第1.0話 全てを逆にする砂時計
卓球室にピンポン球の音が反響する。俺は陰キャ高校生。卓球部といえば陰キャが集まる場所……と思っていたけど意外に陽キャまたは陰キャでも陽キャでもない中立派の人が多い!この卓球部で陰キャといえば俺、という状態だった。
俺は今、一年生部活カーストナンバーワンの清水とラリーをしている。もちろん陽キャだ。常に笑顔で毎日くだらないギャグを言って。そしてなんと言ってもイケメンで卓球は一番上手い。俺の心は彼の嫉妬でいっぱいだった。
「よーし安達、バックやろうぜ」
よし……こいつフォアだけ上手い奴だからバックだったら俺の方が上手い。そうしてバックのラリーを始めたが……。なんかこいついつも以上に上手くね?
ラリー中にも関わらず清水は低い位置からバックでスピードドライブをした。その球は俺のバックよりも遥かに速かった。俺はその球を取れなかった。
「清水上手っ」
「俺、最近卓球教室に行き始めたかたさ」
「やっぱ清水ってなんでも出来るな」
「安達のバックより上手いんじゃね?」
部員達が清水だけを褒める。俺は悔しかった。卓球だけが取り柄みたいなもんだったし。ああ、中学ん頃練習サボってないでちゃんとやっておけば良かったな。
部活は終わり、俺は学校の自販機で炭酸飲料を買う。やっぱ学校の自販機って安いからコスパ最強だな。そう思いながらプシュッといい音を立ててペットボトルを開ける。そのまま駐輪場に行こうとした時、小学校の時同じクラスだった奴らとばったり会った。
「お、安達じゃーん」
「今度は何壊したの?」
「俺らの自転車壊されるかも」
「うわ、マジ?にげよーぜ」
それだけ言って彼らは去った。はあと俺はため息をつく。
小学校の卒業式、幼馴染みのキーホルダーを壊して俺は孤立した。たった一つのキーホルダーを壊しただけなのに俺は人間関係までも壊した。まさかこうなるなんて思いもしなかった。
俺は自転車にまたがり家に帰る。
帰り道の途中、俺はあの公園に立ち寄る。かつて彼女にチョコを渡した公園だった。そこでは小学生達がはしゃぎながら遊具で遊んでいた。
懐かしいなこの公園。よくあいつと一緒に遊んだな。そして俺はその過去を払拭したいと思ってたことに気付く。
俺は立ち上がって帰ろうとする。
コツン、と足に何かが当たった。
なんだコレ?砂時計?
地面には古い砂時計が置かれていた。中には黄色い砂が入っていて俺はそれをシャカシャカ振ってみる。
普通の砂時計だよな。誰かの落とし物か?だったら交番に……。と思ってその砂時計を見ながら俺は歩いていた。
この辺に交番ってあったけな……ってうわ!
俺は道路にあった段差につまずき身体が前に倒れる。そして地面と身体が接触する時、俺の胸にあの砂時計が当たる。その瞬間、強い光がその砂時計から出て俺は消えた。
「――うわあああああ!」
「ぐへっ!」
俺はワープしたみたいに身体がものすごいスピードで押されてまたさっきの公園に戻された。地面に仰向けになっていた身体をゆっくりと起き上がらせる。
「いってえ……。なんだったんだ今の」
砂時計はもうそこには無かった。
「――って寒!」
なんだここ!まるで冬みたいに寒い!俺は半袖短パンだったのでクソ寒い。
てか、なんだ?もう朝なのか?さっきまで午後の6時くらいだったのに。そして日の出の時間が来る。
なんか太陽、西から登ってないか?
そして俺の目の前に車が通り過ぎる。あれ?ずっとバックしてないあの車?しかも右側通行してるし……。
そして自転車も通り過ぎる。やっぱなんか後ろに走ってない?てかどうやって走ってるんだよあれ。
――それはまるで。
「んゃじ達安、お」
「は?」
俺は話しかけられたような気がして振り向く。そこには同じクラスの男子がいた。
「?たしうどに関時なんこ」
「ん?は?ちょ、普通に喋ってくんね?」
「ろしもお、よだんてし話らか逆でんな前お」
は?コイツ……どうした?頭でも打ったの?
