第2話 喋らないひら
「なあ、西出。なんで喋らないんだ?」
彼女は下を向いたまま黙る。そして少し間を開けて制服のポケットからスマホを取り出す。
「西出?」
俺の疑問を無視して彼女はスマホに指をなぞらせる。そしてスマホ画面を俺に見せる。
『メアド、教えて』
「……え?別にいいけど……」
俺もスマホを出して彼女にメアドを教える。そしてそのメールで早速『ありがと』と来る。
「西出、ホントにどうしたんだよ。普通に会話しようぜ。あ、もしかして俺ともう喋りたくなくないってこと?」
彼女は首をブンブンと振ってからメールが送られてくる。
『私、喋れないの』
「……え?」
喋りたくなくないじゃなくて喋れない?
「ど、どういうこと?」
するとまたメールが来る。
『病気』
病……気……?まさか、西出が?いや、そんな訳……だってあいつ小学校の頃めっちゃ元気だったじゃん。
「……あ、そういうこと?ここ逆の世界だから俺を騙そうとしてんの?ホントは喋れるんだよな?」
西出は首を横に振る。
「なあ、ホントのこと言ってくれよ……」
俺は信じられなかった。信じたくなかった。
『ホントだよ。だって私、夜に寝ようとしてたじゃん』
あ……。確かにここの人達はみんな昼間に寝るんだった。ということは彼女の言葉は逆じゃなくてホント。彼女も俺と同じような人。
「どういう病気なんだ?」
彼女はそれを聴いてまたスマホに文字を打つ。
『心因性失声症ってやつ』
心因性失声症……?聞いたことがない。でも声を失うって書いて失声。彼女はホントに喋れない。
俺もショックで言葉が出ない。ただ立ち尽くしてる俺にまたメールが届く。
『今日はもう寝よ。私の布団貸してあげるから』
「……ああ」
西出はもうぐっすり寝ているが俺はあまり眠れなかった。俺は寝っ転がりながらスマホで「心因性失声症」と検索する。
ストレスや心的外傷などが原因で喉や脳には異常が無いのに声を出すことが出来なくなる病気。主に若い女性がなりやすい。声は出せてもものすごく小さい囁き声。
ストレス……。もしかしてキーホルダーのこと?だとしたら全部俺のせいじゃん。
俺は自分の人間関係だけじゃなくてひらの声も壊したっていうこと?俺はどれだけ周りに迷惑をかければ気がすむんだよ……。どれだけ壊せば俺は変われるんだよ。
俺は涙が出る。彼女には聞こえないようにグッとこらえて。
『大丈夫?』
「……え?」
俺は彼女を見るといつの間にか起きていた。心配そうな目線を俺に向ける。
『泣いてるよ』
俺は涙を拭う。なんでだろうな。昔からお前の方が泣き虫だったのに。いつの間にか心配される立場になったんだな。
「西出」
俺は布団から出て、彼女と対面する。
「本当にごめん!」
俺は思いっ切り頭を下げる。土手の土の感覚が髪の毛を通して伝わる。
「あの時、君のキーホルダーを壊してなければ!君もこんなことにならずに済んだかもしれない!」
「だから、本当に、本当にごめんなさい!」
俺はしばらく頭を下げたままだった。
『頭を上げて。ホントはあの時君に怒ったことちょっと後悔してるんだ』
「……え?」
『だから、謝らなくてもいいよ。でも、これだけは訊かせて』
俺は顔を上げて彼女を見る。
『どうして私のキーホルダー、壊しちゃったの?』
やっぱりこれは話とかないとダメだよな。俺は態勢を整えて彼女に話す。
「まず、君が違う中学行くって言われて少し腹が立って。で、次の日写真見せたじゃん俺に。」
こくん
「俺、実は5年生の時母親を亡くしてさ。西出の喋り方が『母親いないなんて可哀想』みたいな言い方だったからますます腹が立って……」
西出はスマホを操作する。
『ごめんね。やっぱり私のせいなんだよ』
「い、いやそんなことない。俺があの時感情を抑えられなかったから、西出のキーホルダーさえ壊してなかったら……」
沈黙が2人の間を隔てる。彼女も責任を感じてたんだ。てっきりひらはずっと怒ってるんじゃないかと思ってた。ずっと俺のこと惡んでるんじゃないかって。
「あ、そうだ」
俺はこのタイミングであることを思い出してポケットに手を入れる。それをひらは首をかしげて見ていた。中からは割れたひらのキーホルダーが出てきた。
「コレ……。あの後、ずっと持ってた。見たくないかも知れないけど」
『とっといてくれたの?』
「……あうん。いつか渡そうと思って」
俺は彼女の小さな手に割れたキーホルダーを乗せた。そして彼女は両手でしっかりと胸の前で握りしめる。彼女は少し泣いていた。
『ありがとう』
「あ、それともう一つ」
彼女はキーホルダーを持ったまま目線を合わせる。
「西出って小学生の時、俺のこと……どう思ってた?」
彼女は一瞬ビクッとして顔が赤くなるのを隠すように下を向く。
『大嫌い』
あ……ま……そうだよな……。そりゃキーホルダー壊した張本人だもんな……。
『でも、今は嫌いじゃないよ。ふつーって感じ』
ふ、普通。やっぱり西出って俺のこと友達って思ってるのかな。何回か好意をアピールしてたりしたんだけど。
「あっ、もう日の出」
いつの間にか空は明るくなっていて太陽が西から少しずつ姿を現していく。その太陽は俺達に新しい生活を知らせるような新鮮さがあった。
