怪しげな……

《ヒカリ視点》


「ちょっと出てくるねー!」

「あっ、ナギサ君……」


 パタンとドアが閉まり、部屋は静寂に包まれる。


「ナギサ君、どうしたんでしょう……」


 夏休みになって、ナギサ君はちょくちょく一人で外出するようになった。


 どこに行っているのかと聞いても、フトシと遊んでくるとだけ。


「…………もしかして、浮気?」


 不意にそんな考えが頭をよぎる。いや、ナギサ君に限って、そんな事はない……!


 私はブンブンと頭を振る。でも嫌な予感はどんどん私の中で膨らんで行く。


 確かフトシ君は、タイ料理が得意だと聞いたことがある。なんでも絶品なんだとかなんとか。


『イェーイw ヒカリちゃん見てるー? 今から大事なナギサに、オイラが作ったタイ料理“トムヤンクン”を食わせてやるぜー! どうだ!」

『フトシ……ต้มยำกุ้งก็อร่อยนะ……』

『へへっ、ナギサの野郎、タイ語でデレやがって……! オイラがタイ語が分からないとでも思ったか!? バカめ! ハワイで親父に習ってんだよ!』

『そ、そんなぁ……せめてタイで習ってよぉ……』



「うっ……!」


 私のナギサ君が、他人の美味しいタイ料理で胃袋を掴まられるところを、想像しただけで脳が破壊された。


 私はいてもたってもいられなくなり、気づけばナギサ君の後をつけていた。





「ササッ! サササッ!」


 私はナギサ君の後を気づかれないように、付けている。


 炎天下にも関わらず、帽子とグラサンとマスクとコートをまといながら、尾行する。


 ナギサ君はときおり、周囲を見渡して、尾行されていないかを注意するように進んで行く。


「やはり怪しい……ですね」


 そしてナギサ君が着いた、その場所は──メイド喫茶“ぽんぽこぽん”だった。


「────なっ!」


 つ、つまり、ナギサ君はメイド喫茶にお気に入りの女の子がいて、それで毎日通っている……と?


「そ、そんなぁ……」


 私はガクリと膝から崩れ落ちる。


「ううっ、言って下さればメイド服なんて毎日着てあげましたのに……」


 でも私は最後の力を振り絞る。ここまで来たなら、最後にその女の顔でも見ないと……。


 私が入店すると──


「お帰りなさいませ〜お嬢様! ──え!?」

「──え?」


 迎えてくれたのは、メイド服を着たナギサ君だった。


「ナ、ナギサ……君?」

「あっ……」

「ど、どういうこと……ですか?」

「あのぉ、そのぉ……」


 ナギサ君はバツが悪そうにモジモジしている。


「あっ、ヒカリン!」


 様子を見に、レンが来たようだ。


「あっ、バレちゃったんだね……。ごめんね、ヒカリン。ナギサっちも悪気があったわけじゃないんだよ……」

「説明して……くれますか? ナギサ君」

「うん……」





 バイト終わりのナギサ君と、部屋で話をする。

 

「婚約指輪を買う為に、短期バイトを──!?」

「うん……まだ婚約指輪を送ってないから……。そのための資金を………」

「言って下されば……」

「ごめん、サプライズしようと思って、黙ってたんだ……。不安にさせちゃってごめんなさい」


 ナギサ君は頭を深々と下げた。


 同時に私はほっとする。よかった、やっぱりナギサ君は浮気なんて、そんな事をする人じゃなかった。


「私こそごめんなさい……。あの……その……、ナギサ君が浮気をしているんじゃないかと、少しでも疑ってしまいました……。彼女失格です……」

「いや、怪しい行動を取っていたボクが悪いんだよ……!」

「いえ、私が──」

「いやいや、ボクが──ん!?」


 らちが開かないので、ナギサ君をキスで黙らせる。


 しばらく舌を絡め合うと、ナギサ君の目がトロンとした。ふふっ、かわいい。


「ヒカリちゃん……」


 そして私はナギサ君を優しく抱きしめる。


「あっ……」

「私の為に、頑張って働いてくれたんですね……。ありがとう、ナギサ君……」


 私は彼がとっても愛おしくて、つい頭を優しく撫でた。


 そしてゆっくり離れた後、ナギサ君は婚約指輪のカタログをそっと取り出した。


「これを買おうとしたんだ……」


 そこにあったのは、結構な値段の張る婚約指輪だった。なるほど、この値段ならメイド喫茶などの時給のいいバイトを選んだ理由も分かる。


 私はゆっくりかぶりを振る。そして、ナギサ君の手を取ってこう言った。


「私はナギサ君の気持ちがこもったものなら、どんなに安くてもいいんです。それよりも私は、その分、ナギサ君と1分1秒でも長く一緒にいたい。そんな気持ちなんです」


 私は微笑みながら、彼の目を見つめた。指輪は要らないと言おうとも思ったが、彼の指輪を贈りたいという気持ちまでは否定したくなかった。


「ヒカリちゃん……」

「きゃあ♡」


 すると彼は私をぎゅっと抱きしめる。


「好き……大好きだよ……」

「ふふっ、私もですよ……」

「ヒカリちゃん……キスしたい」

「はい、どうぞ。──んっ」


 ナギサ君は夢中で、私の唇を求める。


 ふふっ、最近はナギサ君の方からキスしてくれる事が増えて嬉しいな。

 

 唇を奪うのも好きだけど、奪われるも悪くない。求められているのが伝わってきて、キュンキュンする。


「寂しくさせてごめんね……。それと、バイトは辞めるよ。元々、短期だしね」

「いえいえ、それには及びません。今、良い解決法を思いつきました!」

「──え?」

「ナギサ君がバイトしている間は、お客さんとして、ずっといますから!」

「ええ!?」

「ふふっ、ナギ子ちゃんとチェキ撮ったりするのも楽しそうですね〜」

「ヒ、ヒカリちゃ〜ん……!」





 後日、私はナギサ君から婚約指輪を渡された。


「安物でごめんね〜」


 彼はそう言ったけど、とんでもない。


 彼の想いの詰まったその指輪は、ダイヤの指輪なんかよりも、よっぽどキラキラと輝いて見えたのでした。




 


 

 


 

 

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