第26話:Hello, Again~昔からある場所~06
なわけで、僕は墨州と付き合うことになった。もちろん買い物に。
「そりゃさ。恋愛的にじゃないってオチはまぁ分かるんだけど、こんな純情な僕を弄んで楽しいのかしらん」
墨州の都合上こっちに恋をしないと云っているし、ツンデレにしてもかなりの強度なんだけど、僕が彼女に惚れているという前提を前にすると、その対処は魔王と呼んで差し支えがない。人類というか全力少年の敵だ。
「はぁ」
嘆息。
今日の僕はちょっとトランスベスタイトだった。モコモコのジャンパーとデニムのスカート。ブーツにマフラー。ちょっとパンクかぶれから斜め三十度ほどズレた衣装。
冬も深まる今日この頃でテスト休みに出掛けるのは、在る意味で成績優良児の特権とも言える。雪は降らないけどどんよりとした厚雲が無明とは言わずともサンシャインを遮るにはそこそこで。
「やっぱ核融合って凄いんだなぁ」
雲で見えないお日様へ、真摯な言葉を投げかける。仮に雲で隠れていても昼間の明るさは夜の比じゃない。つまり地球の自転による夜と、水分で出来た曇り空では、後者の方が明るいと言うことで。光は回折するというし、実際に3DCGでは光の回折と反射を取り込むことでリアル感が増したという技術的進歩もある。単にポリゴンを組むだけでは現実は再現できないのだ。いや、今考えることかと言われると微妙なんだけど。
「お待たせ両替機」
「ああ。どうも…………マリン?」
「はぁい」
僕が三次元立体について考えていたら、待ち合わせの場所にマリンが居た。金色の髪とパッチリした双眸。静謐な御尊貌に振れば珠散る至高のアニメ声。
「あれ? アメリカに戻ったんじゃ」
「そんなこと言ってたわね」
比叡はそんなこと言わない。
「あーっと……墨州?」
「そ。やっぱわかんない?」
「墨州とマリンは共時性が非道いから」
顔も声もオーラも一緒だ。あえて違う点をあげるとすると……。
「おっぱいで見分ければいいじゃない」
身も蓋も無いことを墨州が述べる。
「で、なんで金髪?」
「両替機がスミスさんと離れて寂しいかなって」
「まぁでも墨州が居るし」
「ぶっちゃけスミスさんって土下座したらおっぱい揉ませてくれそうよね」
「やって出来んではないけど、そこまでいくとレーティング的に大丈夫?」
「ま、スミスさんが両替機以外に揉ませるとは思わないけど。じゃあ行くわよ」
スッと自然に墨州は僕の手を取った。一応サービスはしてくれるらしい。多分端から見ると女の子同士が仲良く手を繋いでいるように見えるのだろう。
墨州の服装はジャケットにデニムだけど、その御尊貌は女子として高レベル。実際に僕が惚れているし、時折男子に告白されてるので客観的にその美麗さは否定が難しい。
「嬉しい?」
「嬉しいけどマリンの影がちらつく」
「まぁ私が金髪になればスミスさんとは区別つかないわよね」
だからもって状況が厄介なわけで。
電車に乗って秋葉原へ。生地問屋でも墨州が行き慣れている店がある。そこで生地を買って僕のコスプレを製作するのが墨州の趣味だ。もちろん生地代は姉御が負担しているので、彼女の経済負担には荷負っていない。
「実際どうなの?」
「とは?」
なんか真っ赤な生地を買っているけど、そもそも何に使うのか。マジバスターのカルナちゃんって紫がイメージカラーじゃなかったかしらん?
「スミスさんを好きになって、結婚の約束をして、しかも今になって更に惚れ直して……その上で私をどう扱うのよ?」
「愛してる! 愛したい! 恋人になりたい!」
「同じ事をスミスさんにも言ってるんでしょ?」
「言うけどさ」
「日本で重婚は出来ないわよ?」
「どうしよう」
王子サマー曰く外国なら可能らしいけど。
「それにスミスさんの方がおっぱい大きいし」
「墨州だって綺麗で卓越したおっぱいしてるよ!」
「セクハラだから。あとラブハラ」
「愛を取り戻せ?」
「別に私は両替機を何とも思ってないんだけど」
「ええっ?」
「そこで困惑されると私としてもツッコミの二つはするんだけど。言ったでしょ。私は両替機を好きにならない」
「でも傍にいてくれるし」
「そう約束したから。義理みたいなモノよ」
「マリンはそれが疎ましいようだけど」
「知らないわよ。スミスさんの都合までは。別に向こうと足並み揃える必要も無いし」
「僕は墨州大好きなんだけど」
「そう」
生地をメートル単位で買って、彼女は生地問屋を出る。
「でもさ」
秋葉原を横断しつつ大通りに出る。メイド喫茶のチラシを配っている仮装メイドさんが愛らしい。
「じゃあなんでそんなに義理を通そうとするの?」
「両替機が一人だから」
あっさりとまぁ言ってくれること。
「元々あの事故は私のせいよ。両替機が両親を失って不幸になったのは私のせい」
それを僕は憶えていないんだけど。実際に両親の愛という奴を麗しい文章やアニメの表現でしか僕は知らない。その大切さと希少さは理解するけど、実感には程遠い。
「だったら嫌いになりなさいよ。恨んでくれて構わないんだけど」
「そも根本的にその原因を持ち合わせていない」
「私のせいでね」
「じゃあ責任取ってくれる?」
「何をさせようっての?」
「付き合って」
「絶対イヤ」
「申し訳ないと思ってるなら身体で払うくらいしてよー」
「そんな義理で女子を抱かないでよ。もっと幸福になる女の子とニャンニャンすればいいじゃない」
だから墨州に頼んでいるんだけど。
「とにかく私はそういう方面ではアンタに応えられない」
「むー」
秋葉原駅への道を歩きつつ、恋愛メソッドについて考える僕でした。
「そもそも好きな人はいるの?」
「…………さてね。…………そこまで言う必要も無いかな」
「僕は墨州を独占したいんだけど」
「頑張れー」
ハートがこもってないよぅ。
頭痛のする思いでマイリトルラバーの楽曲を思い出す。
そんな感じで繋いだ手を握々していると、
「そこのお嬢さん二人!」
突発的かつ真摯に困った声が飛ぶ。声を耳から受け入れて、距離と座標を算出すると、僕らにかけられた声であることは覚れるんだけど……。
「バイトしない!?」
「は?」
「へ?」
スーツ姿の女性リーマンが焦りと希望の混合感情で僕らに話を持ちかける。
バイトとくる。
「ちょっとインフルでメイド接客業が滞っているの! 報酬に色付けるからメイドさんやってくんない?」
「履歴書持ってないんですけど」
「要らないから!」
「労働基準法的にどうなんですソレ?」
「合意があればオッケー! それに二人とも可愛いし!」
たしかに墨州は可愛いんですけど。
「どうする?」
「うーん。墨州のメイド服かぁ」
「意外と好意的?」
「墨州の萌えキュンオムライスは食べてみたい」
「両替機も労働側なんだけど」
「は」
仮に話を受けるならそうだね。
「こっちを助けると思って!」
パンと一拍して手を擦り合わせ、女性は頭を下げた。
「まぁ困っているなら助けるくらいはしても良いけど……本当に一時的にですよ?」
アレ?
「よし! 交渉完了! じゃあ裏口から入って! メイド服の着方は分かる?」
「まあ」
「それなりに」
コスプレ衣装の取り扱いは慣れたモノで。
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