帰ってきた幼馴染とのラブコメ生活

綴木真白

美少女転校生は意図せず嵐を起こす

 学園生活。それは青春の代名詞。一度しか味わうことができない中学、高校を多くの同級生たちと楽しく過ごし、絆を深める充実した生活。

 長い人生の中のモラトリアムであり、誰もがもう一度あの時に戻りたいと夢想する。

 勉強、部活、恋愛、バイト……体育祭に修学旅行、文化祭に合唱コンクール。テストに朝早い登校と嫌なこともあるが、それでも楽しいことが多い三年間だ。

 そんな高校生活をすでに一年と一か月消費した俺、綿抜わたぬき龍之介が所属するクラスには新たな風が吹き込んできた。


「なあ、綿抜。今日うちのクラスに転校生来るんだぜ」

「えっ。まじ?

 あ、だから俺の席の隣に机があるのか。なんでそんなこと知ってるんだよ」

「日曜日の部活の時に会ったんだよ。先生と何か話に来てたらしくてな?帰りに外で部活してる俺のこと見えたっぽくて、先生が紹介してきたんだよ!」


 俺に自慢気に話しかけてきたのは、松本優輝。サッカー部に所属する俺とは一年のころから同じクラスの生徒だ。180cmほどの身長に日焼けした肌とツーブロックは真面目に部活に励む生徒といった感じがある。実際彼は弱小なうちのサッカー部の中でも頭二つほど飛びぬけて上手いらしく、一年のころからレギュラーとして試合に出ているらしい。

 そんな高校生のモテるやつ筆頭のような奴だが、俺のような冴えない奴にも話しかけてくれるフレンドリーな性格だ。だから、先生も転校生を紹介したんだろう。


「なるほどね。で、どっち?」

「あ?……あー、なるほど。彼女とか興味ないとか言う割に転校生が女子か気になるのか!」

「……そんなんじゃない。ただ、隣に座るのがどっちかで気まずくなるだろ」

「ふうん?ま、そういうことにしとくわ。それで転校生が女子かどうかなんだけどな——」


 松本が続きを話そうとしたとき、それを遮るようにチャイムが鳴る。

 出鼻をくじられた俺たちは二人とも微妙な表情を浮かべる。

 チャイムの後すぐに先生はドアを開けて、クラスへと入ってきた。


「席について。今日のHRは時間使うからすぐに始めるよ」

「じゃ。この後のイベント、楽しめよ」


 それだけ言うと山本はそそくさと自身の席へと戻っていった。他人事だし、自身は今日のイベントの詳細を知っているから気楽そうだ。

 普段HRで必要事項しか話さないで時間を使わない先生が「時間を使う」ということでクラスメイトたちがざわざわと隣近所の席の奴と話している。

 さすがにこの状態では進行することができないために、先生が二度手を叩く。クラスメイトたちも私語を止めて、先生の方に体を向ける。


「はい。静かにしてね。今日は転校生を紹介します。本当は四月からうちに転校するはずだったんだけど、諸事情で今まで学校に来れなかったので5月のこの時期になっちゃったらしいけど、皆さん仲良くして下さいね。

 それじゃあ、入ってもらうから歓迎してね。じゃあ、朝比奈さん入ってちょうだい」


 先生が扉から顔だけを出して、転校生を呼ぶ。先生は生徒は苗字プラス君、さんで呼ぶ。そして件の転校生にはさん付け。女子ということだ。

 そのことに気づいたほかの男子生徒も女子が増えるということで色めきあっている。当然そんな男子の様子を女子たちは少し馬鹿にしたような目で見ていた。


「——はい」


 しかし、朝比奈さんの声が聞こえると、ざわついていた男子生徒もそれを覚めた目で見ていた女子生徒も、そしてもちろん俺も反射的にクラスの扉の方に顔を向けた。それほどまでに扉の向こうから聞こえた声は美しかったのだ。皆が扉が開かれるのを今か今かと待っていると、ゆっくりと扉が開かれていった。

 教室には行ってきた生徒は美しかった。頭上から照らされるLEDの光で天使の輪を浮かべる艶やかな黒髪を背中に流し、海のように深い蒼色の瞳は意思の強さを持つようにまっすぐ前を向いている。女子にしては高い身長と長い脚を持っており、なおかつ顔が小さいために芸能人のような少女だった。

