第2話 果林とロアの場合
ニコッと笑って基本はやり過ごす。
それが受付嬢としての仕事のスタイル、それは入社してからの研修で学んだことだ。
オフィスにはたくさんの来客がくる。
いろんな人……みんながみんな常識的で優しい人ばかりでもない。
びっくりするほど非常識な人もいるし、ひとの気持ちを考えないような言葉を吐く人もいる。理不尽な怒りをぶつけられることもあるし泣きたくなるほど嫌な思いをしたことだってある。
でもそれが仕事だし、誰かに「ありがとう」そんな言葉を投げてもらえたらまた頑張れたりするものだ。
でも。
「もう嫌だよぉ、無理、もう辞めたい。もう辞める、明日こそ辞表だすぅ……」
「
「今日来てた〇〇社の今村さん、また言うんだよ?彼氏いないよね、一回軽い気持ちでご飯でも行かない?って。軽い気持ちで行けるわけないじゃん?行ったらその気があったんだろ?てまたホテルとか連れ込まれそうになって抵抗したら遊んでそうな顔してかわい子ぶんなとか言われて……もともと派手な顔なだけなのに!」
「じゃあもう少しメイクをナチュラルにしたらどうかな?」
「受付嬢はしっかりメイクしなきゃ。ポイントメイク薄めにしたら先輩に指摘受けたんだよ……だからそれはできないの」
「髪を巻くのをやめたら?」
「くせ毛なんだもん、逆に巻いたほうが綺麗にまとめられるから」
「仕方ないねぇ……果林が男を引き寄せちゃってるんだなぁ」
色々提案されてもそれに応えられない私をロアは仕方なさそうに笑っている。
「とりあえず、もうお酒はやめたほうがいいよ?明日の朝また後悔して泣くのは果林だよ?」
ヒョイっとグラスを奪われてその長い腕を追いかける。
「あん!だめ、それ飲んだらやめるっ!」
「もうダーメ。ほら、時間も23時前。結局今日もゴールデンタイムに寝れてない。もう歯磨きして寝なさい」
「……ん、わかった」
正直もう瞼は落ちそうなくらい眠たい、歯磨きだって面倒なくらい眠いのだ。
「果林?寝ちゃダメだよ?歯磨きまでして?」
「うん……」
肩をゆすられながらも睡魔が襲ってきてフワフワしてくる。ロアに支えられる手の熱が心地よくてそのままもたれかかる。
銀色の髪の毛がサラッと視界に入ってブルーグレーの瞳がぼんやりした視界に光って見える。
「仕方ないなぁ……」
自分の体が浮遊力で浮いたのか?
ゆらゆらして空を飛んでいるような感覚、そんな中耳元で囁く低音ボイスがまた心地よさを倍増させる。
「毎日果林は頑張ってるよね。偉いよ、泣きながらでも明日にはちゃんと仕事に行ってまた頑張ってくるんだから……好きだよ?」
不思議な出来事が起きてから数ヶ月。
今まで一方的に話して癒やしてくれていた愛犬のロアは今は私を抱き抱えて私の言葉に思いを返してくれるようになった。
そして私はそのヒト型のロアとの暮らしの甘さにより癒されてなんとか毎日を乗り切っている。
「おはよぉ……」
キッチンに立つロアにあくび交じりの挨拶を投げるともう足音で気づいてこちらを振り向いていた。
「おはよ。よく寝れた?」
「……うん」
「朝ごはん出来てるよ?」
「いつもありがとぉ、ロア〜」
ギュッと背中に抱きつくとクスッと笑われた。
「先に顔洗っておいで?」
めちゃくちゃ甘々で優しい彼氏みたいなロアは数ヶ月前までは犬だった。
ラブラドールのそこそこ大型犬、私が高校を卒業するくらいに我が家にやってきた。
ラブラドールでは珍しい白よりかはグレーの様な髪色がとても高貴な感じで一目見てかっこいいと思った。
引っ込み思案で学生時代友達がなかなか出来なかった私。高校に入学してもたいして仲の良い友達ができなかった私に、みかねた父がロアを買ってきてくれた。
昔から犬を飼いたいとは言っていた、でもそれを強くお願いしたことはない。そんな性格も少しは直るように、ロアと一緒に過ごして自分の気持ちをもっとたくさん吐き出せるように、そんな思いでロアを連れてきてくれた。
ロア、という名は私がつけた。
長い、永続する、最高のといった意味を持つ名前、ロアは私の家族であり親友の様なもの。永遠に、私とロアを繋いでほしい。
