[第五章:意外な仕掛け人]その3
「……アデュプスめぇ。あなたが例え宇宙の果てにいようとも、必ず辿り着き、裁きを与えてやります!」
私はそう叫び、
「シィムルグ!いますか?」
「クェェェェ」
洞窟の少し奥から彼はゆっくりと出てきます。衛星砲の攻撃範囲にはいたようですが、直に光を食らわなかったせいか無事だったようです(あれは物理的な破壊効果はほとんどありませんからね)。
「これから私は、衛星軌道上のアデュプスを撃ち落しに行きます」
「キェ?」
正気か?とでもいいただけに目を細めるシィムルグ。
「ええ、もちろん。アデュプスの言う通り、さすがに、あんな高い所に乗り込むのは無理なので、撃ち落す方針です。それも今すぐに」
早くしないと復旧され、接近対策を打たれてしまいます。それこそ、ユニットたちが群がってくるとか。邪魔者がいない今のうちに攻撃しなければ。
「あなた、ビームの射程はいくらですか?一キロ?」
「………」
彼は勢いよく首を左右に振ります。出来るわけないじゃん、とでも言いたげに。
私はその後もキロ単位で射程を聞きましたが、彼は全てを首を振って否定しました。
「……もしかして、メートル単位しかありません?」
首肯するシィムルグ。どうやらギリギリ三ケタのようです。十分凄いですが。
「……となると、それなりに接近する必要がありますね。五キロ上近くまで上がれます?」
「………」
無理なようです。またもや首を振って否定しました。
ですが、全く手が届かないというわけでもないようです。
「……衛星まで届かなくとも、それなりの高さには行けますか」
シィムルグに聞いてみたところ、アデュプスの衛星が確認できるぐらいの位置には、行くことが可能なようです。
「そうなると、足りない高度を埋めるかなりの長射程を誇る武器が要りますね…」
趣味人に頼めば用意はできるでしょうが、イチョウのせいで大量の趣味人たちが死に体にされたこの状況では。できる人を探し出し、かつ短時間でそんな武器を作ってもらうのは現実的ではありません。
「……せめてイチョウがこんなことしなければ」
まだ策の打ちようもあったのですが……。
「……、イチョウ」
そう言えば、結構前の事ですが、彼は、自分は本気を出せば宇宙まで攻撃を届かせられるとか言っていましたね。
「……さすがに誇張かと思いますが。しかし、本当はさっきみたいな大規模破壊攻撃もできますし、それなりの射程を誇った攻撃が出来るのでは……?」
ですが、彼は嘘をついていても平気な顔をできる人物。ただ脅すために嘘八百を吐いただけかも……。
「………本当にそうですかね?本当に彼は嘘をつけるほど器用なんでしょうか」
この一か月ほど、彼と一緒に行動し、彼の行動を何度も見てきました。彼自身のアホでムカつく言動は、思考回路は本当に、私を騙すためのただの嘘だったのでしょうか。
「どう見ても素にしか見えませんでしたが………」
怒り方も、何もかも、単純バカのそれにしか見えません。もし、そんな人格を完璧に、ボロを出すことなく演じるほどの能力が彼にあるのなら、先の接触時に、私を煽るとは思えません。
何故って、あの状況で人格の偽装は必要ないです。嘘があったことを言い、私の面白い反応を引き出すことが、目的だったそうですから。
であるならば、あの煽り文句は彼自身の性格ゆえに発せられたということになります。そしてそれは、いつもと全く同じようにムカつくものであり、つまりは彼の性格は今までの印象通りでほぼ間違いない、ということになります。
「となると、彼に嘘をつくなんて無理ですね。ましてや一か月間つきとおす何て」
あんな単純バカに。つまりは彼も私たちと同じだったのではないか、ということです。あくまで予想にすぎませんが、結構自信はありますよ?