 朝比奈さんが教卓の隣に立ってから先生は話を会話した。 


「それじゃあ、朝比奈さん。自己紹介よろしくね」

「わかりました。

 ……初めまして、朝比奈美玖みくです。転校前は朝陽女子高等学校に居ました。趣味としては読書、映画鑑賞が好きです。よろしくお願いします」


 朝比奈さんの自己紹介が終わって、生徒たちがまばらに拍手をしている。その状況で俺は朝比奈さんから目を離すことができなかった。彼女の姿に見惚れたとか一目ぼれとかではなく、ただ彼女の名前と姿に対して既視感があるのだ。

 しかし、それが何なのか思い出せないもやもや感を先生が言葉を発するまで感じていた。


「じゃあ、朝比奈さんはさっき教えた席に座ってね」

「わかりました」


 朝比奈さんはまっすぐに自身の指定された席へと歩を進めている。

 彼女のことを追うクラスメイト達の目が俺のことを見ていると錯覚する。緊張で体が熱くなる。出来るだけ視線から逃げるように机を凝視してこの時間が過ぎるのを待つ。

 しかし、それは俺の隣の席に座った注目されている本人によって、破られた。


「隣同士よろしく」

「……よろしく」

「私の名前はさっき紹介したから名前教えてもらってもいいかな」


 ああ、男子たちからの視線が強くなった気がする。この一か月騒がず大人しく生活してたのに、まさかこんなことでヘイトを買うなんて。

 しかし、彼女のお願いを断ることなんてできない。クラスメイトととして名前を教えることは当たり前だし、もし仮に断ったらクラスメイトから嫌われるなんて確実だ。


「……綿抜龍之介」

「ッ!」


 朝比奈さんは俺の名前を聞いて小さく、しかしはっきりと眼を見開いた。俺の名前に聞き覚えがあるのだろうか?


「……わからないことがあったら聞くかもしれないから、改めてよろしく」

「わかった」


 それだけ言って朝比奈さんは前を向いた。つられて俺も前を向くと、そこには俺の方を見て楽しげに笑っている山本の姿が見えた。

 ……他人事だからって楽しんでやがる。この後の休み時間が憂鬱になりながら、先生の他の連絡を聞くのだった。


◇ ◇ ◇


 案の定クラスの男子たちに教室の端っこで尋問されたが、それ以外は特に何もなく放課後まで時間が経過した。俺自身は何もないが、隣の朝比奈さんは毎時間クラスメイト、時には他クラスの生徒たちが彼女に話しかけていた。流石にそんな状況だと俺の席に間で女子生徒に侵食されることは必至(一時間目前の休み時間で被害を喰らった)ために休み時間早々山本の席まで逃げるしかなく、それをあいつにいじられた。

 多分当分こんな感じなんだろうと思うと、ため息が出てしまう。

 さっさと帰ってゲームでもしようとバックを持ってクラスを出る。しかし、今日の主役に呼び止められる。


「綿抜君、待って」

「え?何?」

「今日あまり話せなかったから一緒に帰りましょう?」


 彼女の言葉を聞いていたクラスにいる男子全員が首がねじれるんじゃないかというレベルで首を周し、俺を見た。

 彼らの目は明らかに正気を失っているように見えるほどギラギラと輝いている。

 しかし、そんな男子生徒たちのことなど俺は気にするほどの余裕はなかった。今日初対面の男子と二人で帰ろうと誘う時点で意味不明だ。そして自慢じゃないが、俺は小学校以降女子とプライベートな会話なんて皆無だ。当然そんな男が突然彼女のような美少女に誘われれば……。


「……は?」


 当然フリーズする。一言呟いた後、硬直した俺の姿を見て、朝比奈さんは小さく首をかしげる。その様子を見ていた男子生徒の数名が天を仰ぎか、胸を押さえている。

 彼女はそんなこと気付くことなく、再度俺に話しかけてくる。


「どうしたの?」

「…………いや、何でもない。と、とりあえず駅までだったら大丈夫だけど」

「うん。それで大丈夫」


 朝比奈さんが席を立ったのを確認した後、俺は異様な空気感を漂わせるクラスからそそくさと退散した。

 まだ、俺の災難な一日は終わっていなかったらしい。

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