第23話:Hello, Again~昔からある場所~03


「これが僕の親」


 認識に阻害は発生しても、形而下学的に常理が我が身を奪えばやっぱり病院側としても入院は勧められないわけで。とかくベッドの数と患者の数には限界が存在する。もちろん記憶が戻るまで通院は続けるんだけど、何時までも入院というわけにはいかなかった。結果、僕は退院し憶えてもいない我が家に帰る。


 途中で寺に寄った。なんでもウチは浄土宗らしく、両親は寺で供養されているとのこと。


 両牙家と彫られた墓石を前に、冬の風を浴びつつ僕は久方ぶりの両親と面会していた。


「思い出せる?」


「いや全く」


 退院祝いでついてきた墨州の疑問に否定で返す。


「父さんも母さんも気付いたら居なくなっていたんだもんなぁ」


 送別すらも出来なかった。何も知らずに骨だけ残してこの世から消えた。


「哀しい? 悲しい? 悲哀しい?」


「よくわかんないや」


 頬を掻いて誤魔化し笑い。


「多分愛されていたんだろう。優しくされたんだろう。叱ってくれて、導いてくれて、抱きしめてくれたんだろうけど。…………でも僕はその一切を憶えていない」


 薄情な息子だよね。本当に。


「そんなことで無かった事になると思ってるの?」


「此処に居ないんだからしょうがないよ。在る意味で世界五分前仮説だって記憶による過去の証明を否定しているんだし、この世に今両親が居ないことを過去に求めてもね」


「両牙くんを無条件で愛してくれる希人を失ったのよ」


「そう」


 だからきっと悲しいと思うのが普通なんだろうけど、その根拠を一切合切僕は持ち合わせていない。別に強がりとかそういう次元の話ですら無く、ニュースで報じられている遺族には悲しみに暮れるだろう死亡した意識したことのない他人……というのが一番近い。本当に我が事ながら何の感情も浮かばない。


 しんみりと建つ墓を前にして、ほとんど証明書を見せられているかのような。


「ここに両親が眠っていますよ」


 と事務的に教えられて、だから何って感じ。


 それより墨州が「両牙くん」って呼んでくれる方が嬉しい。


「そんなんじゃ御両親が浮かばれないわよ」


「別に居なくなってせいせいするとも思ってはいないんだけど……」


 プラスでもマイナスでもなくゼロという観念。


「責任はどう帰結するのよ?」


「墨州が気にすることでも無いかな。失われた過去に想いを馳せるより、明るい未来に想いを伸ばしたい。だからさ……墨州」


「却下」


「まだ肝心なことは何も言ってない」


「アンタのソレは恋じゃなくて執着っていうのよ」


「僕の僕たる唯一の残滓なんだけど」


 苦笑を浮かべ、墨州を見る。彼女は悲痛に表情を歪めて、茶髪の髪を寒風に靡かせていた。寒々しい風景は墓場故か。こんなところで愛を語るのも無粋ではある。


「じゃあなんで付き合ったの? 僕の墓参りに」


「いつでも刺されていいように」


 どうやら僕に対してこの上なく倒錯した感情を覚えているらしい……墨州は。


「気にしなくて良いのに」


「一人で家に住んで、一人で食事して、一人で学校に通えば、鬱屈にもなるわ」


「墨州が一緒にいてくれるでしょ」


「両牙くんが本当に私を求めるなら」


「求めるよ。あんな鮮烈な出会いを……無かったことにはしたくない」


「せめてその約束まで忘れていたら話もややこしくならないんだけど」


 そうだね。


 墨州との結婚の約束さえ忘れていれば、あるいは僕はもっと素直に墨州を恨むことが出来たのかもしれない。でもそんなことは結果論でさ。少なくとも自分が何なのかさえ忘れた僕が学術的記憶以外でただ一つ憶えているエピソードがソレなら夢は見るわけで。


 きっとそんな執着が、墨州には不快なのだろう。


 これ以上議論しても不毛だし、僕は我が家へと帰る。道は憶えていないけど、墨州が教えてくれた。


「で、ここと」


 閑静な住宅街。其処に建てられた一軒家は思ったより広い。学術的な常識に則った二階建ての家は平凡ながら立派な威風を持っている。資産価値を考えてもそれなりはあるんだろうけど。事情は聞いているので生臭いんだけど、一応生命保険で家のローンは完済されている。こうなると維持費は固定資産税になる。それすら払えるか怪しいんだけど。


「はー。独身貴族」


「バカな事言ってないで入るわよ」


 で、墨州は当然のように我が家の鍵を握って上がっていった。


「え?」


「何か?」


 さも平然と困惑する僕へ振り返る。その見返り美人ぶりが堂に入っている。


 超可愛い。


「いや、慣れてるなって」


「ああ。両牙くんが意識不明の間は私がこの家維持していたし」


「掃除とか?」


「そうね。主には掃除よね」


「ありがと」


「だからそもそも……」


「墨州が不条理を断じなければって奴? 聞き飽きた」


「両牙くんの思い出も聞き飽きたけど」


「じゃあありがと。後は勝手にやるよ」


「料理は出来るの?」


「全く。そもそも家事の類は教えて貰っていない」


 忘れている可能性もあるんだけど、多分根本的に無精な人間なのだろう。


「電能キッチンは使える? レンジに入れちゃいけない皿の種類は? 洗濯機のモードは把握してる? ちゃんと洗濯物は畳んで箪笥に入れられる?」


「能力的には可能だけど」


 手も足も存在する。在る意味健康優良児に生んでくれた両親の遺産だ。


「はぁ。じゃあ座ってて。これからは私が御飯作るから」


「愛妻御飯?」


「妻じゃないけどね。両牙くんはゲームでもしてて。出来たら呼ぶから」


 そんな感じで墨州は我が家に居座った。家事千万な彼女は両親を失った僕の心の拠り所になり、その孤独を埋めてくれた。


「で、中学二年生かー」


 そんなわけで出席日数ギリギリの単位ギリギリで僕は学業に復帰せざるを得なかった。


 こういう中二って色々言われがちだけど、記憶喪失ってかなり思春病だと思うんだ。

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