はぐれ死神リグレッタ、終の棲家で母になる

第8話 お風呂工事

　木彫（きぼ）りの人形って、作るの難（むずか）しいんだね。

　初めてやったから、歪（いびつ）な形（かたち）になっちゃった。

　失敗作（しっぱいさく）も沢山（たくさん）転（ころ）がってるし。

　なんなら、材料（ざいりょう）がそろってから作り終（お）えるまでに１日以上かかってる。

　それでも一応（いちおう）、建築の術（アーキテクチャ）は使えるみたい。

「リッタ！！　なんかいるよ！！　なにあれ！！」

「アーキテクチャだよ。今からお風呂場（ふろば）を綺麗（きれい）に作（つく）り直（なお）してくれるの」

「アチャ？」

「ううん。アーキテクチャ」

「アチャ～！！」

「ダメだ、聞いてないや」

　短（みじか）い足でチョコチョコと歩くアーキテクチャを、ハナちゃんが追いかけていく。

　そう言えば、ハナちゃんが私のことをリッタって呼（よ）ぶようになったなぁ。

「もしかしなくても、初めと終わりをくっつけただけだよね？」

　まぁ、可愛（かわい）いから良いんだけど。

　それに、初（はじ）めてのあだ名ってやつだよね。

　うん、そう考えたら、なんか嬉（うれ）しくなってきちゃった。

「アチャ……ふふ。ちょっと可愛（かわい）いね。私もそう呼ぶことにしようかな」

　まさかハナちゃんに名づけを奪（うば）われるなんて思わなかったよ。

「ほら、ハナちゃん。今からアチャはお仕事（しごと）で忙（いそが）しくなるんだから、邪魔（じゃま）しないようにね」

「お仕事（しごと）？　アチャ、お仕事（しごと）するの？」

「そうだよ～」

「ハナも仕事（しごと）する！！」

「お、ハナちゃんもお仕事してくれるの？」

「うん！」

「それじゃあ、お掃除（そうじ）をお願いしようかな～」

　私がそう言うと、どこからともなく箒（ほうき）がすっ飛んできた。

　さては、話を聞いてたな？

　続（つづ）くようにバケツと雑巾（ぞうきん）もやってくる。

　そうして現れた掃除（そうじ）道具（どうぐ）たちとキャッキャとはしゃぎながら、ハナちゃんは廊下（ろうか）の奥（おく）に消えてった。

　あの子達も、すっかりハナちゃんと仲良（なかよ）くなったよね。

　それはとっても良いことです。

　……良いこと、だよね？

　よくよく考えたら、初めの頃（ころ）、私はハナちゃんと深（ふか）く関（かか）わらない方が良いんじゃないかって思ってた。

　でも、今はそうも言っていられないのです。

　ハナちゃんは、お家（うち）を失（な）くしちゃってるから。

　今更（いまさら）、ここから追（お）い出すなんてできないよね。

　だからこそ、万（まん）が一（いち）にも最悪（さいあく）の事態（じたい）を招（まね）くことが無いように、この家（いえ）にも色々（いろいろ）と手を加（くわ）えて行かなくてはいけません。

「私は先を見据（みす）えて行動（こうどう）できるレディだからね。それじゃあ、アチャ。お手伝（てつだ）いさんは私が準備（じゅんび）をするから、お風呂場（ふろば）の改築（かいちく）、お願（ねが）いするね」