つんつん。
ひらは俺のほっぺを触って起こそうとする。しかしまだ夢の中にいる俺はそのことに全く気づかない。
とんとん。
今度は俺のお腹を叩き始める。でも、俺はまだ気づかない。
ゆさゆさ。
俺の体を揺らし始めた。まだ俺は夢の中で何かを感じ始める。
ふうふう。
俺の耳に息を吹き込む。俺は一瞬ビクッとして目を開ける。しかし彼女はそれに気づかず。
こちょこちょ。
「ひゃっ!ちょ、起きてるって!くすぐったい!」
俺はこちょこちょには弱かった。そのことは彼女も知ってる。
彼女はそんな俺を見てクスクス笑う。なんだろう、変わったなひら。彼女は口元を手で抑えて静かに笑っていた。
『おはよう。瑠希』
早速メールが送られて来た。
「ああ、おはよ」
そういえば俺等はずっと橋の下で寝ていた。彼女も俺が来る前からここで寝てたし。
「西出、家に帰らないのか?ずっとここにいるつもり?」
彼女は起き上がってコクコクと頷く。
「え?どうして。西出自分の家嫌いだっけ?」
ブンブン。と首を振る。
『私は私に出会っちゃいけないから』
彼女から送られたメールは俺には理解出来なかった。
「え?どういうこと?」
彼女は再びメールを打ち始める。
『元の世界とここの逆の世界。それぞれに1人づつ私が居るの』
「うん」
『逆の世界に私が行っちゃったから今は1つの世界に2人の私が居るってこと』
「うん?」
『で、逆の世界と元の世界。2人の私が出会ったら消える』
「え?」
『ドッペルゲンガーって聞いたことあるでしょ?』
「ああ、うん」
『そんなニュアンス。ドッペルゲンガーに会うと不幸が訪れるっていうじゃん』
「ああ……なるほど。とにかく自分に合わなければいいってこと?」
『うん、そゆこと』
だったら俺危なかったんじゃね?この前もう一人の俺に合いそうになったし。だから家には行かないのか。
ぐう〜。
「え?」
俺は西出の方を見る。彼女はお腹を抑えて顔を赤くしていた。
「もしかして、お腹空いた?」
……こくん。
「じゃ、何か買ってくる?あ、俺財布持ってるから」
『大丈夫だよ。私もお金持ってるから』
「いや西出。俺に奢らせてくんない?その……色々と迷惑かけちゃったし、ここがどんな所かも教えてくれたから」
彼女は段々と笑顔になってくる。
『うん、いいよ。その代わり後で私にも奢らせて』
「え?何で?」
『瑠希だって私のせいで変わっちゃったんでしょ?』
!
「え……?どうして俺が変わったって気付いたの?」
『そんぐらい分かるよ。だって友達でしょ?』
友達か……。そうだよな、俺達は友達。幼馴染み。
「うん」
俺らは近くにあったコンビニで朝ご飯を買っていた。とは言ってもこの逆世界ではもう夕方。
「これでいいの?」
俺はひらに訊くとこくんと頷く。彼女はチョコパンを買っていた。そういえばあの時あげたチョコ、食べてくれたのかな……?
俺は適当におにぎりなんかを買ってレジに向かった。
「たしまいざごうとがりあ」
店員が俺達に明るく言う。俺達はまた橋の下に戻ってさっき買った朝食を食べる。
『ありがとね』
食べてる時にメールが送られてきた。
「いいよ、気にしないで」
彼女はまた頷きチョコパンの袋を開けた。
「?達安れあ」
土手の上から話しかけられた。あれは平野?
「?のんてし何で所なんこ」
平野は土手を降りてこっちに向かってくる。
『だれ?』
「高校のクラスメイト」
「よかのたいにく近なんこ?たっかなてっ言かとろボサ業授日今、前お」
平野は俺の肩を掴む。そして一瞬ひらを見た。
「?のたい女彼前お」
俺は何喋ってるか分からない為何も話さない。
「よだんいならべゃしで何、いお」
平野は不思議そうに俺を見る。早くどっか行ってくれよ。
「!達安、いお」
強い口調で平野が怒鳴る。どうすりゃいいんだよ。その時、後ろからひらが出てくる。
「西出?」
彼女はまるで俺を守るかのように立った。
「……ん」
「?たっ言かんな?は」
「……ん!」
ひらはギュッと目をつむり両手を広げて声を出す。それは久し振りに聴いたひらの声だった。そして俺はひらの声が好きだったことを思い出した。あの高くて優しい声。
「よい来校学は日明。やいいあま」
そう言って平野は去っていった。ひらは力が抜けてそのまま座り込む。
「西出、大丈夫?」
彼女はしばらく座ったままだった。汗が出ていて心臓の鼓動も聴こえるくらい。
「なあ西出。ここは学校も近いしもう1人の俺にも会う可能性が高いからさ、どっか別の場所行こう」
彼女はやっと俺を見てゆっくりと頷く。そしてスマホを出してメールを打つ。
『瑠希、別の場所行くんならさ私と一緒に砂時計を探して欲しいんだ』
「砂時計ってあの?ここに来る前に触ったやつ?」
『うん。それを見つければ多分、帰れると思うんだ』
確かに……もともとここに来た原因はあの変な砂時計だしもう一回触れば戻れる?
「うん、分かった」
俺達は立ち上がって出発の準備をした。
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