第17話:うるわしきひと06


「へー。スミスくんとねー」


 で、来たるべき日曜日。明日からテスト……という段階で僕は冬っぽい衣装に身を包んでいた。外出の約束を取り付けている。


「姉御は知ってたの?」


「まさか」


 マリン・スミスと墨州真理についてだ。


「ただまぁ皮肉ではあるよね。これまでと。これからと」


「恋心って何でしょうな?」


「独身貴族のうちに聞きますかソレ」


「姉御は恋しないの?」


「社長か医者がいればいいんだけど」


 それを恋と言うんでしょうか?


「で、どっちをとるの?」


 それがまこともって難題でして……。


「両牙くんはスミスくんも墨州くんも好きなのよね?」


「大好き!」


 今更取り繕ってもしょうがないので世界の那辺で愛を叫ぶ。


 本当に何をやっているんだ僕は。


 基本的に好きという感情がどこから派生するのかも知らないで、けれども確かにこの胸には愛を求めること大だ。愛されたいという要求は自惚れの最たるものである。でもそうだとしても、いきなり一人ぼっちになる恐怖を僕はこの身で知っている。愛が人を繋いでも、あらゆる不幸はそれすらも浚っていく。


 情欲と親愛とに生まれる感情を好きと表現するのなら、それは実際にどちらにより依存するのか。情欲の意味でも親愛の意味でも僕は二人が好きなのに、だから二人を選別しろと言われるとどうしても苦しい思いをするわけで。


「にゃー」


 仕方ないので二人を大切にする……ではダメなのだろうか?


 ここまで好きという感情が厄介だとは思ったこともなかった。


 かなりの意味合いで僕は最低なことをしている。結論を出すのは遅ければ遅いほど不誠実になり、その愛の証明が困難にもなる。


 だからってどちらかを蔑ろに出来るのなら既に状況なんて解決しているわけで。出来ないからこそ状況の悪化が著しい。


「愛が重い」


「恵まれた人間の妄言よね」


 どうやら姉御はコッチに助言もしないらしい。


「じゃあ今回のコレは?」


「一緒に出掛けるって約束しちゃったし……」


「ほー」


 そうやって半眼で睨まないで欲しい。


 実際に不誠実と従兄弟関係くらいにはある行いだろう。


 今日のマリンとのデートは。


「両牙くんはモテるのね」


「そう言っていいのかなぁ?」


 あんまり恋愛ごとに長けているわけじゃないんだけど。今までは愛の対象が一人だったから何も考えずに直進できたが、今現在は事情のもつれも甚だしい。


 基本則として僕の愛情に狂いはない。幼い頃の思い出も、全てを失ってからの取り戻しにも、どちらともに僕の本心からの好意と言える。


「残酷な天使の命題」


 天使じゃないけど。


 そもどちらかを選べ……と、そういう話なのだろうか?


 悩んでもしょうがないんだけど悩まずにはいられない。もうちょっとこう分かりやすい形で愛が出来ていれば物事に順序も付けやすいんだけど。


「姉御……」


「刺されなければまず順当だと思うわね」


 確かに。


 我が家でグチグチしていてもしょうがなくはある。


 本当に何故こんな事に……。


「ソレを知るのにもいい機会じゃない?」


「他人事だと思って……」


「悪いけど他人事よ。ていうか関知しても生産性が無いし」


 うーん。正にその通りで。ここまで拗れた思慕について百パーセント満足する回答は何処にも有り得ないだろう。おかげで僕が苦労する。


「はぁ……」


 溜め息の一つも出ようってものだ。僕にとってもこの案件はかなり度し難い。というかそうまでしてマリンと仲良くなることが墨州にどう思われるかを思えば気分が落ちる。


「それでも行くのだから両牙くんは誠実よね」


 皮肉は甘んじて受けるとして。


「行ってきます」


 それでもマリンとデートできることに幸福を覚える辺り救い難い心情でもあるわけで。

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