第31話:マジック・オブ・ラブ01
「真理可愛い」
「名前で呼ぶのね」
とかく色々あった過去は過去で。
「ヤッホー! マイダーリン両牙くん。拙はあなたのもとに帰って……きた…………よ?」
「ああ。お帰りマリン」
僕はじわじわ冬休みの近付く期末考査から解放された一時を、登校しつつ噛みしめていた。で、実際にバイトか何か。およそ用事があったのだろうマリンが僕を見つめて唖然とする。正確には僕に引っ付いているモノに。
「むう。帰ってこなければ良かったのに」
ザワザワと衆人環視がざわめく。およそ僕という存在が恋に生きる麒麟児であるのは把握されているけれど、それにしても皮肉が強すぎる。
墨州真理が僕の腕に抱きついてラブラブバカップルモードで登校を同じくしていた。
「えと……墨州さん? 両牙くんのことは何とも思っていなかったんじゃ……」
「何とも思ってないわよ」
「何してんの?」
「両替機の腕におっぱいを当てている」
「理由を聞いても?」
「一生傍に居るって誓った」
「……マイダーリン?」
「まぁ誓いは誓いだから」
「付き合ってるので?」
「うん」
「違うわよ」
僕が肯定し、真理が否定する。
「え? 違うの?」
「一緒に居るだけ。他の理由は無い」
ここまでデレておいて、その一線は引くのね。
「墨州氏御乱心でござるな」
「王子サマー。あなたも両牙くんと墨州さんのこと……」
「いや把握はしてござらん。というかそもそも管轄するほどヒマではござらん。それになんにせよ時間の問題とは思っておりました」
「むー」
「マリンも抱きつきたいの?」
「えと。すっごく」
「まぁ構わないんだけど」
「じゃあ失礼!」
ギュッと空いている方の腕にマリンが腕を絡めてくる。真理より大きな果実が押し付けられて僕の肘が幸せ。ついでに両腕に真理とマリンを抱えて咆吼している二股野郎が此処に。どう考えても思春期には良い影響を与えない。じゃあどうしろと言われても対案もないんだけど。
「クォラァ! 両替機!」
とある裁判ゲームの指差し方で、とある男子生徒がこっちを睨み付ける。というか僕の仇名呼んでるし。
「墨州さんとスミスさんを両手に花とは良い度胸だ!」
「全くよ。反省して」
いやそこで真理に反省を促されるとこっちの立つ瀬がないのよね。
「何だその超絶フル装備は! コナミコマンドか!」
うん。まぁ。言いたいことは分かるんだけど。
仮に僕なら刺している。
「まさかそもそも墨州さんとスミスさんが同じ顔してるから両方好きとは言うまいな!」
いえ。まさにその通りで。
僕にとって過去記憶とはつまり真理とマリンのことで。で、誓い合って、一緒に居た……あの過去がまさか全く別人と乖離したというロマンスの神様もビックリな状況でして。
「まぁだからどっちも好きなんだけど」
「よし。制裁してのける!」
チェストーッと竹刀を蜻蛉の構えで打ち込んでくる。その示現流の鮮やかさは論じないとして。
「てい」
まるでハエでも追い払うようにヒラリとマリンが竹刀に手を振ると、肝心の竹刀が根元からたたき折れた。いや確かに竹を束ねて作られているんだから剣や刀とは堅牢性が違えども、それでもはたき落とすような仕草で竹刀が折れる?
「何したの?」
「魔法」
便利な言葉だけど此処はファンタジーの介入を許さない現実世界で。
パチンとマリンのフィンガースナップが鳴る。ほぼ同時に男子生徒のズボンがずり落ちた。赤を基調としたタータン柄のトランクスが素敵な一品。
「な!」
「ルン」
穏やかならざるマリンの弾む声に、こっちとしても違和感を憶える。
今……何をした?
