第37話:マジック・オブ・ラブ07


 重要なのは行為そのものであって結果ではない。行為が実を結ぶかどうかは自分の力でどうなるものではなく生きているうちにわかるとも限らない。だが正しいと信ずることを行いなさい。結果がどう出るにせよ何もしなければ何の結果もないのだ。


「とは言うにせよ……」


『萌えー!』


『アレが本当に両替機!?』


『ていうか墨州さんもスミスさんも有り得ないレベルなんですけど!』


 午前中の終業式が終わると、二十四日は午後を迎えた。今日は聖誕祭の前日。クリスマスイブだ。もちろんソレ有るを認識しない青少年は存在しないだろう。実際にテストでアベレージ七十点をとった生徒はほぼ完全に生徒主催のクリスマスパーティーに参加している。場所は元々我がクラスを使う予定だったが、参加者が思ったより多いことと、それから司会進行役がマイクを使うという特殊性を鑑みて体育館になった。もちろん主催はウチのクラスなんだけど、参加人数はその二倍強にまで膨れあがっている。


『チッ』


『ケッ』


『羨ましくなんてないんだから』


 とは体育館で部活をしている青春少年少女。テーブルが並べられ、オードブルとケーキとスパークリングジュースでクリスマスを楽しんでいるすぐ横で、防球ネットを挟んで成績失格者が部活に励んでいる。


「ただまぁソレはソレとして」


「では皆様ジュースは行き渡ったでしょうか? 乾杯はやはりこの掛け声で! メリークリスマス!」


『メリークリスマス!』


 カシャンとグラスのかち合う音がする。参加費三千円でも七十人以上集まれば二十万以上のお金は発生する。およそ学生の範囲内で豪勢に過ごすことは出来るのだった。


「マイダーリン。メリークリスマス」


「両替機。メリクリ」


「うん。メリークリスマス」


 で、そんなクリパの中で僕らはちょっと注目を集めていた。赤い布地にモコモコの端布。いわゆるサンタクロースのコスチュームだ。まぁ僕はコスプレに慣れているし、マリンもノリノリだった。唯一懸念材料だった真理も何故か承諾している。で、三人でミニスカサンタになって会場を盛り上げている。


「両替機。写真撮ってもようござるか?」


 王子サマーもこっちにスマホを向けている。というか承諾無しに撮影しようという輩まで出る始末。一応永世中立的に拒否はしたんだけど。


「はい。では両替機のサンタコスを撮りたい方はこっちに並んで~」


 司会進行も僕の女装サンタには破壊力を認めたのか。整理を促している。


「本当に両替機? ガチで?」


 クラスメイトもこっちの女装ぶりには目を見張るようで。


「まぁ薄く化粧はしているけどね」


 ロッカールームで鏡見ながらやってのけた。かなりギョッとされたけども。そこそこパーティーが盛り上がってくると、空気が高まるのも必然だった。体育館のステージでは軽音楽の演奏や素人漫才などが繰り広げられている。これも学生らしい催し物だろう。


「両替機は何か無いのか?」


 まぁサンタコスが出し物って捉えても良いんだけど。


「ギター貸して貰えれば一芸くらいは出来るよ」


「弾ける?」


「素人芸程度なら」


 肩をすくめる。ギターとアンプは存在する。ならやってできないことはないだろう。意外と良心的にギターは貸して貰えた。エレキだ。


『ふおー! 可愛い!』


『罪!』


『何弾くの?』


 そんなヤジが飛ぶ。


「ではちょっとアレなんだけどカノンロックでも」


 ヨハン・パッヘルベルの『パッヘルベルのカノン』をギター音楽としてアレンジした曲だ。


「じゃあいくぜぃ!」


 ギュイーンとギターがなる。本当に素人ながら弾いてみせる。アンプから流れる音楽は拡大した音であるが故に誤魔化しを許さない。高音は揺れない。低音は沈みすぎない。そのギリギリを弾き渡る。


『ふおー!』


『やるぅ!』


『生足! 生足!』


 たしかに男のわりに足は細いんだけど。


「じゃあ拙はピアノ演奏!」


 そこに飛び込みでマリンがステージに鎮座しているピアノに手をかけた。クラシックのカノンがギターのカノンロックと並列する。それは相乗効果を表わして場を盛り上げる。


 静謐なカノンとギターのカノンロックが数分ほど演奏され、終わると喝采が待っていた。


『ブラボー!』


『エクセレント!』


『コングラッチレーション!』


「ども。ども」


 で、ステージから降りる。次の出し物はクラスメイトによる手品だった。


「やりおるな両替機」


 あー。手慰み程度だけど。


「可愛い! 萌え!」


 そりゃ恐悦至極。


「その衣装どうしたの?」


 真理が作ってくれました。ていうかサンタコス作るために冬コミの衣装製作のスケジュール前倒しになったのか。


「惚れてまうやろ!」


 マリンに消されるよ?


 そんな感じで何時もは独走しすぎて王子サマーくらいとしか会話しないのに、クリスマスの熱気に浮かされたのか……クラスメイトらとも少し話してしまった。


「むー」


 何故か真理が不満げだ。


「どしたの? 糖分不足?」


「ケーキは食べた」


 ショートケーキは僕も食べたけど、チョコレートケーキを食べていない。


「じゃあ獲りに行くわよ」


「そんな物騒な語呂使わんでも」


「さっきのカノンロック上手かったね」


「真理もそう思うの? 聞いたことあるでしょ?」


「あー……つまり前よりもっとってこと」


「ていうか真理も知ってるだろうけどアレしか弾けないから」


「あー……そうだね」


 どこか釈然としないモノの言い様だった。真理なら普通に知ってるはずだけど。ちょっと彼女に違和感。何か今日の真理はマリンっぽい。まぁほぼ僕が見分けつかないくらい同一なので、どちらにもどちらの影も重なるんだけどさ。実際に金髪か茶髪かってくらいしか二人を見分ける術は無いわけで。それほど真理とマリンの容姿は文字通りの平等だ。


 食って飲んで雑談して。それからプレゼント交換が始まった。とは言っても全員が千円以内の品物を買って番号札を付与される。くじ引きで選出した番号のプレゼントを受け取れるというサプライズ企画の様なモノ。僕は手製のクッキーを。真理は市販のチョコプレッツェルだった。


「やっほい両替機。チョコプレッツェル当たったよ」


「おめでとうござんす」


 ちょっとアレなテンションなんだけど、クリスマスで真理も浮かれているのか。いつもの真理なら僕にそんな報告もしないだろう。こっちがセクハラしたらゴルフクラブで殴る程度はするだろうけども。

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