―炎色反応―

ここあ とおん

第0.0話 ホワイトデー

「じゃあ、放課後いつもの公園でな」

「うん、分かった。すぐ行く」

 俺は小学校からの帰り道、幼馴染みのひらと手を振って別れる。

 今日はホワイトデー。バレンタインにひらから義理なのか本命なのか分からないイマイチな反応をしてチョコを渡された。

 俺は今日、本命のつもりで渡す。ひらは手作りだったので俺も手作り。中には「好き」と書いた手紙を入れておく。

 ひらは確か赤が好きだったから赤色の紙で箱を包んだ。

 明後日が卒業式だから気持ちは伝えた方がいいと思った。でも、ひらとは同じ中学に行くしこれが最後って訳じゃないけど…… 。

「ただいま」

 俺は家の玄関を開ける。家にはまだ誰も居なかった。俺は親にバレないように冷蔵庫の片隅に置いておいた手作りチョコを出す。その中にあの手紙が入っているのを確認する。

 ――よし、行くか!

 俺は気合を入れて玄関を勢いよく開けて自転車にまたがる。

 約束した公園は自転車で行って5分くらいしたところにある。俺達は小さい頃からよくそこで遊んだ。公園は鉄棒とかブランコ、滑り台、回転遊具、砂場があって1日あっても遊び足りないくらい遊んだ。

 俺は公園の入口に自転車を停めてベンチがある小さな東屋の中に入った。もうあまり遊具で遊ばなくなった俺達はここで話したり雨宿りしたりした。

 東屋の近くには小さな紫の花が咲いていた。

 ひらはまだ来ていなかった。俺はまだ迷ってる。あの手紙のことだった。俺は確かにひらが好きなんだ。好きなんだけど……。伝えたいけど……。俺の心の中にある天使的な存在に止められてる気がする。だってひらは俺のことを普通の友達として見ている気がする。いつも笑顔で話しかけてくれてその態度も人によって変わることがない。

 ああ……、俺はどうしたら。仮に渡したとしてもひらは「冗談でしょ?」と返してきそう。

 俺はチョコの箱に入っていた手紙をそっと取り出す。そして俺はその手紙をじっと見る。はあ……どうすれば。努力するのは苦手だし、誰かに優しくすることも。

「おまたせ」

「うわ!うえ……!ちょ!」

 俺は慌てて手紙をポケットに隠す。いつの間に。

「ごめんね。待った?」

「い、いや。大丈夫だよ」

 俺はひらの顔を見れる勇気は無く、下をなんとなく見ていた。

「で、なに?」

「あ、そうだ。これ」

 ひらは「ん?」と言いながらチョコが入っている箱を見る。

「バレンタインのお返し。いつもありがと」

 ひらは花が急に開花したようにパッと明るくなる 。

「うん、こちらこそありがとう!」

 最上級の笑顔でひらは笑う。

「ねえ、瑠希るきはさ、将来の夢って何?」

「え?どうしたの急に」

「だってもうすぐ中学生になるんだよ私達。なんか大人に近づいたみたいじゃん」

 ひらはもう沈み初めた夕日を見ながら俺に背を向けて話す。

「……俺は教師になりたい」

「え?いいじゃん。そうなんだ。私、おーえんするよ!」

 ひらは俺の目を見てまるで俺に憧れているかのような眼差しを送る。

「ひらは?将来の夢」

 そう訊くとひらはまた俺に背を向ける。

「……まだ決まってないんだ。何やりたいんだろ、私」

 ひらは少し悲しそうに話す。

「大丈夫、まだ大人になるまで時間はあるし中学生になってもさまた一緒にこうして話そうよ」

「……そのことなんだけど。ごめんね」

「……え?」

 ひらは東屋の椅子にゆっくり座る。俺はそれに促されている気がして同じく座る。

 

