林間学校 その5

「ヒカリ殿、大丈夫でありますか!?」

「はい、ご迷惑お掛けして申し訳ないです……」

「無事だったなら、よかったであります〜!」


 レンはヒカリちゃんに抱きついて、よしよししている。


「じゃあ、ゴールを目指そうか」


 そうしてボク達はゴールにたどり着き、スタンプを手の甲に押す。その瞬間──

 

「ヒィ……ヒィ……ヒィ」

「うわっ!」

「「きゃああ!」」


 最後の脅かし役として待ち構えていたのは、みすぼらしい服を着た、白髪の老人だった。

 

「…………」


 老人は喋らず、ただただこちらを見据えるばかり。正直、めちゃくちゃ怖い……。


「あ、あの?」

「……………………」


 いくら呼びかけても全く、返事がない。完璧不気味な役に徹しているのだろう。


「こ、怖いでありますぅ……」

「ぶ、不気味過ぎますね……」

「ヒィ……ヒィ……ヒィ……」


 老人はそのまま山の中へと消え失せた。まるで初めから、そこにはいなかったかのように。


「な、なんだったんでしょうか……?」

「帰るでありますよ〜……」

「──うん、そろそろ……行こっか。スタンプ押したし……」


 ボク達はきびすを返し、早足で戻っていった。





 帰りに白い浴衣を着た美月先生に会った。


「どうだ? 今回は怖かっただろう?」

「いや、怖いなんてものじゃないですよ! なんですか!? 最後のゴールの老人は!? 怖すぎますよ!」


 ヒカリちゃんとレンはうんうんと頷く。


「最後のゴールの老人? いや、最後のゴールには誰も配置してないし、老人なんて脅かし役にはいないぞ?」

「──え?」

「「「えええええええええ!?」」」


 本当に怖いのは幽霊ではなく、人間なのかもしれない……。





 夜、就寝時間となり、襖越ふすまごしに男女に分かれて眠りにつく。


「グゴー! ンゴー!」


 フトシのいびきがうるさいが、なんとか眠りにつきかけていたその時──ピカッと稲光いなびかりがし、その数秒後にドカンと雷の音が鳴り響いた。


 あぁ、雷か……。うるさいな……。そう思って、再び眠りにつこうとした瞬間に、ふすまが開いた。


「ヒカリ……ちゃん?」

「ちょっ、ちょっと来て下さい!」

「な、なになに!?」


 連れられて、隣の女性部屋に行くと、布団で丸っていたレンが、ガバッと起きて真っ青な顔をして、ボクに抱きついてきた。


「か、雷怖いでありますぅ!」


 レンの身体は、小刻みにぶるぶると震えている。


「レ、レン?」

「レンは雷が大の苦手みたいなんです……」

「そう……だったんだ」

「家ではぬいぐるみの“ケツモチ”がいるから、なんとかなるでありますが、今はいないので。ナギサ殿、代わりになってぇ……!」

「え!?」


 それはつまり、ここで女の子2人と一緒に寝ろ……ってこと!?


「オ、オイラが代わりにそっちに行ってもいいぜー! むふふ!」


 めざとくフトシが目を覚まして、女性部屋に入ってきた。


「きゃあああああ! アナタは来ないで下さい!」

「フトシは帰るであります!」


 レンの枕がフトシの顔にクリーンヒットする。


「ぎゃあああああああああああ!」

 




「ヒカリちゃんが代わりじゃダメなのかな?」


 ボクは一応、聞いてみる。


「ヒカリ殿では細いから、代わりにならないであります……! お願いでありますよぉ……ナギサ殿」


 うるうると涙目で懇願こんがんされる。


「ナギサ君、レンの頼みを聞いてあげてくれせんか? 天気予報ではもう少しで雷が止む予定ですし、それまででいいので……」

「ヒカリちゃんとレンがそれでいいなら……。うん、分かった。雷が止むまでは側にいるよ」

「か、感謝であります、ナギサ殿ー! ささっ、こちらへ!」


 ボクはレンとヒカリちゃんの布団の間に連れて来られる。


 言われるままに、寝転んでレンに背中を向けるとレンが抱きついてきた。


「!?」

「こ、これは安心するであります……」


 レンはプルプルと小刻みに震えていた。


 すると横になったヒカリちゃんと目が合った。

 