そんな想いを込めてこの名を付けた。
なんでも話してなんでも聞いてもらった。
ロアがいるから今の私がある、ロアがいるから私は辛い時も頑張ってこれた。
就職のタイミングで家を出ることになった私だけれど、ロアも一緒に住めるマンションを探して引っ越した。
初めての社会人生活、ストレスと疲労、不安や悩みが尽きなくて家に帰ると泣く日が増えた。
「しんどいよ、辞めたいよ、辛い」
いつもそんな言葉しか言えなくて泣く私の涙を毎日舐めて大きな体で寄り添ってくれるロア。ロアと暮らす毎日に変化なんかなかったのに、ある日起きたらリビングにいたのはロア……ではなく男の人だった。
「おはよう、果林」
サラッと挨拶をされたけれど、驚きすぎて声が出ない。そもそも男の人と個人的に絡んだことのない私。お付き合いしたことも人を好きになったこともない。
なのに上半身裸で腰にバスタオルを巻いている大人の男性に免疫などあるわけもなく、私はその場で鼻血を吹いて卒倒した。
「ええ?!果林!!大丈夫?」
「あの、あの……ど、ど、どちら様でしょうか、え、私が部屋を間違えてご迷惑を……?ええ、どうしよう、すみません、ごめんなさい……」
「待って、落ち着いて。果林はなにも間違えてないし、驚くのも無理はない、びっくりしたよね?俺もびっくりしてるし驚いた。朝起きたらヒトの形になってたんだ」
「……へ?」
「俺のこと見て?」
「え……」
そう言われて見つめられる目をじっと見つめ返す。ブルーグレーの瞳、白い肌にシルバーの様な髪の毛……。
「ロア?」
「あぁ~やっぱり果林は分かってくれた、嬉しいよ」
そう言ってギュウッと抱きしめられた。
裸の男性に。
私、固まる。身動きどころか息も出来ない、固まった。
「あ、ごめん。こんな風に果林を抱きしめられたことないから嬉しくて。ずっと抱きしめてあげたかった。俺にはそれは出来なかったけど、これからはこうしていつでもどんな時も抱きしめてあげられる……嬉しいな」
ロアは4歳半ほど、人間換算すると35、6歳くらいか。とてつもなく色気のある優雅な感じの男性だ。職場でもこんな品のある素敵な人はあまり見たことがない。
髪の色や目の色のせいか、何人?とまずはなるのだけれど、その明らかに東洋人とは違う風貌、スタイル、物腰がどこぞの国の王子様のようなのに、私はすんなりヒト型のロアを受け入れた。
犬のロアが恋しくないとかではない。
ヒトだからじゃない、素敵な恋に落ちてしまいそうな男性だからじゃない。
ロアなのだ。
受け入れないとかの問題でもなかった。自然と私の中で納得してしまった。
ああ、ロアは、私と話ができるヒトになってそばにいてくれるようになったんだ、そう思えた。理由を気にするべきだけれど、嬉しい気持ちが勝ってあまり深く考えていなかったが、この不思議な現象を私より気にしていたのはロアの方で私が仕事に行っている間にパソコンを触り色々調べていた。そこからなんとなく辿り着いた答えがブルームーン現象ではないかとロアが言った。
「月の力のせい?」
「わからない。でも果林と見た満月がこの事態を招いたのかなって……この現象は俺たち以外にも起きているみたいだ。結局ヒト化してるのは犬だけみたいだけど、なんでなんだろう」
「なんでもよくない?私はロアほど疑問も不安もないんだけど」
「……そう?果林らしいね」
「ロアがいなくなるなら困るけど、いてくれるからそれでいい。こうして話して気持ちも前より分かり合えるようになった、幸せ。それ以上の気持ちないもん」
「……ふふ。俺も幸せ、こんな風に果林と話が出来たらいいのにってずっと思ってた。もう一人で泣かせなくて済むと思ったら嬉しいよ」
そんな甘いセリフを吐いて抱きしめてくるから胸が勝手にトキメク。
私は――、ロアに恋をしかけている。
その思いは果たして口にしていいものか、今はそれが一番の悩み事。
なんでも悩みは口に出せたのに歯痒い。
だってロア自身に吐き出すにはなかなか難儀な内容だ。
――ロアが好き
それになにも嘘はない。でも今のこの気持ちは明らかに飼い主と犬の関係とは言い難い。