「私、瑠希とは違う学校に行くの」


「…………は?」

 俺の思考が一瞬止まる。何言ってるんだお前……。一緒の中学行くって言ってたよな。

「親の都合で……ホントごめんね」

 親の都合……。引っ越し?俺は怒りが出てくるがそれは段々と落ち着く。逆に悲しみが襲ってくる。

「……まあ、でも。仕方ないよな……」

 ひらはずっと地面を見ていた。

「でも、きっとまた会えるよな。いやきっとじゃない、絶対会おうよ」

「……うん」

 ひらは公園を出ようとすると急にしゃがみこんだ。

「ん?ひら?」

「ねえ、見て。ハナニラ」

「え?ニラ?」

 俺はひらの所に行き指差す方を見る。そこにはさっき見た紫の花があった。ハナニラ?っていうのか。

「可愛い……」

 その花をツンツンしながらひらは言小声で呟いた。そういえばひら、花に詳しいんだった。

「あ、またね」

「うん」

 その日はもう家へ帰った。



 卒業式前日。俺は昨日のことを思い出しながら学校の階段を登っていた。同じ中学に行けないなんて……。中学だけじゃなく高校もこれからもずっとひらが居てくれるって思ってた 。それが当たり前だった。そんな滑稽な妄想をしている俺は現実を目の当たりにした。

 教室に入って俺はランドセルを後ろのロッカーに入れる。今日はもうレクだけだったのでランドセルの中身は筆箱ぐらいしかない。

 友達と話してる時に教室からひらが入ってきた。

「あっ、ひらちゃん。おはよう」

「おはよー」

「河合くん、おはよー」

「あっ、西出さんおはよう」

「池田さんもおはよー」

「ひらちゃん。おはよう」

 ひらは毎朝いろんな人に挨拶を交わしている。なんか見ているこっちまで嬉しくてなっちゃいそうな感じがするのだが。

「……瑠希。お……おはよう」

「……おはよ」

 ひらは何か躊躇っている。ひらも気にしていたのだあのことを。

「あれ?ひらちゃん何それ?」

 ひらと仲の良い古橋という人がひらのピンク色のランドセルに付いているストラップを指差す。

「コレ?これはね、昨日お母さんと一緒に作った世界で一つだけのストラップ!」

「へえ、コレ作ったの!?スゴ!」

 ひらのランドセルには確かに初めて見るストラップが付いている。

「しかもコレ中にお母さんの写真が入ってるんだ」

「え?どれ見して!」

 ひらは俺の席の前でそのストラップを開けると中にはひらのお母さんがいた。凄く若い。

「瑠希も見る?」

 ひらがそう訊いてきたので俺は「うん」と言って写真を見せて貰った。いいな……。

「いいでしょ?ま、私のお母さんよりも綺麗な人なんていないからね!」

 ひらは自分の母親を偉そうに自慢する。

「瑠希のお母さんはどんな人なの?まあ少なくとも私のお母さんは超えられる訳ないけどね」

 俺はひらが言ったその言葉が激しく心に響く。その時俺は思い出していた。一年前の消したかった負の記憶を。俺は席を立って教室から出ようとする。

「え?溜希、どこ行くの?」

 ひらの質問には答えずに俺はそのまま教室を出た。


 放課後。

 今日は四時間目で終わりだった。六年生以外はみんな卒業式の準備をしていた。俺はひらと帰りたくなくお腹が痛いという言い訳を使ってみんなが帰るのをトイレの中でずっと待った。校舎に人の声がしなくなったので俺はトイレから出て教室に向かう。ランドセルを背負って帰ろうとしたとき、ひらの机にあのキーホルダーが置いてあった。恐らく、忘れて行ったんだろう。

 ――私、瑠希とは違う学校に行くの。

 ――瑠希のお母さんはどんな人なの?