　ひっくり返った風呂桶（ふろおけ）の上で、小さな敬礼（けいれい）をして見せるアチャ。

　そんな彼に、私はずっと考えてた要望（ようぼう）を説明（せつめい）した。

　まずは何と言っても、広い湯船（ゆぶね）だね。

　ゆったりと入りたいし、それに、ハナちゃんはいつも分身（ぶんしん）ちゃんと一緒（いっしょ）に入ってるから。

　狭（せま）いと不便（ふべん）だよね。

　むぅ。

　それにしても、羨（うらや）ましい。

　私の分身（ぶんしん）なのに、どうして私よりも良い思いをしてるのかな？

　仕方ないんだけどさ。仕方ないんだけどさっ！

　ふぅ。そんなことは置いといて。

　次にお願（ねが）いしたのは、風呂釜（ふろがま）だね。

　このあいだは火事（かじ）になりかけて危（あぶ）なかったから、もう同じことが無いように作り変えてもらおう。

　一歩（いっぽ）間違（まちが）えたら、火に触（さわ）れちゃう構造（こうぞう）ってのは、ダメだよね。

　安全（あんぜん）第一（だいいち）だよ。

　その他にも、要望（ようぼう）はあげればキリが無い。

　ちょっと焦（こ）げちゃった壁（かべ）は、もちろん綺麗（きれい）にしてもらいたいし。

　服（ふく）を脱（ぬ）ぐための場所（ばしょ）も欲（ほ）しい。

　それにそれに、照明（しょうめい）なんかもきれいにしたいかも。

　欲（よく）を言えば、露天風呂（ろてんぶろ）って言うモノも欲（ほ）しいよねぇ。

　あ、それと……。

　さらに要望（ようぼう）を続（つづ）けようと口を開（ひら）いた私は、物言（ものい）わぬアチャが、ジーッと睨（にら）み付けてきていることに気が付いた。

　目も口も無いのに。

　アチャは絶対（ぜったい）に私を睨（にら）んでるよ。

　見えなくても分かる。ううん。感（かん）じる。

「ご、ゴメンて。無茶（むちゃ）を言いすぎだよね。露天風呂（ろてんぶろ）とかは無視（むし）して良いからさ」

「……」

「照明（しょうめい）もダメなのぉ！？　そ、そっか。分かったよぅ」

　残念（ざんねん）だけど、脱衣所（だついじょ）くらいまでで我慢（がまん）しよう。

　大量（たいりょう）に準備（じゅんび）してた枝（えだ）や小石（こいし）、それに手伝（てつだ）ってくれる家じゅうの家具（かぐ）たちと一緒（いっしょ）に、私はお風呂場（ふろば）の改築（かいちく）に取り掛かる。

　お昼前（ひるまえ）から初めて、改築（かいちく）が終わったのが夕方。

　空が暗（くら）くなっちゃったよ。

　身体（からだ）はもう、クタクタです。

「リッタ。お風呂（ふろ）まだ？」

「もうそろそろ沸（わ）くからね」

「わくぅ！？　ワクワクだねっ！」

「だね！　綺麗（きれい）になったから、ハナちゃん、きっと驚（おどろ）いちゃうよ！」

「おっふっろっ！　おっふっろっ！」

　胸（むね）の前で両手（りょうて）をギューッと握（にぎ）りしめたハナちゃんが、満面（まんめん）の笑（え）みを浮（う）かべてる。

　よっぽど楽しみなんだね。

　まぁ、今日はお掃除（そうじ）も頑張（がんば）ってくれてたし。

　その分（ぶん）、お風呂（ふろ）も気持（きも）ちいいことでしょう！

「うん。沸（わ）いたよ！　それじゃあハナちゃん。入って良いよ」

「やたっーー！！」

　両腕（りょううで）を上げると同時（どうじ）に、一気にすっぽんぽんになってくハナちゃん。

　いつも思うんだけど、どうやって脱（ぬ）いでるんだろ。

　あ、脱（ぬ）ぎ捨（す）てっぱなしだ。

「もう。明日（あした）からはちゃんと、脱（ぬ）いだ服（ふく）を篭（かご）に居（い）れるように言わないとだね」

「むほぉぉーーー！！　きゃははぁ！」

　賑（にぎ）やかな風呂場（ふろば）の戸（と）をそっと閉めて、私はキッチンに戻る。

　ハナちゃんが上がったら、次は私が入る番（ばん）。

　どんなお風呂場（ふろば）なのかは、自分で作ったから知ってるんだけど。

　どうしてかな。

　ちょっとワクワクするね。

「お風呂（ふろ）の改築（かいちく）、もう少し早く手を付けてればよかったなぁ」

　遠（とお）くから聞こえて来るハナちゃんの楽しそうな声と、水の音。

　そんな音に反応（はんのう）して火照（ほて）り出す心を鎮（しず）めようと、私はお水で喉（のど）を潤（うるお）した。

　沁（し）みるぅ。

　お水って、こんなにおいしかったっけ？

　どうでも良いけど、今日はホントにぐっすり眠（ねむ）れそうだなぁ。

　気づけば椅子（いす）の下で自然（しぜん）と揺（ゆ）れる足に釣（つ）られて、私は鼻歌（はなうた）を唄（うた）う。

　まだかなぁ。

　早くお風呂（ふろ）に入りたいなぁ～。

　数十分後、私は念願（ねんがん）のお風呂（ふろ）に入ったのです。