第24話:Hello, Again~昔からある場所~04


 学校側も配慮はしてくれたようだ。僕の事情を知って、その上で義務教育と学年の遅れに対する事情を鑑みて、案じるように単位を添えてくれた。


 ことさら何を語るでもない公立の中学で、学区も一緒。クラスは違ったけど一緒の学校に通えるのは我ながら興奮している。こっちが中学でもちょっとした懸念事項なのは理解していたけど、それはそれとしてやはり接触に不良が起こるのも事実。


「「「「「……………………」」」」」


「「「「「――――――――」」」」」


 思案と憂慮と懸念と不憫の四重苦が僕を迎えた。


「はっはっは。両牙氏。御懸念然程でもござる!」


 で、腫れ物みたいに扱ってくる愛すべき学友の中で、最も不貞不貞しいのが黄路夏だった。


 英語の授業が取り入れられて以降、王子サマーと呼ばれる御仁だ。


 伊達眼鏡でイケメンを台無しにしている男子生徒が僕に仲良く接してくる。


「そもそも誰よ?」


 という話にもなり。


「うむうむ。吾輩。黄路夏。貴殿の親友にござる!」


「親友……」


 にしては見舞いに来なかったよね?


「大丈夫でござる! 吾輩の友情は不変を貫く!」


「じゃあ勉強教えて。場合によっては単位がヤバい」


「カカカ! それなら成績優良児の墨州氏に教われば良いのでは?」


「そっちは確約済み」


 すでに学業復帰に伴って、遅れている勉学については叩き込まれた。とは言ってもこっちの脳機能もポンコツでは無かったので、実はあまり苦労もしていない。その意味で両親の遺産を感じる今日この頃。


「では問題ござらんな」


「そもそも僕ってどんな人間だった?」


「どんな……と言われると?」


 さすがに記憶喪失の話は通っていないらしい。当たり前か。個人情報は秘匿されるべき。


「あのー。両牙くん居ますか?」


「世界で一番愛ラブユー!」


 とっさの脊髄反射で墨州に愛を語ると、唐突に取り出されたドライバーが僕の頭部をショットした。どうやらハンマースペースの覚えがあるらしい。血をダクダクと流しつつ、僕はシニカルに微笑む。こう言うときはピカレスクを気取るのが僕の僕たる所以だ。


