第19話:うるわしきひと08


「マイダーリンは御趣味がどうもね~」


 で、ナンパの兄ちゃんを振り切って僕らは電車に乗り、都会へと足を運んだ。テスト前日に何してんだって話だけど、さほど一夜漬けしなくても学術知識に不足は無い。


「ほら。可愛いだろ?」


 投げキッスをすると、異様にマリンは頬を赤らめた。テールライト並みに真っ赤だ。


「いや。その。両牙くんってわかってるんだけど……理性滅ぼしそうなくらい可愛い……。ぶっちゃけ欲情する……」


「え? そんなに?」


「自覚した方が良いよ。えと。両牙くんはエロい」


 それを自覚しろといわれても。


「痴漢に遭わない?」


「まぁ経験がないわけじゃないんだけど」


 実際にこっちを痴漢してどうするというのか。


「ほらー」


「そこで鬼の首を獲られても」


「とにかく今日は拙とデートだよ」


 うん。知ってる。


「ケーキ食べ歩きで良かった?」


「えと。甘味は大好きだよ」


「じゃあそゆことで。ぶっちゃけそんなに女の子の扱いにも慣れてないから」


「墨州さんは?」


「色々とね。向こうもコッチをどう思っているのか認識できないし」


「好きだよ。きっと」


「そうだと嬉しいんだけど……」


「だって拙がこんなにも好きなんだもの。墨州だって好きだよ絶対」


「名前と顔は同じだけど、おのこの趣味まで同じなの?」


「趣味っていうか……多分恋の形が同じなの。心が液体で溢れ出るモノなら、その容器の形は千差万別で、注がれる恋慕は容器の形を取る。その上で拙と墨州さんは同じ質と量を持っているよ。きっとね」


「確率論の話はしてないんだけど」


「マイダーリンは墨州さんに好かれてないの?」


「どーだろねー。向こうにも色々と思案事はあってね」


「じゃあ拙だけを好きになるのは?」


「難しいかな」


「両牙くんのいけず」


「いや本当に申し訳ないんだけど」


 そもそも君だとは思わなかったんだよぅ。この心に根付く恋の感情が。


 で、駅から下りて最初の喫茶店の扉を開く。カランカランとドアベルが鳴った。


「いらっしゃいませ」


「ども。マスター」


「これはこれは」


 で、喫茶店のマスターも僕を見て穏やかに笑う。


「古風だね」


「そういう雰囲気まで合わせての値段だから」


 今日の僕らのデートプランはケーキの食べ歩きだ。喫茶店やケーキ屋さんでも評価の高い項目をセンシティブに選んだ。


「ベリーベリータルトを二つ」


 そのケーキを頼みつつお冷やを飲む。ケーキはコーヒーの後に運ばれた。野苺のタルトだ。


「うーん。幸せ」


 で、そのタルトを喰んで百点の笑顔をマリンは見せてくれた。


「美味しかったら何より」


 そんな感じでケーキを食べ、時にSNSにアップしてデートを消化していくと、その間に言葉も挟まれた。僕は短いスカートを押し込めてインナーが見えないように苦慮する。


「マイダーリンは本当になんでこうなったの?」


「あー」


 それは確かに約束を覚えているマリンにしてみればそう映るか。


「ちょっとバグがあってね」


「バグ?」


「さほど論うことでもないんだけど事故に遭って。僕は記憶を失ってるんだ」


「記憶って……記憶喪失?」


「うん。陳述記憶の一部をね。だから認識としての自分というモノが僕には数年前から少ししか積み重ねていない」


「大丈夫なの?」


「大丈夫ではないよ。要するに自己というものが僕には欠落している。その中で唯一憶えていたのがマリン……君との約束なんだ」


「拙との約束だけは憶えて……いた……」


「うん。だからその相手が認識から外れて、結果僕は墨州真理を愛した」


 情景は思い浮かぶ。なのにその相手は何時も墨州だ。


「うー。じゃあ拙たちの出会いも憶えてない?」


「申し訳ないながら」


 四店目の店でガトーショコラを食べつつ僕は肩をすくめた。チョコの苦さとは別に、不穏そうなマリンの表情は舐めて無かったことにしたいくらい甘そうだ。でも陳述記憶では僕はマリンを知らないのだ。そうあるべき全ては失われている。


「じゃあそれからはずっと墨州さんと一緒に居たの?」


「色々あってねぇ。結婚の約束もしたし、他に縋るモノが無かったから」


「それ拙だよぅ……」


「うん。だから驚いた」


 まさか過去の失った記憶と、消失から重ねてきた記憶に齟齬があるなんて。


「こうなるとマイダーリンは墨州さんのことを好きだよねぇ」


「はい」


 ホントどうしてこうなった……ってくらい拗らせている。


「墨州さんも……そうなのかな?」


「順調に嫌われてはいるけど」


「本当に?」


「ドライバーで叩かれるし」


「それは……」


 確かに、と彼女も頷く。たまに三番アイアンでも叩かれる。仮に僕じゃなかったら失血死も有り得るだろう。


「マイダーリンの恋は尊重したいんだけど」


「そうなの?」


「まぁマイダーリンが好きな人なら……」


「マリンも好きだよ?」


「うん。知ってる。だからアレなわけで」


「申し訳ござらん」


 王子サマーみたいな口調になった。


「ところでマリンは試験勉強は大丈夫なの?」


「高校修学程度は修めてるから」


「え?」


「大学でもバイトしてるし」


「そなの?」


 じゃあなんでこっちに転校してきたの?


「マイダーリン両牙くんがいるから……」


「は」


 申し訳ない。


「いいの」


 ニコッとマリンの笑む。

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