第22話:Hello, Again~昔からある場所~02


「本当に……何も覚えてないの?」


 それから少し時間が経つ。


 墨州は頻繁に病室に顔を出した。自分すら憶えていない僕にとって唯一記憶にあるのは墨州だけだった。過去を記録したただ一つの証明。


「そもそも両牙益っていう存在が思い出せない。僕ってどんな感じの人間だった?」


「知りませんよ。親しくないので」


 ちなみに墨州は中学二年生らしい。僕もだいたい同じくらいだろう。


 こっちの心情を顧みて、ショックを受けない下地を作ってから僕は現状を医者から説明された。なんでも交通事故に遭ったらしい。両親と僕が車の事故に巻き込まれ両親は即死……僕は意識不明の重体。親戚は全員素っ気なく、今は親の死亡保険で入院費を賄っているらしい。たしかに道理で親戚の一人も見舞いに来ないわけだ。そもそも親の顔も憶えていないんだけど、どうにも親戚とも仲が悪いらしい。


 で、その事故を起こした相手側が墨州の父親だったとのこと。なるほど確かに墨州が僕に罪悪感を覚えるわけだ。


 ただそれでも記憶喪失の僕において唯一憶えている墨州という存在は病院としても軽視できず。結果、見舞いついでに僕と交流して欲しいと病院側に対処を求められたとのこと。


「じゃあ結婚しよう!」


「いや」


 あっさりと僕の婚意は否定された。


「約束したのにぃ~」


「口頭契約でしょ。憶えてないし」


「でも墨州あの頃と変わらず可愛いし」


「そういうことだけ憶えているんだから」


「墨州は僕をどう思ってるの?」


「申し訳ないとしか」


「むー」


「唸られても」


 困ったように墨州は笑んだ。


「じゃあ好きになって貰う」


「私に?」


「僕の全てを使って墨州に愛して貰えるように努力する」


「意味ないと思うんだけど」


「そういうところも好き!」


「早速なのね」


 嘆息する墨州すらも愛らしい。


 そんなわけで僕は唯一残っている本物の感情のために動き出した。


「はー……」


 墨州が居ないときは空を見てボウッとして。


「墨州!」


 墨州が居るときは愛を語らう。


「はいはい。一過性の気持ちよ」


 そんな見舞いの度に花を持ってくる墨州の律儀さにも救われていた。


「いや僕一人ぼっちだから」


「じゃあ他に愛すべき人を見繕うのね」


「墨州が良い! 信州信濃の新蕎麦よりもわたしゃお前のそばが良い!」


「その内飽きるわよ。そもそも婚約憶えてないし」


「じゃあ飽きなかったら結婚してくれる?」


「飽きなかったらね」


「よっしゃ。契約!」


「じゃあそれまで私はつれなくするから」


「ツンデレ?」


「そういう意味ないことは憶えてるのね」


「墨州は僕が嫌いなの?」


「申し訳なさでいっぱいよ。とても愛を論じるまでには届かない」


「気にしなくて良いんだけど」


「それで『はいそうですか』って言われると腹立つでしょ?」


「うーん。あんまりかなぁ」


 実際に墨州は憶えていても親の顔を忘れている。そもそも親と何をしてどう取り扱ったかまで一切合切憶えていない。そんな状況でどう悼めと。


「私の親がそっちの親を殺したのよ?」


「多分大切なことなんだろうけど自意識にその辺りが追いつかなくて」


 後頭部を掻きつつ本音を赤裸々。


 そもそもその親を悼んじろという感想からして僕の中には無いわけで。


「本当に何とも思ってないの?」


「むしろ何を思うのが正解なの?」


「刺すとか殺すとか裁判を起こすとか」


「警察は処置してくれたんだよね?」


「だからって両牙さんの復讐心が満足するかは別案件で……」


「でもなぁ。本当に自分が何なのかさえ僕は憶えていないんだ」


 実際に暫定的な記憶喪失なのかも現時点では判別できないわけで。


「唯一憶えてるのが墨州との約束だけ。その鮮烈さは他に変えようがない。その意味で僕は墨州に惚れているし期待も抱いている」


「そう。じゃあ諦めて」


 人の話聞いてた?


「在る意味で両牙さんの記憶喪失と一緒よ。憶えていない以上、感情に訴えることが無意味という点に於いて」


「愛してるよぅ。墨州~」


「よかったわねー」


 そのつれない態度も素敵。


 中学二年生の冬の頃。僕は初恋だけを頼りに、この放り出された状況を認識して生きていくことを強いられていた。

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