「やっぱりナギサ君の横が一番安心ですね……。私も雷は苦手なんですよ……」

「ヒカリちゃん……」


 うっ……左右に可愛い女の子に挟まれてドキドキする。


 女の子の体温、甘い香り、ふわふわの胸の感触が、脳を刺激する。


 ああ、心臓が張り裂けそうだ。は、早く、雷止んでー!





《レン視点》



 ああ、やっぱりナギサ殿の近くは安心するなぁ……。


 私は昔のことを思い出す。


「レン、元気がないね? どうしたの?」

「クラスの子に声が変って言われたでありますよ……」


 私は同じボランティア部の一年だった、ナギサ殿に相談する。


 私の声は独特で、甲高く舌足らずの声。人によってはそれが不快に聞こえたのだろう。


「そうだったんだね……。うん、でもボクはレンの声、好きだけどな」

「え……?」

「確かに特徴的な声かもしないけど、ボクは聞いてて心地いいって言うのかな? うん、レンの明るい声を聞いていると元気が出るんだよ」


 私のコンプレックスであるこの声を褒められたのは、生まれて初めてのことだった。


 胸の奥がじーんと熱くなって、思わず涙が出そうだった。


「だからレンが元気がないとボクも悲しいな……。だって、レンには笑顔と元気な声がとっても似合うからね……!」


 そう言って微笑んだ彼の顔は、今でも脳裏に焼き付いている。


 その時から私は彼の事を意識し出したんだ。ふと気がつけば彼のことばかりを考えていた。


 そして、ある日、とうとう私は想いを告白することにした。


「…………」


 告白した後の一瞬の沈黙が、何秒にも何分にも感じられた。心臓の鼓動だけが時を刻む。どくんどくん。


「気持ちはすっごく嬉しいよ、レン。でもね、ボクは誰とも付き合う気はないんだ。うん、約束……したからね」

「そうで……ありますか……。どんな約束をしたか聞いても?」


 彼はこくりと頷き、遠い目をして、昔の約束のことを話してくれた。


「……もし、その彼女の方は、覚えていなかったとしてもでありますか?」


 ちょっぴり嫌な訊き方になってしまった。少し、その彼女に嫉妬していたのかもしれない。


「うん、それでも……かな。自分からした約束だからね。守りたいんだ」


 澄んだ瞳で彼はそう言い切った。これは勝てない……な。


「ふふっ、そんな素敵な女の子なら、いつか友達になってみたいでありますな〜!」


 私は暗くならないように明るく振る舞った……つもりだ。


「うん、もし会えたらきっと仲良くなれると思うよ! すっごくいい子なんだ!」


 ナギサ殿の言うとおり、とってもいい女の子だった。今では私の親友だ。私のためにこうして、ナギサ殿の背中を貸してくれている。


 そして、今、目の前にはあの時と全く変わらない、澄んだ瞳の彼がいる。


「……レン、大丈夫?」

「雷も遠くなってきて、だいぶ落ち着いてきたでありますよ……」

「そっか、よかった。うん、やっぱりレンには笑顔と元気な声がないとね……!」

「あっ……」


 屈託のない笑顔で、昔の様に彼は微笑む。胸の奥がじーんと温かくなる。


「そろそろ……大丈夫そうであります……!」


 私は彼のおかげで、自分の声に自信を持ち、いつしか声優を目指すようになった。今はアルバイトを頑張って、そのための資金を貯めている。


「ほんと?」

「はい、全快でありますよ!」

「ふふっ、よかった!」

「よかったです〜!」

「お二人とも、ありがとうでありますよ〜!」


 私は元気に声を出し、2人に感謝する。彼に褒めてもらった自慢のこの声を。そう胸を張って。

 

 ふふっ、私はナギサ殿もヒカリ殿も大好きであります!


 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る