第4話:愛に生きる人04
「けれど墨州氏と両替機はほんに仲が良いでござるな」
「えへへぇ」
「照れるな」
ギュッと対面の墨州が僕の頬を抓る。
「よければその愛を分け与え申し」
「絶対嫌」
「愛じゃないし」
「では何で?」
「単なるご都合よ。こんなの。私は両替機を愛したりしないから」
「墨州~」
僕はグッタリと凹む。別に愛を強制する気はないけど、この気の無さはちょっと堪える。
「なによ。私が両替機の愛を袖にするのって初めてじゃないでしょ?」
「…………愛とか言ってござる」
「とにかく。そんなことで凹まないでよ」
「でも僕にとって墨州ってかなりの美少女で、素敵な乙女で、愛を知る令嬢で」
「だから別にそんなんじゃないってば」
「愛してるよぅ!」
「店内で叫ぶな」
三番アイアンが突き付けられる。
「前から思っていたけどどうやって取り出してるのでござる?」
「ハンマースペース。空想力学は分野で?」
「まぁわかりござろうが」
「で、両替機を調教するには物理によるしかないのよ」
「愛してるよ~。墨州~」
「だからアンタは庇護できないのよ」
「愛してるから?」
「妄想に漬け込んでいるからよ」
「うう」
たしかに墨州には漬け込んでいるんだけども。でもさ。こんな可愛いのが悪いんじゃん? もうちょっとこう幻想を持たない容姿だったら僕もそこまで執着しなかったと思うんだけど……そこら辺どうよ?
「氏ね」
二文字で人を傷つける。言葉って暴力だ。
ズズーとコーヒーを飲む。
「とにかく憶えてるのがそれだけなんだから執着してもしょうがないじゃん」
「えーと。無効で」
「何でよぅ!」
「キモい」
今度は三文字で傷つけてきた。
「お前は私の嫁にする。決定事項だ。異論は認めん!」
「異論頻出なんだけど」
「でござるなぁ」
穏やかに豆茶を飲みつつ墨州と王子サマーが呟いた。
「だって墨州は僕の嫁だし」
「はー。ご結婚おめでとうございます」
「両替機はまだ結婚できないから」
「婚約はできるよ!」
「じゃあ相手を探すところからね」
「墨州のツンデレ!」
「至極真っ当な意見なんだけど……」
「だって好き合った者同士結婚するでしょ?」
「そこで、『え? 常識でしょ?』みたいな反応されても困るから」
「僕との結婚に?」
「アンタの自意識というかカルテジアン劇場の問題によ」
「にゃー」
「それにそんな安い女じゃないわよ私」
「初恋の呪縛はグレイプニルの如く」
「縛られてないけどね」
あぁん、と僕が嘆きを放つ。ていうか墨州の冷めたツッコミも今更だ。そんなことで凹む僕ではないのだった。色々と心に串刺しはされるけど。
「でもそうね。両替機が過去に私と結婚の約束をしたんなら」
「した!」
「私はかなりソレを憶えていないことが悔やまれる」
「結婚しよう!」
「だから感嘆符付きで喋らないでよ……」
他の客に迷惑でしょ、と墨州が言う。
「えへへぇ。墨州と結婚できると思うとテンション上がっちゃって。もちろん無理強いはしないけど周囲から埋めていくのはいいでしょ?」
「オールランチブレイカーでのセクハラさえ止めてくれればね」
「愛を叫んで何が悪い!」
「体裁が悪いのよ。ぶっちゃけ生き恥よあんなん」
「吾輩はそんなに愛して貰える人がいるのは羨ましいでござるがなぁ」
「止めて王子サマー。両替機が調子に乗るから」
「調子には乗ってるよ?」
「うん。わかる。本気で私と結婚する気だから。両替機は」
「もちろん!」
天の理、地の自明だ。
「恋を守るためなら、何をしてもいいのでござろうか?」
「それは血を吐きながら続ける悲しいマラソンですよ……」
「だったらどうすればいいので?」
「私を諦める」
「却下」
サッパリと切り捨てる僕でした。この世の果てにあってもそんな愚行はまかりならん。
「両替機の愛ってどこにあるの?」
「この心に」
握り拳を心臓に当てる。
ズクンと誰かの心臓が鳴った。
「――――――――」
見れば墨州の瞳孔が開いていた。まるで何か驚くべきモノに驚愕するかのような……ひどく狼狽えた光だ。
「墨州?」
「ッ……何でもない。ちょっとSっ気が出ただけ」
「墨州氏は懲罰意識が高すぎてござるからな」
「そう? そんな自意識も無いものだけど」
「はは。だから両替機は苦労しているのでござろう?」
「コイツについては何も言わないわ」
「愛してるよぅ!」
「はいはい。だから他に愛を見つけてね」
素っ気なく僕の伸ばした手を素気なくする。鬼神にも似た冷血さだ……今の墨州は。
「ま、そもそも過去の契約が口頭では……ござろうな」
で、何処か得心気味にコーヒーを飲みつつ次談するのが王子サマーだった。
その軽やかさは憎悪に値するけれども、僕にとっての記憶って他に存在しないのも事実で。だから何も言えずに僕もコーヒーを飲む。きっとその事が僕と墨州を乖離せしめている一環だとしても愛は叫ぶより他に無く。在れば教えてほしいくらいだった。
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