私は、ヒトの姿をしたロアを素敵な男性と思っている。犬だったことを忘れたわけじゃないけれど、何なら犬の姿でも高貴でかっこいいと思っていたのだ。
ヒトになってカッコよくないわけがない、素敵で見惚れて思うだけでため息がこぼれる。
好きだと――思っている。
この気持ちは……恋としか呼べない。
はぁ、とこぼれるため息がやたら悩ましい。
色んな意味が込められた重い「はぁ」だ。困ったな、素敵だな、どうしよう、かっこいい、好きになんかなっちゃダメ、あぁやっぱり好き以外ない。
結局ロアのことしか考えられない。
そんな気持ちでぼんやり電車に揺られて、浮ついた足元で家路を目指す。
ロアが待っている、毎日私の帰りを待っていてくれるから疲れていても、悲しい気持ちがあっても歩ける。
帰ったらロアに抱きしめてもらうんだ、ロアにいっぱい話しを聞いてもらって、優しい声に包まれながら眠りにつきたい、もうそれが私のルーチンなのだ。
だから心の中はもうロアのことしか考えていなかったのに。
「お疲れ様です」
「……お、つかれ様です」
なんで、ここに今村さんがいるんだろう。
会社を出て電車に乗って改札を出てマンションまでの道のりを歩いていたら背後から声をかけられた。
ニコリと微笑みながらとても自然に横に並ばれて心拍数が上がる。
ドキドキ、それはときめきのような胸の音じゃない。
緊張感、それも不快な嫌な気持ちのドキドキ。嫌な予感しかしない、いい気持ちが全くしない。
「この辺に住んでたんですね。ちょっと職場から遠いですね」
「……そう、ですね……あの、今村さんはどうしてここに?」
まさかつけてきたの?それは思ってても当然口には出来ない。聞きたい事ではあるが聞いたら終わりな気がする、真実は知りたいようだけど知りたくない。それでもその感情を表情で察せられてしまったのか、さっきよりもニコリと笑われてゾッとした。
「いつも誘っても断られるし……仕事終わりにどんなことして過ごしてるのかなあって……真っ直ぐ帰るなら一回くらい食事いいじゃないですか」
「……それは」
「彼氏、やっぱりいないんでしょ?毎日毎日真っ直ぐ帰って……勿体ぶらなくていいじゃん」
いきなり言葉がくだけて驚いたのに話す内容も驚く。毎日?今、毎日と言ったか?これは偶然でもないし初めての話ではないのか?
今村さんは毎日私のあとをつけてマンションまで把握していたのか。
「そんな男誘ってるみたいな顔してて……いろんなヤツから誘われて応えてるんじゃないの?ねぇ……」
急に腕を引かれて思わず振り払った。
「やめてください!真っ直ぐ帰るのは待ってる人がいるからです!」
「はぁ?嘘つかなくていいよ、マジでカマトトぶんなよ」
「やだ、いゃ……嘘じゃな……」
「そのやだ、とかも普通に可愛いし、そう言って煽ってるだけ……」
振り払った手がまた強引に二の腕を掴むから怖くて声も出せなくなった。
「受付嬢なんかさ、みんな出会い求めてたりするんだろ?自分らだって品定めしてんだよな?」
「してません!そんなこと!」
失礼な人だ、自意識過剰にもほどがある。真面目に仕事してどんな人にも誠実に対応しようと思っているのに、そういう目線でしか見れない人がいるから泣きたくなるような日を過ごしているんじゃないか。
その気持ちがカッと湧き上がって思わず睨んでしまった、それは逆に今村さんの加虐心を煽ってしまったようだ。
「へぇ……かわい、そんな挑発的な目つきもするんだ……なんか本気で鳴かせたくなるな」
そんな言葉を言われてときめく女がいるとでも思っているのだろうか。不快で嫌悪感しか持てない、単純にゾッとして趣味が嫌すぎると思う。
「もう、はな……離して……」
「逃げんなよ、ひどいことしてるみたいじゃんか」
荒い息づかい、掴まれる腕が痛みだす、振り払いたいのに強い力に逆に引っ張られて、その勢いで今村さんの体に近づきかけた。
「やだぁ!」
「デカい声出すな!」
ギュッと腕に指が食い込むようで痛くて、思わず目を塞いだ。
(怖い!痛い!やだ!!)
