第20話:うるわしきひと09
「ちらりちらりと降る雪さえも積もり積もりて深くなる……っていうでしょ?」
その意味で僕は理想的と言えないんだけど。
「これほど惚れたる素振りをするにあんな悟りの悪い人」
「えと! でもほら! マイダーリンは愛してくれるし!」
「その共時性を理解したら刺したくならない?」
「えと。刺しはするけど」
するんだ。
「でもこうやってケーキ食べてるのも幸せだから」
「勉強できるならもっと良い進路がある気もするけど……」
「両牙くんがいないならきっと全てが灰色だよ」
「純情の色だね」
「あ。わかるんだ」
「日本では灰色ってあまり肯定的には覚られないんだけど」
「にゃーよー。拙は両牙くんが大好き!」
「ありがとうと言えば良いのか」
「そうでなくても拙は金色に輝くよ」
きっとマリンにとって僕との思い出は抗せざるをえないもので。抗いつつも肯定すべきもので。だから僕にとってのマリンも容赦のない恋慕で。
「そうすると。なんだかなぁ」
他に覚える記憶もなくて。
肯定するのは簡単だ。好きと言えばいい。
その場合僕は致命的な嘘をつくことになる。あの約束を信じて、今まで傍にいてくれた墨州真理を蔑ろにするという意味で。その疑惑と詐称の落とし子は誰にも求められない名として人為破綻と称される。
好きだ、というのは簡単なのだ。それこそマッチ売りの少女のマッチのように売れる。其処から派生する真意の方が問題になるわけで。だから僕は墨州を好きだと言えばマリンを軽視し、マリンを好きだと言えば墨州を侮蔑することになる。そしてそのどちらもが真摯ながらに直接的に好意的だという感情である。あの失った記憶での恋が僕の全てで起源でもあったのだから。だからこうまで墨州とマリンの間で揺れる。
「うーん」
その恋愛摩擦を真意的ローションでヌルヌルにしたい心地。
「気にしない気にしない。はい。マイダーリン。あーん」
で、注文したショートケーキをフォークで切り崩してマリンは僕の口元に運ぶ。
「あーん」
僕は躊躇いなく受け入れた。今度は僕が彼女の口元に自分のケーキを持っていく。パクッと彼女はいじらしく食べてくれた。
「えと。恋人みたいだね」
「好きではあるんだけど」
「えと。拙も両牙くんと一緒に居られるだけで幸せ」
そんないじらしい僕とマリンのやりとりは他の客も放っておくワケもなく。百合百合に見えてたのだろう。僕はナンパされるくらい可愛らしくデコレートしているし、マリンは純粋に美少女だ。そんな二人が百合百合にケーキを食べさせ合いっこしていると、そりゃ不用意で暫定的な妄想にも取り憑かれるわけで。
「綺麗」
「可愛い」
「尊い」
「お姉様」
そんな言葉が散見された。きっと僕らも純情だ。だから幸せにケーキを噛みしめる。
「なんでマイダーリン両牙くんは拙との約束だけ覚えていたんだろう」
「ロマンス的に語れば大切だったからかなぁ」
「大切なんだ」
「僕を孤独から救う者だよ。命を賭けて張るロマンスだ」
「今でも謳っているのかな?」
「あの約束がなければ僕は墨州と交わっていないし、その意味でこんにちまでを否定してしまう。きっとそのことがとても侘しい」
「えと。ごめん」
ケーキを食べるに不釣り合いなネガティブの感傷をマリンは面に表わした。可憐で清楚な女の子には勿体ない表情だけど、その想いはこっちを汲んでいた。
「そんな大切なときに傍に居てあげられなくて……」
結果状況が悪化したわけで。
「いいんだけどさ。ところでマリンってウチの高校に唐突にやって来たよね? アレは何かタネが有るの?」
「まぁ。えと。色々と」
ラブコメネタで鉄板の実家がお金持ちとか?
「いえ。えと。スポンサーが付いているのでそれなりに」
「スポンサー……」
「拙は魔法が使えるんです」
「へえ」
いきなり胡乱な話に転がった。
「信じてませんね?」
「いや。状況証拠は揃ってるけどさ。魔法って」
「恋する処女は魔法が使えるんです」
「三十を過ぎた童貞みたいな奴?」
「まぁ近いですね」
近いんだ……。
「なわけで頭の良くなる魔法を使ってテストなんてドンと来いですよ」
「本当に使えたら嬉しいよね」
「えと。おかげでビップ扱いなんですけどねー」
クスリと彼女が笑う。
「両牙くんはテスト勉強大丈夫ですか?」
「一応やってるけどさ。ここで糖分を取ってテストに活かしたい」
「あはは。そのためにこうやってケーキ食べ歩いているもんね」
「はい。あーん」
「あーん」
どこまでも幸福そうにマリンは僕の差し出したケーキを喰んでいた。
「ありがとね」
「えと。何が?」
「マリンとの約束があったから僕は今幸福でいられる」
「それだったら拙の幸福だってマイダーリンと一緒に居るからこそ、こうやって形になってるんだよ?」
そっか。じゃあ僕は幸せ者だ。
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