ならば、力が急に上がった(本当の力を隠していた)のはおかしいのではないかとも思われますが、そんなことはないでしょう。
「…確かあの時、強化されたとか言ってましたし、大方、アデュプスが今日のために強化でもしたんでしょう。その時に今日の役割も教えたとか」
そのために彼はしばらくどこかに消えたのでしょう。もしかしたら、秤と一緒に教えられたのかもしれませんね(失踪が同時期なので)。
「まぁ、このちょっと飛躍気味の予想が間違っているにしろ、あっているにしろ。彼が今までの彼と性格面で変わらないのであれば……」
その力を、利用できるはずです。
「シィムルグ、行きますよ!」
私は彼に指示を出し、上に飛び乗ってその場から離れます。行く方向は、勿論上。アデュプスのいる方向です。
「……アデュプスは衛星軌道上を周回している。しかし、私たちの様子を見たいのなら、ここの真上かその近辺にいるはずです」
私を乗せたシィムルグは多き翼をはためかせ、上昇を始めます。
そこで、私は息を大きく吸い、叫びます。
「イチョウォォォォォォォォォォォォォォ!!私たちはぁぁぁァァァァ!!神様を撃ち落しに行きますよォォォォォォ!!あなたの大事な神様をぶちのめすんですよぉォォォォォ!!」
彼は、秤と同じように、神様アデュプスのために動いています。その神様が攻撃されるとなれば、座して待つ、なんてことはできないはず。
ですが、これだけでは彼を釣ることができるかは不安です。そのため、私はすかさず追い打ちを掛けます。
「実はぁぁぁぁぁぁ!!とある趣味人から世界一のチョコとやらをもらいましたぁぁぁぁぁぁぁ!!こっちに来たらあげなくもないですよォォォォォ!!」
その直後。
「なぁぁぁぁぁぁぁぁにぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
怒号とともに、地面を蹴って何かが急速に高度を上げていきます。
「し、シィムルグ、私の事は気にしないで速度を上げてください!」
「クェェェェ!」
彼は叫んで答え、速度を上げます。
勢いよく吹き付ける風を受け、私は必死になって彼に掴まります。
一方、下からイチョウと思しきものが迫ってくる。
逃げる私たちと追う彼と言う構図が、暫くの間無言で続きました。
そして。
「……そこそこ高い所まできましたね」
地上が大雑把にしか把握できなくなるぐらいの高さに、私たちはいました。かなり上方には、謎の巨大物体が見えます。
「何故にイカ?」
はっきりと細部まで見えるわけではありませんが、細長い胴体と多数の足らしきもの、その中心に巨大な筒状のものはなんとか見えます。全体が真っ白なそれは、ぱっと見でイカととれます。
最後の筒は、なんか赤いです。焼け付いているのでしょうか。
「……アデュプスですよね、こんなの」
一応、世界の上側には全盛期の人類が放った人工衛星が多数あるはずですが、さすがにイカの形はしていないはず。焼け付いているような部分がある事とその位置から、アデュプスのものと判断します。
「…ま、それはそれとして」
私が普通に話すことが出来るのは、シィムルグが疲労により、飛行速度がだいぶ落ちてきたからですね。
「……やはり、イチョウがいますね」
下を見ると、結構離れた所にイチョウが飛んでいるのが見えます。なんか強化されて飛べるようになっていたとしても、私たちに追いつけないなら、拾いに行くつもりでしたが、それは無用だったようです。
彼は私を見て叫びます。
「おい!なんのつもりだ!っていうか馬鹿なお前がどうして神様の居場所が分かったんだ!」
「おや、本当にあのイカがアデュプスの居場所ですか。これは良い情報」
そんな呟きは聞こえなかったのか、彼は続けます。
「お前らは地上で面白い反応を見せていればいんだ!神様に攻撃なんて自分勝手なこと、やるじゃねぇぞ!」
「……いやいやいや!自分勝手な事しているのは、神様……アデュプスでしょうが!またバカなことを言って!」
私はイチョウに向かって叫びます。
「なんだとぉ!?」
「それによって、私たちはとんでもない大迷惑を被っているんですよ!だから仕返しです!下らないゲームを終わらせてやります!」
「勝手なことを言うな!」
「知りませんね、このカス。私たちは今すぐにでも神様なんて撃ち落してやります!もう準備は出来ています!」
真っ赤な嘘ですが。兎に角適当こき、イチョウを煽りまくります。
「悔しかったらご自慢の長距離破壊攻撃でも撃ってみることですね。どうせ当たりませんが。勝手な自称神様に仕えているお笑い魔王なんかに」
「な……なんだとぉ!?何という奴だ!この僕様も、神様も侮辱しまくるとは…いいだろう!長距離攻撃をあててつやらぁ!」
…ふ。別に今の距離なら長距離の破壊攻撃なんてする必要、全くなのですが。さすが単純でプライドだけは高いバカ。あっさりと乗せられましたね。
「あなたがそうしている間に、もう秘策を使う準備は出来ました!さぁ、今から神様を撃ち落して見せましょう」
「やめやがれぇぇぇ!!そんなことしたら、僕様はこれからなんのために動けばいいか、分からなくなるだろうが!」
知りませんよ、んなこと。
「あっかんべー」
さっきからちょくちょく子供のような煽り文句ばかりですが、よくこれで怒れるものですね。彼の精神年齢が低いのか、とてつもなく短気なのか。
