第3話 未確認飛行物体

 あの磁気嵐のニュースから4か月が経ち、秋の気配を朝夕に感じられ始める頃、世間は一時は磁気嵐についてしきりに心配したり、不安がっていたものの、すっかりその影響について忘れているようであった。何故なら、太陽の活動が変化しても体感するような影響は電子機器はもちろん身体にもなかったのだから。

 世界のみんなが杞憂だったといい、警戒を促した有識者たちもこれは天気予報のようなものだったとあらゆるメディアで語った。強いて言えば人為的な影響として、金融市場や先物市場といった人々の心理が複雑に作用する領域では、不安視する人心の犠牲になったモノがいくつかはあったようだ。だが今日では世界中の多くの人々が、経済活動を無事に継続できることに安心し、ありふれた日常を営んでいる。



 「さぁて、今日はダムでも見に行こうね」



 そう独り言を発しながら、私はお気に入りのマイカーに乗り込み、エンジンを始動させる。速度計や回転計を表示する眼前のディスプレイには、『ようこそ、あきらちゃん』という文字が表示され、続けてシステムチェックのアニメーションが流される。

 目的のダムをカーナビに登録して、用心深く車を発進させる。

 私は家の前にある長い桜並木通りを抜け、ノスタルジックな商店街を曲がり、畑や太陽光パネルが共生している耕作地を進んだ。さらにダムがある場所には、ニュータウンを走り抜ける必要があるが、これがよく道路が整備されているので非常に走りやすく私のお気に入りの道となっている。ただ、この道路は直進が非常に長く続き、退屈に感じるときがある。


 そんな時はラジオに耳を傾ける。AMラジオ独特のノイズ交じりの静けさが他のメディアにない味で、古いはずの方式なのに非現実的な新鮮味を感じる。

 ただ最近困ったことに、AMラジオの通信状況がなんとなくあまりよくないのだ。ここ最近といっても磁気嵐の話題が出たあたりから悪くなっており、こじつけかもしれないが宙の電離層の乱れに磁気嵐が影響したのかもしれないと考えていた。

 AM方式は、宙の電離層に電波を反射させて送信距離を稼ぎ、あらゆる距離において送受信ができることが特徴である。これは地球上のあらゆる場所から、といってもよい。そのため災害時の緊急無線にも用いられている。

 一方で、宙の電離層の状態に送受信は影響されるので、季節ごとに電波の飛距離が異なる場合がある。例えば、真夏はより遠くまで電波を送ることができるのだ。


 私は何度も周波数をオート調整して、いい感じのところを探った。すると公共放送局が比較的音質がよかったため、私はその局のラジオに耳を傾けることにした。すると次のニュースが流れてきた。



 「次のニュースです。世界各国の都市部で人型のドローンとみられる飛行物体の目撃例がSNSなどを通じて相次いで報告されており、安全保障上の懸念が広がっています。」

 

 「この人型ドローンとみられる未確認飛行物体は、今月18日だけでもモスクワやパリ、ローマ、ワシントンD.C.、北京で確認されており、その特徴は高速滑空のような飛行形態をとる一方で空中で急制動後、静止するといったところで共通するとのことです。」


 「各国首脳は、現時点では普遍的価値観を共有しない国家が保有する新型兵器の一部ではないかという認識を示していますが、同時にその保有については事実を否定しています。」


 

 そこまで聞くと私は不意に強烈な尿意を催した。シート横のホルダーに抱えられているステンレスの水筒には、眠気覚ましのためのホットコーヒーがたっぷりと入っていたのだが、気づかぬうちにすべて飲み切ってしまったようだった。

 しばらく車を走らせると、運よくコンビニエンスストアが見つかった。休憩やトイレのマークが看板に掲げられており、神々しく見えた。

 私は一番店内入り口に近いスペースに駐車し、もじもじしながら鞄を抱えてドアを開けた。


 

 「次のニュースです。トルコで行方不明だとされていた13歳の女性が、日本で保護され......」



 そんなニュースが頭の後ろから聞こえたが、今の私にはトイレが一番の関心事だったので勢いよくドアを閉めて駆けだした。

 

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