八 さらば友だった者よ

『……承知した』

 店主の声はことのほか穏やかに響いた。

 瞬きをすると、そこはもう少女の部屋ではない。あの呪い屋の客間だった。

「えと……あれ?」

「二度目であろうに。慣れんか」

「さすがに無理です……」

 不服そうな店主に対して、少女はがっくりと肩を落としながら言葉を返す。

「まぁええ」

 店主は心底わからないという表情を浮かべながらも、この流れを自ら断ち切った。

「本題じゃ。あの子達、と言うたな。誰と誰のことか名前をこれに記すがええ」

 テーブルの上に差し出されたのは観るからに胡散臭い一枚の紙だ。なにが胡散臭いのかと言うと、紙そのものが茶色がかって変色してしまっていると言うところがひとつ。加えて名前を書けと指された枠のすぐ近くに書いてある文言が「何があってもやり直しは効かない。一度のみ有効」となっていると言うところがふたつ。

 これらは詐欺にこれからあうぞと宣言されている、そんな気分にさせられる。

「……これに、ですか?」

「これ以外に何がある」

 疑心のままに問いかけた少女に、店主は当然という顔で言葉を返した。

「……わかり、ました」

 苦々しい表情のまま、少女は結局のところ言われるが通り差し出された神に二人の名を書き記していく。

 すると記された名前はひとりでに浮き上がり、空中をふわりふわりと浮遊し始めた。

 驚きに少女が目を丸くしているなか、当たり前のように店主は名前たちを手の内へと収める。

 それらを店主は煮えたぎる鍋の中へと放り込むと、。少女がわからない言語を唱えた。

 鍋の中身がぐつぐつと煮える音と店主の唱える何かしらのみが部屋を満たす。少女はただ息を潜めて様子を窺っていた。

 脳裏には共と思っていた彼女のこれまでの言葉や表情が浮かび、最後には昼休みに聞いた言葉が蘇る。同調するもう一人の声も一緒に蘇り少女はもういてもたってもいられず、鍋から顔を背けた。

 ──どうしてあの子のことが、あんなに好きだったの。

 優しくしてくれたから。

 ──どうして私と仲良くしてくれなくなったの。

 本当は嫌と思われていたから。

 ──どうして、私は。

 もう忘れてしまえばいい、そう考え直すと心が少しだけ軽くなった。どんなに考えても当人が不在である以上答えなんて出やしない。

 あの瞬間の下劣な言葉と笑い声が耳に残って離れてくれそうにないが、それもいつかは薄れて消えていくだろう。

「これで、終わりじゃ」

気がつけば店主は何かしらを唱えることをやめていて、少女の目の前に表情ひとつ変えずに存在していた。

「あの子たちはこれで……」

「呪いを受けた。その後にどうなるのかは当人たち次第じゃな」

 あっけらかんと言ってのけてから、店主はさらに言葉を続ける。

「では、この縁もここまでじゃ」

 店主の声は妙にはっきりと少女の中に響いた。

「え、でも私……」

「金はとらん」

 少女が問おうとしたことを先回りして店主は返す。

「そうじゃな……強く生きよ、折れずにな」

 その言葉を最後に少女の意識はぷつりと途絶えた。

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