第30話:Hello, Again~昔からある場所~10


「それに両替機には婚約者が居る!」


「マリンね」


 それも必然。


「じゃあ私なんて結局要らないじゃない! こんな不幸のモトなんて切り捨てればいいじゃない! 私が思っている以上に両替機にとって私は害悪なんだから!」


「でもさ。マリンを好きだって気持ちは墨州をも好きだって気持ちだから」


「そんなの切り捨ててしまえばいい!」


「無理だよ。一人ぼっちの僕を一人にしないでくれたのは誰あろう墨州だし」


「そんな義理人情に両替機は恋をするの!?」


「しない方がおかしいんだけど」


「両替機の全てを奪った私をそんな義理だけで肯定するの!?」


「だって、それでも僕は墨州と結婚したい」


「見境無いのね……」


「そうかもね」


 実際に、そうであることを否定は出来ない。それほど僕は墨州にイカれている。


「スミスさんと婚約したんでしょう!?」


「うん。まぁ」


「だったら!」


「それでも……」


 それでも。


「墨州を好きだって感情は否定するに能わない」


「両替機は私なんて好きじゃない!」


「それを決めるのは僕なんだけど」


「だって私にそんな資格は無い!」


「それもどうかとは思うよ?」


「そんな優しい言葉で私を追い詰めるのは……やめてよ……」


「そんなつもりもないけど」


「なんなら恋人でも作れば諦めてくれる?」


「それはそれでイヤだ」


 僕の本心として其処は否定できない。


「でも。じゃあ。私はどうすればいいのよ……」


「僕を受け入れれば良い。ソレ以上を期待してない」


「だから無理だって……ッ!」


「なんで?」


 そもそもこっちはそんな疑念を思考していない。


「私は両替機の全てを奪ったの」


「でもそのことを僕は憶えてない」


「それでも恨まない理由にはならないでしょ」


「なるけどなぁ」


 実際にそんなことを思惑に入れたりなど……僕はしない。


「私があの時お父さんに無理を強いなければあんな事故は起こらなかったの! 徹夜で頑張っていたお父さんが事故を起こすことはなかった! そのせいで両替機の家族を事故に巻き込むことはなかった!」


「でもそれを墨州は今でも後悔してる」


「そうよ! 誰が見ても最悪でしょ!」


「だったら僕が許してあげる。そんなことを気にしなくていいって言ってあげる」


「無理よ!」


「僕がそう言っているのに?」


「だって……両替機は私を恨んでいい状況だから……ッ!」


「だから僕は墨州を罪悪感で捕えたくないんだよ」


「嘘よ!」


「本当かどうかは議論しないけど……でも墨州が辛いなら僕も辛い」


「そんな……そんなことって……ッ!」


「だからきっと僕は墨州が好きなんだと思う」


 何を思っても。何を言われても。墨州にゾッコンなのはきっと変わらない。


 だから僕は最後まで墨州を愛すると思う。マリンを想っていても。一人ぼっちにしてくれなかったのは確かに墨州だから。


「無理! 無茶! 無謀!」


 でも墨州の方はそう思っていないようで。


「然程自分を責める必要も無いように思えるんだけど」


「無理よ……。絶対に無茶! 私と両替機じゃ無謀なの! 恋人になんかなれっこないの! それくらいわかるでしょ!?」


「ちなみに何を根拠に?」


「私は両替機に一生消えない負い目を持って! 両替機は私に『そんなことを気にしなくていい』って優しさじゃない社交辞令を言って! そんな破滅的な二人がどうやって幸せを掴むのよ!? まだしもスミスさんと恋する方が精神的に負担が少ないじゃない!」


 多分そのことを誰より彼女は自分に課していたのだろうけど。


 その程度のことを僕が把握していないとでも思っているのか。


「それでも……」


「イヤ! 聞きたくない!」


 今日何度目かの「それでも」は彼女に僕の本心を悟らせる。とは申しても既に何度も言っていることだし今更誤謬もないんだけど。


「それでも君を愛している」


「聞きたくないって……言ったじゃない……」


「うん。でも言わずにはいられないから」


 性欲にも似たその衝動は累積すればするだけ僕の中で熱気を上昇させる。発散させる意味で言葉にしないと僕はやってられない。この衝動を言葉にしないわけにはいかないのだ。おこりに罹るような気分でもある。


「本当にダメ? こっちに脈無し? 僕は不可能事を言い立ててる?」


「知ってる……クセに……ッ!」


「自信は常に無いよ。義理で僕を一人にしなかったって云われても納得できるだけの状況を墨州は既に創ってる」


「うぅ……うぅぅぅ……ッ!」


 いつの間にか詰まった距離で、彼女は僕の胸板をポカポカと地団駄のように叩いた。この上なく子どもっぽい仕草であるのに、僕にとっては今更彼女の我慢を察するに不足無く。どうあっても彼女が僕を想ってくれるのが……やっぱり嬉しくて。


 苦笑が漏れた。


「素直じゃないなぁ」


「――――――――ッ!」


 今度はドライバーが飛んできた。ナイスショット。

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