな大人な印象ね。」
「そ、そぅなんだ......。」
私はママの言葉を聞きながらぺたぺたと自分の顔を触ったり、ドレスをつまんだりして現実であることを確かめた。......本物だ。
「その服があれば、私と同じことができるわ。さぁ、今から雷電体となって雷雲の中を駆けましょう。」
「えっ!?」
ママはきゅっと私の手を取ると、木製のドアがしつらえてある玄関まで歩いて行った。私はどうすればいいか分からず、引っ張られるがままに歩いて行った。
「しっかり手を握ってて、それだけで十分だから。」
「あっあっあっ...!」
ママはドアを外に向かって開け放った。
すると、驚くべきことに暗い星空が目の前に映った。私はそおっとドアの向こうをのぞき込むと、その下には一切の足場がなく、代わりにどこまでも広がる灰色の雲とその隙間から青い何かが見えた。
「場所はあまり気にしないで、今はとても高いところにいると思ってくれたらいいわ。」
「!!??」
「今下に広がってる灰色の雲、これは日本列島まで続く季節外れの線状降水帯よ。運がいい、これに飛び込むわよっ!!」
「ひぃぃい~~~!?」
そういうとママは私の悲鳴を聞くまでもなく、私の手をぐいっと引っ張り、ドアから勢いよく飛び出した。
............身体がゆっくりと無重力に包まれていく......目に映るママの衣服のはためき......髪のなびき......世界がスローモーションの中でゆっくりと変化していくのがわかる......。
ガクンッ!
急に振動を感じると、内臓が急にふわふわと浮き上がる感覚がこみ上げる。ジェットコースターの下りでよく感じる、あの嫌な感覚が何倍も増強されて感じられる。
そう、私は今眼前の雲に向けて急加速で落下しているのだ。
「ま~~~~~っ!!!」
甲高い風切り音が私の叫び声をかき消す。
ママとつないでいる手からチリチリとした熱い感覚が昇ってきて、同時に熱く感じられる箇所が白く光りだし、だんだんとどこが身体なのか輪郭が不鮮明になってきた。
いよいよ頬の輪郭が光を帯びて不鮮明になるのを感じると、私は本能的に深く息を吸って、呼吸を止め、目を固く閉じた。
暗い視界はしばらくの後、全身に感じられる激しい熱感と共に一瞬で白く染まり、バキンっという音とともに私の意識はあるともないとも言えない感覚に陥った。
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