第13話:うるわしきひと02
「血が止まってる」
「國松長官並みに不死身だから」
「えと。あのね。マイダーリン両牙くん」
「はいはい?」
「愛してる」
ほぼ行動は同時だった。重なるシルエットに逆行が閃いて、影と影とが折り重なる。その接点は唇で……つまり……その……キスをしたことに。
「へー。両替機。公衆の面前でキスするんだ」
「墨州となら何処ででも出来るさ」
「スミスでも?」
「難しくはないね」
墨州とマリンがニアリーイコールなら、そのどっちもを好きになる僕の心は強いることがむずかしい。だってどっちも可愛いんだもの。墨州を可愛いと言うことはマリンを賞賛する言葉で。マリンを愛らしいということは墨州を褒めちぎることに他ならず。
例えば二人がスワンプマンなら、確かに二人ともテセウスの船と呼べるだろう。
「そもそも量子的にどうなのよ?」
確率の問題だというのなら、たしかに希少なのだろう。けれども十億分の一の確率で起きることは、ひどく奇蹟めいていても人類文明の何処かで一回目の事象が発露してしまう。共時性として魔法めいてはいても、過去から演算して今現在に発露した十億分の一なら確かにその可能性が具現しただけとも言えるのだ。何時だって最初の一回目は唐突だ。
「えへへ。キスしちゃった」
で、幸せそうにこっちの唇を奪ったマリンが微笑んだ。
『殺るぜ俺は』
『俺もだ。ちょっと金属バッド持ってくる』
『じゃあ俺は青酸カリを』
愛すべきクラスメイトも不穏な会話を見せる。実際にマリン・スミスは超絶と付けて良い美少女だ。しかもおっぱいが大きくお尻は安産型。でパツキンということは下もそうなのだろう。いや、セクハラ案件だとは分かるけど……そこは男子として希望を持ってしまう。
「よくぞここまで修羅の巷でござろうな」
で、コンビニの担々麺をすすっている黄路夏こと王子サマーが眼鏡越しにこっちを疎んじていた。ちなみに担々麺を温めたのは職員室のレンジだ。
「何か前世で恋に悪徳でもしたのでござろうか?」
「いや、その場合僕は人間道に回帰してないから」
ていうか六道の観念って、六分の四の確率で外れっていうどうにも規格外。
「えへー。マイダーリン」
ギュッと抱きつくマリンの可愛さよ。ついでにそのパイオツの心地よさも天元突破。
「可愛いし……」
「拙は可愛い?」
「果てしなく」
「夜の襲撃も警戒した方がよいでござろうな」
王子サマーの茶化しは茶化しになっていなかった。
実際に男子生徒らのヘイトの過熱具合は溶鉱炉にも例えられる。ルサンチマンってこういうときに使う言葉じゃないんだけど使いたくなるよね実際。
「で、私にどうしろと?」
どうしましょう?
別段墨州への愛しさは消えていない。というかむしろ増している。この場合二重の恋心は、どちらもがどちらもを立証する形と為っている。二人の容姿が同じである以上、墨州を好きだと言うことはマリンをも好きだと言うことだ。
「腐ってやがる……」
「墨州氏。一応弁論しますに両替機に悪意はござらんよ」
「だからって普通さー」
「まこと申し訳ございません」
メロンパンを囓りつつ、僕は抱きつくマリンを何とか萌え萌えしつつ、それでも墨州の困惑に付き合っていた。こっちとしてもかなり状況がアレなんだけど、とりあえず場の混沌さは筆舌に尽くしがたい。マジカオス。
「マイダーリン」
「はいはい」
「引っ越しの荷解き手伝って?」
「いいけど。僕を家に上げて良いの?」
「やーん。眼がエロいよ」
「そりゃマリンを見てればね」
「ぐっだぐだでござるな」
墨州を前にしてマリンと付き合わねばならない現状を正に王子サマーが表現した。
「両替機?」
「はいはい」
「良かったわね?」
それは僕にとってトドメの一言だった。
ニコニコと微笑んで、墨州は僕の教室を去る。
あああぁぁぁ……。
「まぁ両替機。あるいは刺されるよりマシかと」
「ソレをフォローだと思ってる王子サマーが度し難い」
「吾輩は恋をするに貴殿とは重なってござらんからな」
「ミスタープリンスは好きな人居るの?」
「およそ人の範囲でなら」
どういう意味?
「スミス氏は両替機の何処が好きなので?」
「えと。顔と性格と心意気。後は二人の共有する思い出」
「幼い頃に結婚の約束をしたっていう……」
「うん。理想の男の子」
「コヤツが……」
と若干呆れ気味にこっちを見る王子サマーの視線は寒かった。
いやね。確かにね。状況的には最悪なんだけども。こっちにだって言いたい事はある。
「言わなくてようござるが」
「理不尽!」
「墨州……怒ってたよね」
「アレは怒ってるっていうより……」
「何か?」
「火中の栗は拾いたくござらん」
「???」
「マイダーリン」
「何でござんしょ?」
「大好き」
「ミートゥー」
ホント可愛いのはどうかして欲しい。
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