その時だ。
パシィ――、と、乾いた音がしたと思ったら腰を抱えるように抱きしめられて覚えのある匂いに包まれた。
「ってぇ……なにすんだよ!」
「……なに?そのセリフそのまま返しますが」
頭の上から聞こえた声は今まで聞いたこともないような冷たい声。匂いで誰かわかるけれど、声だけ聞いていたら別人ではないかと思って逆に怖くて顔を上げられない。
「リードもつけられてない人間は距離感がわからないみたいで困る。馴れ馴れしく女性の身体に触れるものじゃないですよ」
「はぁ?!いきなり出てきてなんなんだよ、あんたこそ距離感わかってねぇ……っ」
今村さんがそこで声を切ったのは声の主の表情が恐ろしく冷えていたから。
美しい顔が静かに切れて見つめるその圧力は言葉にしにくい。
言葉を失う、はそう。
言葉なんか吐けない、息を吐くのさえ躊躇うほどの威圧感、今村さんだけじゃない、その空気を察して見上げた私さえ息を呑んでいる。
ロアのブルーグレーの瞳が夜の闇の中で光る。妖しげに攻めるように強く光ってそれが痛いくらいに相手に刺さる。
食らいつくように噛みつきそうな目つき。そう思っていたらロアが口を開いた。
「手があってよかった……なかったら腕を喰い千切ってる」
冷たい視線でサラッと言う言葉が怖い。まさに今それに似た類いの感情を持っていたところだった手前余計心臓が冷えた。その冗談みたいな言葉を今村さんもまともに受け止めてしまうほどロアが本気そうで体をビクリと揺らした。
「帰ろう、果林」
名前を呼ばれて我に帰る。
「ぁ……ぅ、ん……」
発した自分の声が震えていた。それにロアはキュッと眉を顰めて険しい顔になる。
「怖かったね、もっと早く来れたらよかった、遅くなってごめん」
ロアが謝ることなんかないはずなのに、申し訳なさそうに謝るからとまどってしまう。むしろこのタイミングで助けに来てくれたことに驚いていたのに。
そのままギュッと抱えられた腕の力が強い。離さない、そう言われているのがわかる。
固まる今村さんが少し気になって後ろ髪を引かれたらロアがその顔をクイっと持ち上げた。
「誰を見てる」
いつものロアとは全然違う声と言い方。
それに驚いて目を見開いたらそのまま口を塞がれた。
「――んっ!」
初めての口付け、男の人とキスしたことなんかない。それだけでも衝撃なのに、その初めてのキスは優しいものでもなかった。
力強く押し付けられてなんなら食べられそうなほど深い。
漏らした声をそのまま飲み込まれて息が止まりそうになる。
「――っ」
息が、出来ない……それだけ伝えたくてロアの腕を叩いた。
その大した力も込められてない腕をギュッと掴まれて唇がフッと離された、と、思ったのも一瞬で。
腕をグイッと引き上げられてロアの首に回されたらお尻から抱き上げられて気づいたら自分の体が宙に浮いてロアに抱きつく体制になった。そのまままたくちびるを押し付けられて重力に負ける。私から覆い被さるような深いキスに目が眩んだ。
「ぁ――、んんっ」
こんなキスされて立ってられるわけがないから抱き上げられて正解なのかもしれないが、自分の今の姿を脳内で客観視したらとんでもない状態ではないかと思考がパニックになりかける。
それを社外の人に晒しているという現実。
どうしよう、とか、何て言えばいいのか、とかいろんなことは考えてしまうけれど結局答えなんか出ない。
ただ、ひとつ思うこと。
ロアとのキスが気持ちよくて。
ただ、嬉しくて。
キスとは、こういうものだったのか。小説やドラマを見てでしか知らなかった、好きな人とくちびるを重なる行為、それは一体どれほどのものなのだろうかと。
恋愛に対して免疫のない私、憧れと想像だけだったキスは想像を裏切るほど熱くて生々しいものだった。
