第7話 災厄に至る茶話会

 「それじゃあ、今から作るわね。」



 少女は、素敵なカントリー風L字型キッチンに向かうと白いポットに水を注ぎ、それを古風なガスコンロの火口に乗せた。そして、コンロのつまみをひねり、おもむろに右の人差し指を火口に向けた。


ぱちんっ!とはじける音がすると同時に、火口から青白い炎が上がった。


 少女はそれを見て、鼻からふっと軽く息を吐き出すと右手を腰に当てて少しだらりと身体を傾けた。

 一方、私は自らの身体に自由がだんだんと戻ってくるのを感じ、のそりと身体を起こした。そして、ただ手持無沙汰で何をするでもなく、その少女の一挙手一投足を見つめた。


 少女は、小さく鼻歌を歌いながらコンロの対面にある棚の扉を開け、首をかしげながら中をのぞいた。



 「......コーヒーが好きなのね、甘いコーヒーにしましょうか。」



 少女はそう言い当てると戸棚からコーヒー豆が入っていると思われる銀色の缶を取り出し、匙でさっかさっかとコーヒー粉をポットに直接いれた。そしてさらに蓋が木製のキャニスターからきらきらとした白い粉末を匙で取り出し、コーヒー粉と同じ量をポットに加えた。

 あとはコーヒーが煮えるまで時間が過ぎるのを待つだけのように思われた。


 少女は待つ間、様々に体勢を変えた。両手を後ろで結び、左つま先をぐりぐりと地面に摺り、もじもじしながら待ったかと思えば、胸の前で腕組をして首をわずかにかしげながら待ったりしたのだった。手持無沙汰なのは少女も同じようであった。





 しばらく待つと、ことことかたかたとポットの蓋が揺れはじめた。

 それを合図に少女はコンロのつまみをひねり戻すと、ポットを取り、白くて少し大きめのマグカップ二つにコーヒーを注いだ。


 白い湯気がふくよかに立ち上り、幸せなコーヒーの香りが部屋に広がった。

 どんな時代、どんな状況でもあまねく人々の深呼吸を誘う、幸せな香りだった。


 私も例にもれず、香りを胸いっぱいに吸い込んだ。すると、急に空腹感を覚え、お腹が小さくうなりを上げた。


 少女は、ほほえみながらマグカップを両手に持ちベッドの近くにある小さな木のテーブルに置いた。そして木の椅子をテーブルの近くに寄せるとコトリと座った。少女との距離が急に短くなり、私はなぜかどきどきしてしまって、目線をコーヒーに注目させた。


 


 「......さぁどうぞ......コーヒーの粗い粉が底に溜まってるし、熱いからゆっくりと飲んでね。」


 「......ぁ、はぃ......。」




 私はうなずきながら答えると、マグカップを手に取った。取っ手からじんわりと暖かさが伝わり、コーヒーのもつ熱量がうかがえた。顔を近づけると熱さを感じた。

 息を何度も吹きかけ、ようやく一口を含むと舌の先から強い甘みと優しい酸味そして控えめな苦みが順番を追って広がり、胸のすくような安心感に包まれた。そして、空腹感がさらに増し、私はいつの間にか夢中になって熱いコーヒーを飲もうとしているのであった。



 (......悪魔のように黒く...地獄のように熱く...天使のように純粋で......そして、恋のように甘い.......!)



 しばらく熱いコーヒーと格闘していると、舌の先にざらざらとしたコーヒー粒の感触があったので、私は口をすぼめてマグカップから顔を離した。すると目の前に座る少女と目が合い、ほらね?と言いたげに少女はいたずらっぽくにんまりと微笑むのであった。

 しかし、少女も目を合わすのがやや気まずかったのか少し慌ててマグカップを傾け、コーヒーを飲んだ。すると少女もまた口をへの字に曲げて。下目使いでマグカップをのぞき込むのであった。



 「......えへへ......。」

 「......ふっ、ふふ......。」



 私と少女はバツが悪そうにお互いに小さく笑った。



 「あのぉ、なんで私がコーヒー好きだってわかったんですかぁ......?」



 私は初めて自分から率直な質問をした。それは安心感の具現化と思われた。

 少女は、しばらく上目遣いで空を見るような考えるそぶりをしてこう言った。



 「......私があきらちゃんと激しくぶつかったときに、記憶の一部が流れ込んできたの。」


 「記憶......?ぶつかる......?」


 「そぅ。」


 「ごめんなさい、ちょっとよくわからないです。」


 「あきらちゃんがあの建物のドアを開けたとき、あきらちゃんに強く強く引き寄せられてぶつかったの。」


 「どうして強く引き寄せられたんですか?」


 「その時のあきらちゃんの体表には、いろんな金属分子や水分が多く含まれていたと思うの。」


 「どうしてそれが引き寄せられる原因なんですか?」


 「それはその時、私が雷電と化していたから。」


 「??どういうことですか??」


 「さっきも言った通り私はこの地球そのもの、この姿は管理者としての在るための私、ホントの私はより大きな存在として在る。雷電と化していたことについて、まず、この宇宙の法則として、あらゆる物質は電気の力を介して結び付けられ、創られる。私たち惑星たちは、宙を漂う塵のころから幾星霜にわたる試行錯誤を重ねて、電気により物質を自在に創り得る能力を獲得したの。」


 「......自在にものを創り出せるのであれば、自らの姿かたちや性状を変えることも可能よ。もちろん、雷電にもね。」


 「ど、ど、どうしてそんな危ないものになるんですか?」


 「雷電体はとても便利よ、厚い雲があればそれを伝って非常に速い速度で移動ができるの。この体とは比べ物にならないくらいね。欠点は、当然身体が電気なのだから、その特性を帯びることになる。つまり、避雷針に引っ張られるときがあるということ。」


 「も、もしかして、私が避雷針に......?」


 「それにとても近い状態だったということね。あきらちゃんが屋上のドアを開けたとき、私はまだ身体の半分が雷電体だったの。その時に、引き寄せられてしまったのね。」

 

 「でも私濡れたかもしれないけど、金属体なんかじゃないよ?」


 「うーん......もしかしたらあきらちゃんは汗でもかいてたかしらね?」


 「......あっ。」


 

 私は階段を昇っている最中、手の甲でぬぐうほど汗をかいていたことを思い出した。


 「......おそらく汗が一番考えられる原因よ。さらに物を食べて、運動をするという一連の行為は体内の金属イオンのバランスを整えるために一層の発汗を促すことがあるの。当てはまってる?」


 「......あー......すぅ......。」



 私は汗をかいた自分が雷様を引き寄せてしまったなんて、にわかに信じがたかった。とりあえず何の関係もない少女に私の汗がとんでもない迷惑をかけてしまったのかと、何が何だかよくわからないが、困惑した。



 「安心して私は大丈夫、あきらちゃんの身体も大丈夫。」


 

 少女は私の心中を察したかの如く微笑んでフォローを入れた。

 しかし、すぐに真剣なまなざしに戻ると私の目をまっすぐに見て、こういった。



 「それよりもあきらちゃんにお願いがあるの、あなたの力と勇気を貸してちょうだい。今、この惑星は災厄によって存立の危機にあるの。」





 

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