第11話:愛に生きる人11


 ホームルームは全教室平等に行なわれる。僕はといえば墨州の不安定性についての考察に終始し、困惑留まるところを知らない。


 …………結婚の約束……したよね? したはず……だよね?


「うーん」


 大げさに腕を組んで悩みどころを悩むポーズ。あの日の幻影は一体……そもそも幻影であって欲しくないんだけど墨州の態度もかなり不穏を覚えてしまう。


 無かったことに成っている……のか?


 でもアレが夢だとはどうしても思えなくて。けれどさっきの墨州の態度も一貫したモノがある。その意味でどちらかと云えば後者の方が確かに彼女らしくはあるのだ。


 そうなるとこっちの記憶から疑うべきか。


 思念しつつ懊悩に苛まれていると、五組の担当教師たる姉御が爽やかに笑った。


「じゃ、ホームルームを始めるよ。その前に一つ。嬉しいお知らせ」


 何でしょう?


「転校生を紹介しま~す」


 コレがラブコメならベタな展開なんだけど……。既に僕には墨州がいる。


 これはスルー案件か。


 そう思っていると、フワリとオレンジの香りが僕の鼻腔をくすぐった。甘い……というよりどこか静謐で上品な香りなのは、あるいは香水の品質か。あるいは化粧水の香り?


 思案しつつもホームルームへの参加も上等なので、僕はそこで転校生を見る。こんな時期にとは珍しいけれど無い話では無いのだろう。およそ問題はそこにはない


「……………………」


 相手方は有り得ない美少女だった。教室がざわつく。特に男子の反応が顕著だ。仮に此処で現われたのが普遍的な生徒ならこうはいかないだろうとも思う。きっと転校生にとって視線を受けるのは何時もの事で、その美少女性の持つ税金として男子等の緩んだ視線を暫時受け止めているのだろう。


 僕も驚いたという意味ではざわめきの一部だった。


 そりゃ目を見張るような美少女だけど、論じるべきはその議題ではない。


「えと。どうも。よろしく御願いします」


 カツカツと姉御が黒板に転校生の名前を書く。


 転校生は金髪だった。優しくフワリと流れるような髪は金色。しかも丁重に光を反射し、その光沢だけで神秘の一つに数えられる。特有の体付きは恵まれていながら、全体で見ると黄金比で造られており、煌びやかにして隙が無い。その全体を包む制服が黒色で、なのに突き出た色んな場所は男子生徒の夢を膨らませるに十分な破壊力を有している。


 それらの値踏みの視線を感じ、けれども軽やかに彼女は笑った。


 金色の髪。白い肌。エメラルドの瞳。


 これらが全て彼女が異国人だという証左だ。なのに決定的に顔の造りそのものは日本人のソレだった。


 何故かって?


 同系統なのだ。僕の愛すべき墨州真理と。いや同系統は在る意味で間違った評価でもある。もっと言うと同一だ。髪の色は金髪で、真理より胸が明らかに大きいんだけど、その美貌そのものは双子でもこうはいかないと思わせるに足る一律一様さ。完全に墨州と重なる美貌であればもちろん僕にとっては破格の美少女でもあって。


「マリン・スミスと申します。以後よろしく」


『よろしくお願いしまぁぁぁぁぁぁす!!!』


 で、そんな墨州真理……ならぬマリン・スミスの笑顔の社交辞令に、クラス中が沸騰した。さもありなん。美少女でお淑やかで胸が大きい。どう考えてもトリプル役満だ。


 えーと。これって。そのぅ。


 マリン。スミス。金髪で墨州より胸が大きくて。


 それらを兼ね備えた少女を僕は記憶にとどめている。というか以前逢ったばかりだ。


 おそらく聖痕のガングリオンを視聴した仲。その経過に於いて婚約をしてしまった少女。幾ら何でもソレは無いだろうという懸念をあっさりと踏み潰して、ロマンスの神様は今日も大爆笑していらっしゃるのだろう。


 もちろんラブコメの波動は困惑を許さない。


「両牙くん!」


 教卓前の最も外れの席。毎度の席替えで一喜一憂するのも馬鹿らしく、僕は目も悪くないのに教卓前の席に鎮座していた。その僕を見つけるなり、転校生はヒマワリの様な笑顔を見せた。あらん限りの感情表現を使いたいのだろう。ギュッと抱きしめてくる。


「来たよ。拙は。来たんだよ……」


 ムギュッと抱擁圧がさらに高まる。僕は彼女の豊かな胸に圧迫されていた。おおう。オレンジの香りも相まってかなりの破壊力。


 まるで天使の翼にくるまれたかのような至福に身体の硬直が解けていく。


「スミス氏……」


「マリン……と。そう呼んでくださいまし」


「マリン……か」


 墨州真理スミス・マリとマリン・スミス。


「あの……」


 とそこで愛すべきクラスメイトが、僕と僕を抱きしめているマリンに疑惑の視線を向ける。疑問も其処から発生しているのだろう。懐疑に言葉は一人からだが、その総意思はクラスの中で合致していた。


「スミスさんと両替機ってどういう関係?」


「えと。恥ずかしながら婚約者です」


『……………………』


 唖然。まさにこの一言に尽きる。


 マリン・スミスの爆弾発言に辺りは無言の爆弾を誘発させた。


「えへへ。両牙くん。大好き」


『テメェコラ両替機ぃぃぃ!』


 まさか「墨州真理と間違えて結婚を迫った」ってどう言えば穏便に着地できるかね?


「やっぱり恰好いいなぁ両牙くんは。大好きだよ」


 あ。そうですか。


 なるほど。


 墨州が未だにツンデレなわけだ。


 そもそも墨州とは婚約していなかったのだから。というか墨州真理とマリン・スミスってジャロに電話してもいいくらいミスリードを誘発させる名前じゃございませんこと?

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