林間学校 その5
「ヒカリ殿、大丈夫でありますか!?」
「はい、ご迷惑お掛けして申し訳ないです……」
「無事だったなら、よかったであります〜!」
レンはヒカリちゃんに抱きついて、よしよししている。
「じゃあ、ゴールを目指そうか」
そうしてボク達はゴールにたどり着き、スタンプを手の甲に押す。その瞬間──
「ヒィ……ヒィ……ヒィ」
「うわっ!」
「「きゃああ!」」
最後の脅かし役として待ち構えていたのは、みすぼらしい服を着た、白髪の老人だった。
「…………」
老人は喋らず、ただただこちらを見据えるばかり。正直、めちゃくちゃ怖い……。
「あ、あの?」
「……………………」
いくら呼びかけても全く、返事がない。完璧不気味な役に徹しているのだろう。
「こ、怖いでありますぅ……」
「ぶ、不気味過ぎますね……」
「ヒィ……ヒィ……ヒィ……」
老人はそのまま山の中へと消え失せた。まるで初めから、そこにはいなかったかのように。
「な、なんだったんでしょうか……?」
「帰るでありますよ〜……」
「──うん、そろそろ……行こっか。スタンプ押したし……」
ボク達は
♢
帰りに白い浴衣を着た美月先生に会った。
「どうだ? 今回は怖かっただろう?」
「いや、怖いなんてものじゃないですよ! なんですか!? 最後のゴールの老人は!? 怖すぎますよ!」
ヒカリちゃんとレンはうんうんと頷く。
「最後のゴールの老人? いや、最後のゴールには誰も配置してないし、老人なんて脅かし役にはいないぞ?」
「──え?」
「「「えええええええええ!?」」」
本当に怖いのは幽霊ではなく、人間なのかもしれない……。
♢
夜、就寝時間となり、
「グゴー! ンゴー!」
フトシのいびきがうるさいが、なんとか眠りにつきかけていたその時──ピカッと
あぁ、雷か……。うるさいな……。そう思って、再び眠りにつこうとした瞬間に、
「ヒカリ……ちゃん?」
「ちょっ、ちょっと来て下さい!」
「な、なになに!?」
連れられて、隣の女性部屋に行くと、布団で丸っていたレンが、ガバッと起きて真っ青な顔をして、ボクに抱きついてきた。
「か、雷怖いでありますぅ!」
レンの身体は、小刻みにぶるぶると震えている。
「レ、レン?」
「レンは雷が大の苦手みたいなんです……」
「そう……だったんだ」
「家ではぬいぐるみの“ケツモチ”がいるから、なんとかなるでありますが、今はいないので。ナギサ殿、代わりになってぇ……!」
「え!?」
それはつまり、ここで女の子2人と一緒に寝ろ……ってこと!?
「オ、オイラが代わりにそっちに行ってもいいぜー! むふふ!」
めざとくフトシが目を覚まして、女性部屋に入ってきた。
「きゃあああああ! アナタは来ないで下さい!」
「フトシは帰るであります!」
レンの枕がフトシの顔にクリーンヒットする。
「ぎゃあああああああああああ!」
♢
「ヒカリちゃんが代わりじゃダメなのかな?」
ボクは一応、聞いてみる。
「ヒカリ殿では細いから、代わりにならないであります……! お願いでありますよぉ……ナギサ殿」
うるうると涙目で
「ナギサ君、レンの頼みを聞いてあげてくれせんか? 天気予報ではもう少しで雷が止む予定ですし、それまででいいので……」
「ヒカリちゃんとレンがそれでいいなら……。うん、分かった。雷が止むまでは側にいるよ」
「か、感謝であります、ナギサ殿ー! ささっ、こちらへ!」
ボクはレンとヒカリちゃんの布団の間に連れて来られる。
言われるままに、寝転んでレンに背中を向けるとレンが抱きついてきた。
「!?」
「こ、これは安心するであります……」
レンはプルプルと小刻みに震えていた。
すると横になったヒカリちゃんと目が合った。
「やっぱりナギサ君の横が一番安心ですね……。私も雷は苦手なんですよ……」
「ヒカリちゃん……」
うっ……左右に可愛い女の子に挟まれてドキドキする。
女の子の体温、甘い香り、ふわふわの胸の感触が、脳を刺激する。
ああ、心臓が張り裂けそうだ。は、早く、雷止んでー!