「で。えと。マイダーリン?」
「はいはい」
「拙と恋人になって?」
「いいけど。刺されても知らないよ?」
「大丈夫。経済的に有り得ないから」
それもそれでどうかと。
彼女がギュッと僕の腕に抱きつく。
うーん。理性が破綻寸前。
キュイッと真理が僕の頬を抓った。
「両替機。眼がエロい」
しょうがないでしょ。男なんて性欲まみれなんだから。
「マイダーリンにならエッチな視線も嬉しいよ?」
「とのことで」
「気に入らない」
「あら。墨州さんはマイダーリンに惚れていないのでしょう?」
「ソレとコレとは話が別」
「前から思っていましたけど、墨州さんって両牙くんに愛して貰っていることを自分のアドバンテージだと思ってない? 両牙くんの思慕に甘えてるよね?」
「だったら何?」
「そういうの面白くない。マイダーリンだって好きだって言うのにはカロリー使ってるし」
「実際に両替機は私が好きだし」
「ほらマイダーリン? こやつはこんな女子ですよ?」
「白だ黒だと喧嘩はおよし。白という字も墨で書く」
「むー」
金色の髪がサラサラ揺れる。僕が真理に惚れ込んでいることにこれ以上無いくらい不満らしい。でも僕にとっての恋ってやっぱり真理とマリンに依存するモノで。
「でも拙の方がおっぱい大きいじゃん」
「うん。まぁ。それはね」
「両牙……益ぅ……!」
ベルトの外れたズボンを引っ張り、絡んできた男子生徒が怨嗟を上げる。
「貴公は不誠実だ!」
知ってる。
「どっちもとヤる気か!」
「まぁそら叶うならヤりたいけどさ」
「そんなことが許されると本気で思っているのか! 3Pは薄い本にしか存在しない!」
「ここで一句」
「ぬしと私は玉子の仲よ。わたしゃ白身できみを抱く」
「墨州さん!? 本気でそんな男を!?」
「やりたいんなら是非もないんだけどね」
「あ。ズルい。拙だって両牙くんとしたい!」
「スミスさん!?」
で、学内ではそのことで話題持ちきりになった。たしかに真理とマリンは美貌が同値で、ついでにその造りは神の与えたもうたギフトだ。
「……………………」
で、登校終わりの昇降口。ベタベタ張られた付箋に、マリンの眼が遠くなる。
靴箱と認識しなければ、あるいは掲示板のような装丁だ。
「モテるねマリン」
「両牙くん以外にモテてもしょうがないんだけど」
「大好き!」
ギュッと彼女を抱きしめる。柔らかな身体は華奢さもあって抱き心地抜群だ。
「えと。エッチな気分になる?」
「いや。さすがに校内でヤるとアレだから」
「拙は良いのに」
僕が良くないわけで。あと真理が。
「で、これらはゴミ箱へ」
『くぅ!』
『なんで両替機ばかり!』
『繊細な男心を分かっていない!』
とはラインのIDを付箋に記した十把一絡げの男子の怨嗟。
「両替機は罪作りにござるな」
「真理もマリンも大好きだからね」
「でもホラ。墨州さんとは付き合っていないわけだし。拙は恋人だよ」
それでも済むなら議論も要らないんだけどね。
ニコーとマリンが笑う。ちなみに教室ではマリンが僕を独占だ。真理は別クラスなので。
僕の席は最前列中央。即ち生徒として最悪の教壇前。その隣にリクエストでマリンが居座り、逆の席に王子サマーが存在する。
「えーと。王子サマー。僕はどうすれば」
「とっとと刺されてドブ川で発見されてください」
「真理から? マリンから? 別の誰かから?」
「誰も構わんでござるな。ぶっちゃけ真理は刺しそうでござろうが」
怖いなー。
「でも究極的に墨州氏は両替機の不利になることはしないでござるよ」
あら。信頼してるんだね?
「理解してござる」
「えと。拙は刺さないよ?」
本当に?
「墨州さんから寝取ってみせる」
それもどうよ?
こっちの理性と倫理の機構に関して思案していると、ボソリとマリンが零した。
「墨州さんは刺すかもしれないけど」
「やめて。僕はマリンを憎みたくない」
「えと。じゃあ拙を見てよ」
「見てる」
「光学的にじゃなく……」
「少なくとも結婚したいって思ったのは本当だよ?」
「えへー」
そこで幸せいっぱいの笑顔になられるとこっちとしても引くに引けなくて。
「マイダーリン両牙くん?」
「はいはい」
「大好き!」
チュッとマリンが僕に唇を重ねた。
教室がどよめく。およそ健全な学生がやることではない。そうとわかっても愛しいマリンが愛しいのはキスしなくても自明の理で。
『殺るぜ俺は』
『俺もだ。月の無い夜を待っていられねぇ』
『カモッラって百万から人を殺してくれるって……』
衆人環視の憎しみにも似たジェラシックは事ほど然様に呪いと化していった。
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