それでもそれはただ胸が詰まるような気持ちになった。それだけで――涙が出そうだった。
「……はぁ……」
チュッと離されたくちびる。
まだ触れれそうなほど近い距離の中で、ロアの瞳が私から今村さんに向けられた。
「果林は俺のものだから。二度と触れるな。次近寄ったら本気で首筋を掻き切ってやる」
ロアの放つ言葉にギョッとしてしまう。今村さんも息を飲んで後退りしていた。
「もう帰ろう」
フイッと踵を返して私を抱き抱えたままロアの長い足は颯爽とマンションへ向かっていった。
玄関に入ると降ろされて、跪いたロアに靴を脱がされた。
「あ、ありがと……ひゃあ!」
裸足になったところでまた体が浮いて変な声が出た。ロアの手が私の肩と膝の裏に回されて今度はお姫様抱っこ、状況に戸惑うしかない。
「あの、あの、ロア、お、お、おろして」
「どうして?」
どうしてもなにもない、どうしてはこっちが聞きたい。
「ある、歩ける!もう歩けるし、部屋だし、その……」
ジッとブルーグレーの瞳が見つめてくる。
至近距離、べつにこんな距離で見つめることは初めてではない。私はロアに抱きつくのも慣れっこ、そう思っていたのに。
「……そんな、瞳で、見ないで……」
「そんな瞳って?」
優しいロア、いつでも私を見つめる瞳は穏やかで柔らかくて……でも今日のこの瞳はなに?
妖艶で熱っぽくて、情熱的な瞳。
私を見つめる瞳がいつもと全然違う。
「私の知らない……ロアみたい」
「……果林の知らない俺は、いや?」
吸い込まれるような瞳に見つめられながらその言葉の意味を考える。
私の知ってるロアってなに?私の知らないロアがいたらどうなるの?
私は……どんなロアを求めてるの?
「……いや、だよ……」
声が震えた。
抱き上げられて、ロアの腕の中にいるのに身体が震える。
恐怖心や怯えての震えじゃない。
胸が高鳴って、身体に振動しているような震えだ。
「私の知らないロアがいるのは嫌、私は……どんなロアも知ってたいの……」
身体が勝手にロアにひっつく。引き寄せられるように抱きついた。
「なら……知って?」
「え……」
「ずっと我慢して、大人の余裕を見せようって耐えてたのに、果林のせいだよ。毎日毎日可愛くて、心配でたまらなくて。ほんとはどこにも行かせたくないのに健気に仕事も頑張って……挙句あんなカスみたいなヤツに触られてどうしてくれようか」
淡々と言う声が冷たい。いつも優しい言葉しか言わないロアから発せられる辛辣な言葉に耳を疑ってしまう。
「ねぇ?なに、あいつは。毎日毎日果林のあとをつけて近づくのを待ってたてこと?果林はどうしてそう危機感がないの?俺のそばを離れる時はもっと周りを意識して暮らさないとダメ、それが出来ないならもうこの部屋から出ることは許さない」
「そんな……」
「今度は俺が果林に首輪をつけようか?ベッドに縛りつけてその上でずっと可愛がることもできるよ?」
ニコリと微笑んだ顔は色気に満ち溢れていて、私は思わず息を飲んだ。
「……悪い子だなぁ……想像して喜んでない?」
「そんなっ……」
それ以上言葉にされると本当に逃げ場がなくなりそうで慌てて視線を外した。心の奥底でそれを望んでしまいそうになった自分を知られるのは色々怖い。
それでも――。
「ロアになら……飼われてもいい」
私が今度はあなたのペットになってもいいよ。
そう思えるほど、私はロアが大好きだから、その想いで抱きついた。
「……なら、もうお利口な飼い犬はやめようかな」
企むよな妖艶な笑みを浮かべてロアの甘いくちびるに塞がれた。
ブルームーンに恋して sae @sekckr107708
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