 そもそも自分がどんな人間かも憶えてないんだけど。


「墨州氏。やりすぎでござる」


「あー。つい」


 そんなついでライジングインパクトされてもアレなんだけど。


「それで何か御用?」


「勉強は大丈夫なの?」


「一応ね。因数分解ってパズルみたいで面白いよね」


 学術的な記憶に関して言えばあまり不満もない。


「そう。じゃあ後で復習するわよ」


「愛してるよぅ! 墨州!」


「はいはい」


 実際に彼女の傍に居て分かった事がある。墨州はモテる。それも大多数に。御本人に恋人は居ないらしいけども、こっちが戦慄を覚える程度には彼女は可愛い。


「両牙くん」


「両牙くん」


「両牙くん」


 もちろん義理と責任から僕を呼んでいると分かってはいても思春期に入っている中学生にしてみれば恋バナって燃料みたいなモノで。


「両牙さんって墨州さんが好きなの?」


「大好き!」


 バキィッとドライバーで殴られた。


「死にたいようね」


「せめて墨州の胸の中で死にたい」


「墨州さんは?」


「こんな奴を想ってもしょうがないでしょ」


 かくもツンデレを演じる墨州が異論頻出で。だから僕の愛は止まらなくて。


「墨州さん。好きです。某と付き合ってください!」


 そんなわけで僕が学業に復帰してからも墨州は色んな思春期に恋を覚えられていた。


「はーっはっは! はーっはっはっは!」


「何奴!」


 とある校舎の裏側で、恋の思惑を応酬している墨州と男子生徒。その二人に哄笑が降りかかった。正体と目的は不明にして自明。キラッと逆光がシルエットを浮かび上がらせる。


「どんなに冷たい氷でも燃える心には勝てはせぬ。嵐にも消えぬ火。人それを情熱という」


「誰だ貴様!」


「貴様らに名乗る名は無い! とう!」


 そしてシルエットは校舎の屋上から飛び降りる。


 ヒュンヒュンと回転して、


「へぶっ!」


 頭蓋から着地した。


「……………………」


「……………………」


 さすがに笑えないらしく墨州と男子生徒がドン引き。


「とかく人の愛の強情さよ。だがあえて言わせてもらおう。愛の欠如こそ今日の世界における最悪の病。君より僕の方が墨州を愛している!」


 で、頭部のふらつきはともあれ、僕はサムズアップで返礼し、その親指を自分の胸に突き付けた。愛とは全身全霊で行なうモノ。


「僕の方が墨州を愛している!」


「それを言いたいがために屋上から飛び降りたので?」


「モーションは必要かと」


「大丈夫よ。そもそもタイプじゃないし」


「僕が!?」


「違うわよ。こっちが」


 と告白した男子生徒を指差した。


「そっかぁ」


 安心安全の両牙くんですよ。


「ちょ。非道くね?」


 で、愛の告白をした男子生徒が不満を覚える。


「別にそっちの恋慕は否定しないけど……私は恋する気は無いの」


「そんなぁ」


 で、墨州に告白した少年は打ち据えられてトボトボと帰路につく。


「墨州の浮気者」


「肯定はしなかったでしょ」


「僕の居ないところで告白を受けるのが信じらんない!」


「それはアンタの事情を斟酌してもしょうがないし」


「僕はこんなにも墨州を愛しているのに……」


「大丈夫よ。私は誰にも靡かないから」


「僕にも?」


「両牙くんにも」


 コックリと頷かれるとソレはソレで不穏も覚えて。


「気にしなくて良いわ。本当に。何処にも行かない」


「それを信じろと?」


「別に両牙くんがどう思うかは関係ない」


 それも辛いなぁ。


「好きとかじゃない。結婚の約束も憶えていない。私は両牙くんに対して一切の義理を覚えていない。あえて言うのなら、それは罪悪感だけ例外だけど」


「そうなの?」


「そうなの」


 彼女は首肯した。


「そんなんじゃない。そんなんじゃないけど……両牙くんが寂しくなくなるまで傍に居てあげるから」


「ずっと傍にいてくれる?」


「その内飽きるわよ。以前にも言ったけど」


「じゃあ飽きなかったら結婚してくれる?」


「飽きなかったらね。これも言ったわね」


「えへへ。じゃあずーっと一緒に居ようね」


「まず単位を修得できるの? 問題はそこからよ?」


「大丈夫じゃない? わかんないけど」


「仮にハルマゲドンで世界が滅亡しても、私はアンタの傍に居るけど」


「愛しているって事?」


「死んでも死にきれないって事。贖罪の機会が無ければ私の生きている意味まで消失するでしょう? 両牙くんの尻を拭うのも私の義務だから」


「そんなんで僕の婚約指輪は受け取って貰えるの?」


「そもそも肯定はしないから」


「そうなの!?」


「だからなんでそこで驚くのよ……」


 だって僕にとって墨州って特別だし。


「別に否定はしないけど。だからってアンタに想われてもしょうがないし」


「うーん。南無八幡大菩薩」


「両牙くんがとても大切だと想える人に出逢うまでは私が傍に居る。その事だけは憂いなく本当だって知っていればいい」


「じゃあ結婚してくれる?」


「ナイン」


「なんでよぅ」


「私は傍に居るだけ。別に両牙くんは好きにならない」


 それがまぁツンデレに準拠する言動なら良かったんだけど。


「おっぱい揉んで良い?」


「内申点を滅茶苦茶にしたいならどうぞ」


 だからきっと僕は最後まで彼女に愛を語るのだろう。そうであることを唯一覚っているが故に。本当に鮮烈に思い出せるただ一つのことが彼女との誓約なのだ。


「磯のあわびを九つ集めほんに苦界の片思い」


「そういうのいいから」


「えー」


 でもさ。やっぱり恋って歌で謳いたいじゃん?

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