第10話:愛に生きる人10


「ふふふ。えへへ~」


「さっきから何よ? 両牙くん」


 でイベント終わり。僕の結婚願望がはち切れんばかりで、姉御の不審を買っていた。


 わかる。わかるぞ。確かに今の僕はキモい。


「なんでもないッ」


 ルンと弾むように僕は答えた。


「いいけどさ。で、はいアシスタント代」


 ちょっと高校生に渡していい額じゃなかったけど有り難く受け取っておく。


 これで婚約指輪でも買うべきか否か。


「で、何かあったの?」


「愛の真実かな」


「うわー」


「信じてないね?」


「信じてたら多分今頃結婚できてる」


「愛情より友情だって嘘だと思いません?」


「広瀬香美か」


 なわけで幸せ全開ですよ。墨州と婚約できたのは。


「じゃあ」


 というわけで月曜日。ブルーマンデーシンドローム。期末考査も近付くこの頃。イベント終わりということもあって色々と放心してしまう。それは姉御も同じだろう。何時もの様にピッチリのスーツを着ているけど、イベントの熱を後に引いているようだった。


「遅刻しないようにね」


 そう言って出勤する。生徒より早く学校に行かないといけない先生は大変だ。


 しかも昨今日に日に気温が下がっていっている。まだ雪は降っていないけど、それも時間の問題だろう。


 今日は墨州は顔を出していない。そのことは太陽が昇らないより僕の心を締め付けるけど、今はまぁもうちょっとこう心にゆとりがある。


「墨州きゅん……」


 かなりキモい独り言を放ちつつ義務としての学生生活を送る。


 墨州は一組で僕は五組だ。


 さすがに墨州も僕を意識せざるを得ないだろう。そう思うにこっちを避ける意味もわかる。わかってしまう。わかりすぎるくらいに!


「おはよう墨州!」


 で、一組の扉を開いて僕は墨州に声をかける。


「……………………」


 濁った瞳がこっちを見た。彼女の口がへの字に歪んでいる。


 あら? 何か迷惑そう?


「何か用?」


「おいおいマイハニー。その態度はつれないんじゃない?」


「誰がマイハニーよ」


「ツンデレ?」


「バルス」


 僕の両目にシャーペンとボールペンが突き刺さった。


「目がぁ! 目がぁ!」


 流石に看過できる痛みではない。ドッタンバッタン床を転げ回って痛みを散らす。


「何をし申す?」


「そこで普通に復活されるとかなり厄介だと思われるんだけど……」


「愛しているよ?」


「そう」


 簡潔かつ冷静な御言葉。


 まるでイベントでのやり取りがなかったかのような態度にさすがに不審を覚える。


「結婚の約束したよね?」


「忘れたわ」


 オーマイ昆布。


「そもそもそんなことを私に押し付けないで」


 でもさぁ。ひどくない?


「君を好きなことに理由なんてないんだよ?」


「じゃあ私に何の願望を持ってるの?」


「そりゃ出来れば薄い本みたいな事はしたいけど、まずは愛を深めるのが先だよね」


「頑張って」


「応援の仕方が雑よ?」


「これ以上を私に求めないで」


「あの日はあんなに可愛かったのに……」


「過去は過去よ」


 だからってこうまでクールでいられると思うところの一つはあるわけで。


 冬の寒さに墨州の冷たさまで相まって、とてもじゃないけど耐えられない。普通に空気を読めるような僕じゃないけど、それでも墨州がなにかこう言わせる理由が在るのは察せられる。あるいはそもそも……。


「墨州!」


「エクスクラメーションマーク付けないで」


「愛してるよぅ」


「御機嫌ね」


「墨州は?」


「愛してはいないわね」


「そん――」


「――生徒両牙」


 なことがありえるわけ……と言う前に一組の教師が僕の言葉に上書きをする。とってもスーツの素敵な御仁だ。ガシッとコッチの頭部を掴んで教室外まで引っ張られる。もうちょっと生徒の扱いを心得てくれれば嬉しい。というかそれ以前に幾らなんでもツンデレという表現で今の墨州は余りある。何が彼女の背を押している?


「ホームルームの時間だ。とりあえず五組に戻れ。愛を語るに性急であってもあまりメリットはないぞ」


「…………はーい」


 墨州と愛は語らいたかったけど時間的にもアウトだろう。渋々の体を装って僕は五組に戻る。こんな風景も何時もの事なので、一組の生徒も理解があった……のは良い事なのか。

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