第16話:うるわしきひと05
「用事は済んだので?」
「えと。うん。ちょっと誰かの恋心」
「フったので?」
「だって他の男性はマイダーリンじゃないし」
可愛い。その一途さがとても可愛い。僕だけを愛してくれるマリンという存在が非常に有益に僕の目に映る。
「へー」
で、ゾンビみたいな眼で汚物を睥睨するような視線が墨州だ。
僕を好きじゃないとしても、僕の語る愛に疑念くらいは覚えるのだろう。
コレに関して言えば僕も議論の結果が見出せていないのだけど。
「英語勉強してるの? 教えてあげよっか?」
「そういえばマリンは外国人だね」
「英語は日本語と同じくらい堪能だよ~」
さすがのマリンだった。
「じゃあお願いしてもいい?」
「うん。えと。その代わり今度デートして?」
ぐ! 可愛い!
こんなにも愛してくれる女の子が眩すぎる。これは愛するしかないじゃないか!
「わずかばかりの誠実さは危険であり、度を越した誠実さは致命的である」
「そう。じゃあ私は必要ないわね」
「いや決してそんなことはないのだけど」
「えと。墨州さんも頭良いんでしょ?」
「然程でもないわ。努力は義務と同じくらい嫌いだし」
それで学年上位の成績を取れるんだから世の構造って理不尽だよね。
「で、スミスさんって拙のライバルで」
「何か勘違いされてるみたいだけど、全然そんなことはこれっぽっちもないわよ?」
そこまで露骨に否定しなくても。
「そっかー。勘違いかー。スミスさんがマイダーリンを見る眼がエロいんだけど」
「そうなの墨州ッ?」
「氏ね」
ドライバーが僕の頭を打った。ナイスショット。
「あの頃から私は何も変わってないわ。両替機を好きになることはないの」
「えと。じゃあなんでそんなに震えているのだろ?」
指摘するマリンの言で気付く。いつのまにか墨州の拳が震えている。それをギュッと彼女は握りしめて抑えた。
「単なる寒がりよ。学校には暖房もコタツもないから」
「墨州……」
僕が万端を込めて名を呼ぶと、彼女は心を刺すように睨んできた。
「アンタのことなんて好きじゃないんだから! 勘違いしないでよね!」
「ツンデレ乙?」
「ツンデレ乙」
「ツンデレ乙でござるなぁ」
僕らは一様にその感想を抱いた。
「だったらどう言えばいいのよ?」
「愛してるとか」
「逢いたいとか」
「アイラブユーとか?」
「ケンカ売ってるのね貴方たち……」
スッと殺意の波動を発しつつ何処からか三番アイアンを持ち出す墨州。
いや、僕以外に打ったら暴力沙汰だから。
「じゃあ墨州氏はスミス氏に何も思ってないのでござるか?」
「後刻幸せになればと思っているわ」
「僕は墨州も好きなんだけど」
「墨州も、ね」
「そりゃマリンだって好きだけどさ。愛しているけどさ。それで墨州への感情が摩滅するわけじゃないでしょ?」
「この不埒者!」
バキィと三番アイアンが打たれる。ナイスショット。
「とにかく」
口の端から血を流しつつ僕は再生する。
「墨州のことは好きだよ僕。愛してる」
「それが誤解に基づいても?」
「その誤解のおかげで孤独を感じないのなら墨州には返しきれない恩がある」
「スミスさんに悪いと思わないの?」
「めっちゃ思う」
「えへー。マイダーリン大好き」
で、そんな僕を素直に愛してくれるマリンはかなりの愛らしさで。
「だから二重だけど恋愛は諦めきれなくて」
「かなり最低なことを言っているのは理解しているのよね?」
「やっぱりそう?」
「まぁ私は両替機を好きにはならないけど、アンタの好きという感情を否定するほど全能でもないわよ」
「好きで……いいの?」
「あくまで個人の範囲ではね」
「じゃあ好き。愛してる」
「そう。私はそうでもないけど」
ツンとそっぽを向く墨州が愛らしい。
「両替機。両替機。吾輩どうすればよろしいか?」
「墨州やスミスに恋してるの?」
「してござらんけど」
「だったらこういう問題に解決策を提示してくれると嬉しい」
「無茶を言ってござる…………」
「ガチでダメなのよ。墨州を好きだって事はマリンを好きだって事と重なって……」
「両替機が墨州氏にゾッコンなのは今までも見てきてござるが」
「重婚できる国知らない?」
「幾らでもござるよ?」
実際にそんな国はあるらしい。
「んだでば日本でなら愛人とか……でござるか」
「どっちを愛人に?」
「黙秘権を行使でござる」
「ズルいぞ王子サマー」
「多分お前が言うなに限りなく抵触するでござる」
「そう?」
「そういう自覚の無さが」
「だって墨州は魅力的だけどスミスは愛らしいし」
「氏ね」
「マイダーリンッ!」
ミシィと空気が軋んだ。図書室ではこっちに傍耳を立てている生徒が複数存在する。彼ら彼女らにすれば「視界でイチャつくな」の原理だろう。
「ああ。僕はどうすれば」
色々と観念の感じ入るところ。マリンは想い出の大切なピースだし、墨州は今まで僕を孤独から救ってくれた救世主だし。この二つが別物という観念そのものが僕の敵だ。ぶっちゃけ割腹まである。普通に考えて、こんなにも特別な愛の所在がそれぞれ別の人間だったという状況が有り得ないわけで。
「墨州さんのこと好きなんだね」
「スミスさんのこと好きなわけよね」
一人はニッコリと。一人は皮肉気に。彼女らは僕の思慕をそう語る。
およそ笑顔の質というモノがスミスと墨州では如実に別れている。
「よくも吾輩此処に居れるでござるな」
「そこはマイフレンドとしてどうにか」
「こんな流血沙汰に発展しそうな状況望むところじゃないんでござるが」
そう言わず。
「友人がいなければ誰も生きることを選ばないだろう。たとえ他のあらゆるものが手に入っても……って言うじゃん?」
「友情というものはお互いに相手に対する尊敬と親愛の念の絶えざる持続がなければならぬものである……とも言うでござる」
「尊敬はしてないけど尊崇はしてる! 親愛もまた然り!」
「じゃあせめて思案もして欲しいんでござるが……」
そのクイッとメガネのブリッジを上げる行為が気にかかる。
「じゃあマイダーリン。勉強をしよう」
マリンは普通に平常心だね。
バキィッと鉛筆の芯が折れる音がする。
やっぱり墨州を想いつつマリンを想うって無茶なのかなぁ?
「私はどうでもいいんだけど」
「拙はそんなマイダーリンも愛しているよ」
それはようございましたー。
世の中の全てって不条理に出来てるよね。
割れそではかない硝子の心……恋の炎で溶かしたい……って言えるのも昔の人の言葉のミソで。本当に厄介なこの恋心を認識することからしてかなり理不尽な思いもする。
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