第25話:Hello, Again~昔からある場所~05
「両替機」
凜と鈴振る声が聞こえた。ひどく観念的な意識の混濁と、そこから清むように浮かび上がるシルエット。茶髪をショートにしている女の子。フワリとキンモクセイの香りが僕を纏って幸福の断片を想起させる。
「墨州……?」
彼女が……其処に居た。ただしあの頃より年齢的に加齢しており、おっぱいも大きい。
「夢……」
中学二年生の頃。あらゆることを忘れて、それから今日までやってきた。
「何の夢かしら?」
「墨州に……優しくして貰った夢」
「じゃあ幻想ね」
またそういう。
「で、眠っている僕を起こしに来てくれたの?」
「脳を酷使したでしょ? 反動が来てるんじゃないかって」
「あまり実感はないんだけど」
「私が告白されても介入してこなかったから寝てるんだろうって」
「告白されたの!?」
「断ったけどね」
「墨州きゅんは可愛いんだからそこら辺意識しないと」
「してるわよ。少なくとも両替機が可愛いと思える程度には」
「僕のため?」
「別に。それより帰るわよ」
両牙家と墨州家はご近所だ。
昇降口で外靴に履き替え、僕らは肩を並べて下校する。
世間はクリスマスムードでハッスルしている。ケーキやチキンの予約でコンビニも銘打っているあたり、本当に日本は節操が無い。
「エーマシッケーイワッエーモユーエシー」
「それは色々とヤバいから」
「テストも終わり、年末かぁ」
「クリパの準備も始まるわね」
「点数次第だけど」
「平均で七十点くらいなら大丈夫よ」
「ダメだったらウチでクリパしよう」
「いいけどさ」
フッと嘆息する墨州。
「それよりスミスさんは? 教室に居なかったけど」
「あー。テストも終わったしバイトでマサチューセッツ」
ヒョイとスマホのSNSの履歴を見せる。
「マサチューセッツって……」
「アレもなんだかね」
そもそも背景が怪しすぎる。
「両替機は今年はどうするの?」
「うーん。多分姉御の冬コミ手伝って終わりそう。テストの採点終わったらネーム切るって言ってたし」
「じゃあ私も衣装縫うわね」
「次は僕何着れば良いの?」
「宗教大戦マジバスターのカルナちゃんとか?」
「うーん。萌え萌えだね」
「両替機はさ。可愛いんだから彼氏とか作らないの?」
「いや。そっちのケはございませんので」
「もったいない」
「僕は誰より墨州が好き!」
「スミスよりも?」
「…………同じくらい好きです」
「ホント最低」
「傍にいてくれるって言ったよね?」
「論うほど?」
「あの約束と今の墨州が無かったら多分僕は形而上学的に死んでいた」
「別に私は何もしてないし」
「本当にそう思う?」
ニコッと笑う。本当に……墨州には感謝しているのだ。あの時ただ一人になった僕の傍にいてくれて。
徐々に陰る黄昏を背景に歩きつつ、赤い墨州の頬を撫でる。
「別に両替機に責任を果たしているだけよ。そうじゃなきゃやってられない」
「それでも僕は嬉しかった」
「アンタにはもうスミスさんがいるでしょ」
「でもマリンに愛を語るって墨州に愛を語るも同然だよ?」
「同じ顔だから?」
「少なくとも墨州が美少女じゃなければこの状況は成立していない」
結局其処に収束するのだ。
帰路を歩いて我が家に着く。家に帰ると珍しく先に姉御が居た。なんでも解答用紙を持ち帰って家で採点をするらしい。それもこれも墨州の料理が食べたいが故。
「男性教諭と食事でもすれば良いのに」
ワークデスクに齧り付いている姉御に、そう論評する墨州だった。言いたいことは分からんじゃないけど、言ってしまえば終わりじゃ……。
「なわけで墨州くんシクヨロ~」
「リクエストは?」
「しょうが焼き」
打てば響く鐘のようにあっさりと姉御は疑問に応じる。ちなみに食材は揃っていた。墨州が冷蔵庫を開けると既に。コレ有るを察していた姉御の勝利だろう。
「両替機も大丈夫?」
「もちろん。愛してる」
「そういうのはスミスさんへ御願い」
「照れるから?」
「バルス」
彼女が手に取った菜箸が僕の双眸へ突き刺さる。ドッタンバッタン。
「うちの前でイチャイチャしないでよ……」
そんなほんわか夢気分に見えたので?
聞きたくない気もする。
僕が再生している内に墨州は材料を並べて調理に専心奉った。きっと彼女にとって僕への制裁は呼吸と同義のモノなのだろう。だからって刺されていいかは議論の余地あれど。
とまれかくまれ。
「姉御は冬コミ……間に合うんだろうね」
「ネームはこれから……」
既に十二月なんですけど。相も変わらず無茶な綱渡り。いいけどさ。
「両牙くんの衣装は間に合う?」
「二週間も貰えれば」
心強い言葉なのかは置いておき。
「それから両替機」
墨州は料理の手を止めずに僕を名指しする。
「付き合って」
「…………へ?」
ワットディドゥユーセイ?
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