四 我よ、それは在るべき姿か

 人間というものはひとりでは生きられない。

 どんなにか一人で生きることを、一人でいることを望み続けたところで叶いはしないのだ。

 結局のところ人間は人間とかかわりを持たなければ、生きるということそのものが大前提となる。

 それなのに、人間は争いいがみ憎しみあうことをやめられない。

 だからこそ〝呪い屋〟なおという仕事が成立する。

 人間は一人では生きられないが、比べてしまうこともやめることが出来ない。比べてしまう以上は、自身が生き残るためにどんな汚い手を使うことになろうとも目的達成をあきらめない。

「……にんげんとは面倒な生き物じゃのお」

 店主はあきれた表情を浮かべてからつぶやくと、大きな息を吐いた。

 必死に要望を口にしていた少女からしてみると、店主がどうしてこんなことを言うのか分からない。あまりのわからなさは腹立たしさすら感じさせるほどだ。

「そんな言い方、しなくてもいいと思います」

「気を悪くしたのならすまんの。じゃがこちらからすると、小さなことを気にして大変なことじゃなとおもってしまうものでな」

 店主の言葉は少女をさらに苛立たせる。

 重ねられた言葉は偽りがない。ないからこそ

どうしようもなく腹立たしい。

 言ってしまえば、自身の悩みは小さくただ面倒なものだと切って捨てられたようなものだ。腹のひとつも立って当然というものだった。

 だが同時に、少なくともこの店主の精神的な面については、どうやら人間とは違うものらしい。そう察してしまって少女はぞっとする。

 ソファを囲む謎の呪具のようなものたちがこちらを一斉に見て狙われている、そんな錯覚に襲われて少女は慌てて一度まぶたを閉ざした。

「呪うこと自体は構わん。ただし、そのことで公開をしてもこちらはもう何も出来んぞ?」

 手を出すのは一度飲み、そんな宣告を少女はまぶたを閉じたまま聞く。最後の確認を告げる声も、言葉そのものもずしりと重く響いた。

 本当にいいのか、このまま進んでしまっていいのか。

 その問いかけは少女を大きく揺らす。

「……どう、思いますか?」

「どうも何もないのう」

 助けを求めて伸ばした手は、残酷とすら思えるほどの勢いで落とされた。

 考えてみると当然ではある。そもそもの思考や在り方が根っこから異なっているのだ。わからないと、案に言っている店主がその回答を口にしてくれるのではという希望はあまりにも楽観的が過ぎる。

「これは自分で決めることじゃろう?」

 追い打ちもまた、容赦なく残酷だった。

「とは言うても、せっかくここまで来たんじゃ。どうするにしてもやりたいことに協力はしてやろう」

 店主はにんまりと笑って見せる。

 その姿以外にはもはや可愛げや子供っぽさを感じるものは一切なくなってしまった。実際その通りなのだから、偽りひとつないことではある。

「その友達と友達のこと、もう一度しかと考えてみるがええ」

 ぱち、一度だけ瞬きをすると少女の周りの景色が一変した。そこは呪い屋ではなく彼女の部屋だった。


 一度は夢だったろうか、そう思ったのだが少女の手の中にあったものがそれを否定する。

 手のひらにのせても小さく感じるそれは、何かの骨のように見えた。

 しょうじょは驚き、反射的に手にあったほねらしきものを放り投げる。

『投げるとは失礼な娘じゃな』

 しょうじょの部屋に声が響いた。聞き間違えるはずがない、呪い屋の店主のものだ。

「ど、どこに……!」

『今、放り投げた骨じゃよ』

 店主の言葉を受けて、少女は今しがた自身の放り投げたものを凝視する。

 耳を澄ませてみると確かに店主の声は、そちらから聞こえているらしい。

 おっかなびっくりといった様子で少女は、件の骨を拾い上げ「これ……ですか?」と確認の声を発した。

『そう、それじゃよ』

 再び今度は手元から聞こえてきた声に、少女はまた拾ったばかりの骨を取り落としてしまいそうになる。

 何とかそれを回避して、処女は店主が目の前にいるわけでもないのに姿勢を正して呼吸を整えた。

「すぐに呪ってくれるんじゃないんですか?」

 それとももうすべては終わった後なのだろうか――とも考えたが、すぐにそれはないだろうと浮かんだ考えを打ち消す。

 もしもすべてが終わっているのならば、この店主が接触をはかってくるとは考えにくかった。

『言うたじゃろ。もう一度しかと考えてみるがええ、とな』

 確かに言われたが、まさかそのあとすぐに放り出されるとは想像できるはずもない。

 沈黙の後、骨から再び声が響く。

『どうするか決めたら話しかけてくるがええ。相談や話を聞くこともしてやらんではないが、あまり頻繁に呼ぶではないぞ?』

 そう言われても、と少女は思案してみるが何をどう考えるのが良いものか、皆目見当もつかない。

 呪うことそのもの、というと根本からの問題だ。

 果たして自分は冷静に判断が出来ていたのだろうか、というところからの問題ともいえる。

 時計を見てみると、短針は八の数字を指していた。

「いいかげんに起きなさい! 遅刻するわよ⁉」

 階下から女性の鋭い声が届いて、少女はびくりと肩を震わせる。

「起きてる!」

 主張する声を張り上げながら、今度は端末の方へ眼をやるとどうやら午前八時らしかった。

 そして女性――少女の母親の声から察するにはあまりあるが、今日は平日で少女は学校へ行かなければならない状況なのは明らかだ。

 場合によっては仮病なりで休んでしまうことも出来たが、それも先の大声の反応を返した後では厳しい。

 少女は身支度を整えるといつもの朝を通り抜け、学校へ向かうべく家を出た。

 裕津というものは、良くないものを引き寄せがちだ。

 今の少女も例に漏れることなく、その状況をいかんなく発揮させようとしていた。

「あ、おはよー!」

 届いた声に少女ははじかれようにして、くるりと振り返る。

 そこには件の友達――と、その友達の姿があった。

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