♢
《レン視点》
ああ、やっぱりナギサ殿の近くは安心するなぁ……。
私は昔のことを思い出す。
「レン、元気がないね? どうしたの?」
「クラスの子に声が変って言われたでありますよ……」
私は同じボランティア部の一年だった、ナギサ殿に相談する。
私の声は独特で、甲高く舌足らずの声。人によってはそれが不快に聞こえたのだろう。
「そうだったんだね……。うん、でもボクはレンの声、好きだけどな」
「え……?」
「確かに特徴的な声かもしないけど、ボクは聞いてて心地いいって言うのかな? うん、レンの明るい声を聞いていると元気が出るんだよ」
私のコンプレックスであるこの声を褒められたのは、生まれて初めてのことだった。
胸の奥がじーんと熱くなって、思わず涙が出そうだった。
「だからレンが元気がないとボクも悲しいな……。だって、レンには笑顔と元気な声がとっても似合うからね……!」
そう言って微笑んだ彼の顔は、今でも脳裏に焼き付いている。
その時から私は彼の事を意識し出したんだ。ふと気がつけば彼のことばかりを考えていた。
そして、ある日、とうとう私は想いを告白することにした。
「…………」
告白した後の一瞬の沈黙が、何秒にも何分にも感じられた。心臓の鼓動だけが時を刻む。どくんどくん。
「気持ちはすっごく嬉しいよ、レン。でもね、ボクは誰とも付き合う気はないんだ。うん、約束……したからね」
「そうで……ありますか……。どんな約束をしたか聞いても?」
彼はこくりと頷き、遠い目をして、昔の約束のことを話してくれた。
「……もし、その彼女の方は、覚えていなかったとしてもでありますか?」
ちょっぴり嫌な訊き方になってしまった。少し、その彼女に嫉妬していたのかもしれない。
「うん、それでも……かな。自分からした約束だからね。守りたいんだ」
澄んだ瞳で彼はそう言い切った。これは勝てない……な。
「ふふっ、そんな素敵な女の子なら、いつか友達になってみたいでありますな〜!」
私は暗くならないように明るく振る舞った……つもりだ。
「うん、もし会えたらきっと仲良くなれると思うよ! すっごくいい子なんだ!」
ナギサ殿の言うとおり、とってもいい女の子だった。今では私の親友だ。私のためにこうして、ナギサ殿の背中を貸してくれている。
そして、今、目の前にはあの時と全く変わらない、澄んだ瞳の彼がいる。
「……レン、大丈夫?」
「雷も遠くなってきて、だいぶ落ち着いてきたでありますよ……」
「そっか、よかった。うん、やっぱりレンには笑顔と元気な声がないとね……!」
「あっ……」
屈託のない笑顔で、昔の様に彼は微笑む。胸の奥がじーんと温かくなる。
「そろそろ……大丈夫そうであります……!」
私は彼のおかげで、自分の声に自信を持ち、いつしか声優を目指すようになった。今はアルバイトを頑張って、そのための資金を貯めている。
「ほんと?」
「はい、全快でありますよ!」
「ふふっ、よかった!」
「よかったです〜!」
「お二人とも、ありがとうでありますよ〜!」
私は元気に声を出し、2人に感謝する。彼に褒めてもらった自慢のこの声を。そう胸を張って。
ふふっ、私はナギサ殿もヒカリ殿も大好きであります!
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