それだけ言って彼は後ろ向きに歩いて去っていった。
――それはまるで、世界が逆になったみたいだった。
どうやらこの世の殆どが逆になってしまったようだ。まず人々が起きる時間帯は夕方。そして夜の真っ暗な時間帯に働いて朝に寝る。
太陽は西から昇って東に沈む。
車、電車、自転車、飛行機など全部後ろ向きで走って、人々は後ろ向きに歩く。
エレベーターのボタンは↑を押せば下に行くし↓を押せば上に行く。
歌も逆言葉で歌って高い声を出そうとすれば低い声が出る。
なんでこんなことになったんだ?元は俺があの砂時計を見つけたからか?
人々は自分が行ってる行動を逆とは思わず、俺の行動が逆だと思ってる。
おかしい、何もかも全部おかしい。頭のがパニックになる。俺は学校に行く途中考えてた。みんなに合わせる為仕方なく後ろ向きに歩く。
今気付いたけどみんな上履きで外に出るんだな。ということは学校内では外履き!?
「!達安!ーよはっお」
え?誰?後ろ向きに話しかけられたから顔を確認できない。でもこの声、平野?
平野は学校では俺と同じく陰キャグループに属してたはずなのに。まさか、性格まで逆になったんじゃ!
「お、おはよう」
「よだんてっ喋に逆でんな、かて。達安ねい暗日今かんな」
俺は喋りたくなくズズズと平野から離れる。何言ってんのかわからん!
「つやな変」
コイツ今「変なやつ」って言った?変なやつはお前らだよ。
学校に着いて外履きのまま後ろ向きで階段を登る。後ろ向きで階段登ったの初めてかも……。そして俺の教室に向かう。入ろうとして部屋を覗くと俺が居た。
俺が居た?
俺は向こうの窓付近で楽しそうに話していた。まるで俺が陽キャになったかのように。小学校の性格に戻ったように。
なんで俺が2人居るんだ?なんで逆の性格なんだ?俺はここに居ていいのか?
俺は咄嗟に前向きで走り出す。
「モキ方り走、わう」
「?達安てっれあ」
「?ろだんたしうど」
俺は外履きのまま外に出て校門を走ってる出る。たまたま先生とすれ違い「ぞだムールムーホぐすうも?だんく行こど」と言われる。
だから普通に喋ってくれよ!俺はもうここにいたくなく全力で走った。
はあ、はあ、はあ。どうなってんだよ?
俺はとりあえず学校の近くにあった土手まで走った。その間もいろんな人に注目されてたけど。
この世界を元に戻すにはどうしたらいいんだよ。
ポツ。
「ん?」
空は晴れているのに何故か雨が降ってきた。もう、意味わからん。俺は傘を持ってなかったのでひとまず橋の下へ走る。次第に雨は強くなってくる。
「うわ……びしょ濡れ」
冬の制服もビショビショになってしまった。空は相変わらず星が見えるのに雨だ。
「……う、寒……」
俺は座ろうと土手の斜面になってる場所へ行く。
「ん……?人?」
土手の斜面で人みたいなものを見つける。なんか……倒れてる?あの人。
俺はその人の所に行ってみる。その人は布団を被って寝ていた。土手で寝てる?もしかして倒れてる?
「あの……。大丈夫ですか?」
その人はビクともしない。近くで見ると女子だった。え?マジでヤバいやつコレ?きゅ、救急車呼んだ方がいい?
「あの!ホントに大丈夫ですか!」
俺はその女子の揺らして起こそうとする。
その女子は少し動いて横向きだった態勢から仰向けになる。
ああ……良かった。生きてた……。
俺はふうと息を吐く。そしてその女子はゆっくりと起き上がる。
「あ……だいじょ――」
その女子はひらだった。
かつて俺が壊したキーホルダーの持ち主。髪型も服も全然違うけど確かにひらだった。まさかのここで再会。
「……え?西出?西出だよな」
彼女は俺の目を見てハッと驚く。
「なあ、西出。覚えてる?俺、瑠希。ほら小学校の時一緒だった」
彼女はこくんと頷く。
ああ、ホントにひらだ……。俺、ずっと、ずっと謝りたかったんだ。あのことを。
「西出!久し振りだな」
彼女はまたこくんと頷く。
俺は違和感を覚える。
なんでひらは喋らないんだ?
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