 ――ま、私のお母さんよりも綺麗な人なんていないけどね。

 この二日間でひらにこんな感情を抱いたのは初めてだった。俺は目の前にあるキーホルダーがただ醜いものにしか今は見えなかった。

 俺はそのキーホルダーを掴んで床に落とす。そしてそのまま俺の足で踏んだ。バキッと鋭い音が、ひらのキーホルダーを、ひらの心を、俺の心を壊した。


 ひらとはもう、関わらない。


 しかし、今更ながら罪悪感が芽生えてくる。俺はそのキーホルダーを拾ってもう見たくないからと思い、教室のごみ箱に投げ捨てた。



 卒業式当日。

 俺は昨日の夜、あまり眠れなかった。どうして俺は好きな人の大切なものを壊してしまったんだろうか。腹が立ったからってやっていいものだったのか?

 俺は教室に一歩入る。するとクラスはあまりにも閑散としていて不気味だった。そして教室の奥の方を見ると数人が固まっていてさらにその奥に震えて座っている女子がいた。ひらはゴミ箱の前で割れたキーホルダーを胸の前に抱えて泣いていた。ぐすっと鼻をすする音がして一向にひらはそこから動かない。

 ひらは俺が来たことに気づいてゆっくりと立ち上がり俺に近づいてくる。

「……どうした?」

 俺はひらに訊いてみる。でも俺はもう分かってるんだ。ひらが泣いている理由を、だって俺がやったから。俺が壊したから。

「……朝来たらね、私のキーホルダーが割れてゴミ箱に捨てられてたの……」

 目を腕でこすりながらひらは俺に話す。

「……どうして、誰がこんなこと……」

「俺」

「……え?」

 クラスメイトが一斉に俺を向く。

「俺が……壊した」

「……え?」

 ひらは顔を挙げて「どうして?」という顔をする。

「嘘でしょ……?」

「いや、ホント」

「だったらなんで!」

 ひらが急に大声を出す。隣のクラスの人も様子を伺いに来ている。

「理由は……」

「何?仲良しだから?卒業式だから?もう会うのは最後だから?」

 ひらは俺に近づいて右手を挙げる。

「何してもいいってこと⁉」

 バチン!とひらに手のひらで叩かれる。その痛みは神経だけじゃなく心にまでも影響した。俺は少し態勢を崩して左頬を抑える。

 もう朝の会を知らせるチャイムが鳴って担任も何も言わずにこっちを見ている。

「瑠希とはもう、友達でもなんでもない!」

 ひらは走って教室の出口に向かう。担任が「おい、西出」と言う。そしてひらは一瞬止まって俺の方を振り向く。

「最低‼」

 そう言って、ひらは割れたキーホルダーを俺に投げ泣きながらひらは去っていった。

 この後の卒業式にひらはいなかった。俺は、いや俺たちは気まずい雰囲気の中で卒業した。先生も何も言えなかった。こんな日に祝福する日に、俺はなんてことをしてしまったんだろう。過去に戻って全部無かったことにできれば……。


 これが俺とひらの別れだった。


 中学校生活を一言で言えば、ただただ苦痛だった。

 あの日から俺はいろんな人に無視されるようになった。卒業式終わり、俺に直接は言ってないが陰口が聴こえた。

「安達マジ最悪」

「せっかくの卒業式なのに台無しだよな」

「俺もうあいつとは関わらないわ」

「あーあ、西出さんがかわいそ」

 わざと俺に聴こえるような大声で話していた。かつて大勢いた友達も全て俺の元を去って、周りは俺を避けて。中学の休み時間は教室に陰キャみたくいつも一人。陽キャに戻れば中学で知り合ったやつの反応が怖いから、結果、俺は陰キャを演じせざるおえなくなった。いつも一人で居て、誰とも話さず、友達も作らず、帰り路は一人で帰る。誰とも話したくなかった。そんな日々が三年間続いた。

 高校生になっても同じだった。もともと人見知りな俺はただ陰キャを演じ切るだけ。本当の自分は隠し、偽りの仮面をかぶる。だんだんそれが普通になってきた。家でも静かに過ごしてる。

 これがひらへの償いか?こんなんでひらは許すのか?いや、違うだろ。もっとこう……なんかあるはず。

 できれば直接ひらに会って謝罪したい。

 ひら、君は今どこにいるの?

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