第8話:愛に生きる人08
それからこっち、僕の授業は睡魔との戦いだった。赤点をとるほど困窮はしてないんだけど成績優良児とはとても言えないスペックで。さて将来本当に何しようかしらん?
「おほ。両替機のメイド服でござるなぁ」
「似合う?」
「萌え萌えでござる」
で、こっちで墨州が裁縫したメイド服を、僕は王子サマーにお披露目していた。エプロンドレスにメイドカチューシャ。シックな色合いで派手さは控えめ。
けれども意外と僕は女装が似合うらしい。ソレが何に対するアドバンテージかは考えないことにしても、ちょっとジェンダープライドの面で疑問も湧く。
王子サマーは拍手を打ち鳴らして僕のメイド衣装を褒めちぎっていた。
「さて」
で、姉御が漸く時差ボケというか睡眠ボケを短時間の睡眠で調整して、調子をフルに持っていく。日に日に冷える冬の頃合い。気の早い商店街からはクリスマスソングも聞こえてくる。僕に予定はあまりないんだけども。
「じゃ、行くわよ両牙くん」
もちろん同人誌即売会だ。この日のために補習の日程を早めに組んで講義内容を頭に叩き込んで、そして次の日に忘れるという荒技を姉御はこなしている。
ほとんど精神的に喀血しているんだけど、それは参加者の笑顔で賄えるらしい。
「ご武運を祈ってござる~」
ヒラヒラと手を振る王子サマーに見送られて、戦士は闘争の場へと座標を移す。
僕は更衣室でメイド服に着替え、売り子をする。というかそのためだけに墨州は今日のメイド服を設えたのだ。
「自分で着ればいいのに」
だったら僕も萌え萌えだ。
中型とは言えイベントが始まればオタク特有の熱気はまぁ感じた通り。実際に僕が売り子をすると毎度の戦士たちは鼻の下を伸ばすので効果はあるらしい。そのことが僕自身に還元しているかは、また別の話で。
けれども実際に姉御の同人誌そのものもかなり人気だ。ツイイッチャターでもリツイートはかなりの数に昇る。
「えーと。申し訳ありませんが二限で」
「じゃあ二部ください……」
「ありがとうございました」
スマイルはプライスレス。特に姉御のアカウントでは売り子が誰だって意見は散見される。まさか一緒に住んでいる普遍的な男子生徒だとは思うまい。そもそも姉御が教師をやっていることさえ此処ではタブーだ。
けれど長蛇の列を作って姉御の同人誌が売れる様は、苦労を吹き飛ばすくらいには爽快で。だから徹夜した頑張った甲斐は在る。というかこの売上のマージンから僕のお小遣いが出るんだけど……さ。
「とかく人の因業よ」
「何か言った?」
「いえ何も」
で、同人誌の内容で和姦しているヒロインのメイド姿をそのまま体現したような僕のコスプレも在る意味で皮肉には成るわけで。
「あとでコスプレエリアに来ますよね?」
「えーと。気が向いたら」
カメコの人たちもこっちに興味津々らしい。多分僕を男だとも認識していないだろう。ことさら自認も追いつかないけど、女の子らしい男の子と、男の子らしい女の子ってどっちが魅力的かというパラドックスにも陥る。
クレタ人が嘘つきだどうのというアレだ。
そんなわけで自己内在的傲慢性についてカルテジアン劇場のホムンクルスが複数で議論していると、同人誌が完売した。
「ありがとうございましたー」
バッと両手を上に振る。同時に周りのサークルが拍手を送ってくれた。
「どうもでーす」
「はあ。幸せ~」
で、サークル代表の姉御は全てを見届けて突っ伏す。売上を慎重に預かって、それからクタッと脱力した。体内時間を操作したといっても元々無理があったのだ。今緊張が途切れたのだろう。そもそも毎度ギリギリで原稿を上げる方がどうかしてるんだけど。
「じゃあコスプレエリアに向かいま~す」
「はいは~い。さっさーい」
行ってこい、と姉御が手の平を振る。
うーん。男らしくでいこう。
「視線くださーい」
「はーい」
頬に手を添えてポーズをとる。
「はあー。両替機たん萌え~」
僕のコスネームだ。別に何でも良かったんだけど、考えるのも面倒なので両替機と名乗っていた。ていうか僕ほど生産性のない男はいないだろう。
ミスター両替機。
得も損もさせないという意味で、たしかに僕は両替機だ。
「ちょっとスカートつまみ上げてみよっか?」
「えーと。こう?」
スカートの半ばを摘まんで引き上げる。男にしては細い脚と意匠をあしらったニーハイソックスが顕わになった。
「萌え~!」
カメラの激写がソレに続く。スマホも向けられており、色々と幻想は持たれているんだけど、どうにも僕って可愛いのかな。
「両替機氏! 今度は床に座って上目遣いキボンヌ!」
「えーと。それだと……」
パンツが見えてしまうのだが。
インナーは穿いているけどお見苦しいことこの上ない。ついでにカメコに撮られると場合によってはネットで全国に拡散してしまう。
「ハリー! ハリー! ハリー!」
「楽しい! こんなに楽しいのは久しぶりだ。貴様を分類A以上のレイヤーと認識する」
興奮と恍惚がレンズ越しにコッチに刺さる。いや、僕が可愛いのはいいんだけど、だからってここで割腹ものの恥をかいていいので?
「ちょっと変態っぽくないですか?」
「よく言われる。それと対峙しているお前は何だ。人か狗かレイヤーか」
「ええと。じゃあ……」
床に座って上目遣い……とリクエストに応えようとしたところで、
「はいそこまで」
女の子の騎士が構えられたカメラのレンズを手で制して場を諫めた。
レイヤーなのだろう。というか他の可能性が思い浮かばない。
ここで聖騎士の格好をした美少女がいればまず間違いなくレイヤーだ。
ただ問題が、その美少女に僕の認識が追いつかないというか光速で追い抜いたというか……。あらゆる意味で「ありえない」の言葉が駆け巡る。
「レイヤーのパンツ激写しようなんてセクハラ案件ですよ。サービスにも限度があります」
「なんだね君は? 当方は両替機氏の可愛い姿を撮ろうとしただけで……」
「完全に興奮した下卑た視線向けてましたよ。レンズの射角も落ちてましたし」
「それは両替機氏の御御足を……」
「言い訳はいいですから」
主催者側にも苦情は行ったらしい。ズリズリとカメコが警備員に引っ張られていく。
「あなたもあなたですよ。いくらレイヤーが撮られていいからって変態の欲求と注文にまで付き合うこと……ん?」
で、そこで聖騎士の女の子も固まった。
さもありなん。
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