勿論、その両方でしょう。この一か月間の言動を見る限り。
操りやすいのでとても良い事です。
「撃ちます、もう撃っちゃいますからねぇ!」
私は早くしろと言わんばかりに言い、それっぽさを演出するため、無理をして背中の槍を片手で構えます。
さらに、シィムルグに指示をし、できるだけ何気ない動きでイカ衛星の真下に移動してもらいます。
「……く、くっくっくっく!」
そんな私の様子を見た彼は不敵に笑い、言います。
「そんなに死にたいか!いいだろう!この悪の魔王、僕様、イチョウが、お前をあの世に送ってやる!神様のためにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
直後、イチョウは腕を腰に当て、回り始めます。
すると、今までにない程の音量の叫びが消えてきました。
『僕様式最強の考えた一発……マオウノイチゲキ!』
ふと思いましたが、このアホ。アデュプスが作ったんでしょうか。いえ、多分どこかの趣味人に依頼でもして作ったんでしょう。恐らく、ゲームのユニットたちも。彼女自身に工作技術はなかったはずですから。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
叫びとともに、イチョウの飛行速度が上がったかと思えば、宙返りして態勢を変えます。
「あ、あれは………!」
なんと、プロペラです。
彼は体を高速回転させ、足を上にしてこちらに迫ってきます。
なお、足には彼の超威力のパンチと同じオーラありです。
わざわざ体勢を変えている事、新規に名前をつけていること、そして彼の自信満々の声からして、確実に強力です。
「……これはあたると不味いですね」
ほんの少し、不安になる私です。が、それをすぐに振り払い、意識を切り替えます。
「………まぁ、やってみせましょう!」
不安を完全にかき消した証として言い、私は呼びます。
「御代金様!」
声に応え、肩に見覚えのある箱が出現。私はイチョウの制御用に携帯していた大量のチョコを全部放り込みます。
……そういえば、チョコに反応しませんでしたね。彼の中では、神様の方が優先順位が上のようです。
「なんのつもりか知らんが、逃げられんぞ!お前を殺し、神様を守り、僕様はチョコを戴く!これはけっていじこうだ決定事項だ!」
おや。チョコも忘れてはいなかったようです。
「ま、そんなことは、どうでもいいんですけ………ね!」
私は体を捻り、シィムルグにも体を捻ってもらい、御代金様のレバーを動かします。
その瞬間、焦げ茶色の波が広がりました。
「なんだ!?」
「ふ」
広がった波。それは………。
「液体のチョコだとォォォォ!?」
御代金様で全部液体にさせてもらいました。賞味期限が過ぎていた物もありますし、有効活用できて幸い。
「しかし、こんなもので僕様は止まらない!浅はかだったな!このまま一直線だぁぁぁぁぁぁ!」
叫びとともに、相変わらず重力に反したまま、一直線にチョコの波に突っ込むイチョウ。
「…良い香りだ……じゃなくて死ね……ん?」
チョコを乗り越え、突き進む彼ですが、抜けた先に私たちがいないことに気付きます。
「さようなら~」
ギリギリで攻撃の射線上から逃げた私たちです。チョコは足止めではなく、煙幕替わりです。位置変更がバレたら、軌道修正して直撃されたかもしれないので。
「バカな………いや、す………ど」
私たちの回避が住んでの所になるぐらい、すんごい勢いで上昇していたので、彼の声は一瞬で聞こえなくなります
そしてそのまま、あげた勢いを止めらないのか、真上に飛んでいきます。
勿論、その先にはイカ衛星。
「本当は彼に炎の球でも撃ってもらうつもりでしたが…」
煽り続けた結果、随分シュールな見た目で今、この瞬間に。
「直撃、ですね」
「なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
遠くまで響き渡るイチョウの悲嘆の叫びを添えて。イカ衛星に瞬時に亀裂が走り、機体は爆発四散します。
「大迷惑野郎の爆破を完了………」
『してなぁぁぁぁぁぁぁい!だよ?』
「!?」
完全に終わったと思って下らない冗談を私が口にしたその時、爆発の中から何かが飛び出してきます。
「あれは………」
見覚えのある形です。以前私たちを理不尽にも踏みつぶそうとした……。
「迫りくる点Pぃ!?」
『クロノユキ!よくも私の引きこもりハウスを破壊してくれたなぁぁ!!だよ?』
かぼちゃとモンブランを模した巨大なアームを付けた巨大点Pが私たちに迫ります。
『まさかとは思っていたけど、本当にしてくれるとは!趣味を邪魔した仕返し、だよ?』
飛行機能がないらしい点Pは両腕を伸ばしてきます。
「な、何をする気ですか!?」
『握りつぶして、全治一か月にしてやる!だよ?』
「んなことされたら間違いなくあの世行きですよ!」
私たちは慌てて逃げます。
シィムルグは翼をはためかせて一気に下降。私は落ちないように槍を背中に付けなおして両手で捕まります。
ですが、点Pは彼が稼いだ距離を、腕を長く伸ばすことによってないものとして、かぼちゃの手で私を掴みます。
『このまま……可動域不足!?』
「あ、よかった」
わざわざ驚いて言うってことは、私を握り潰せないんでしょうね。
そう思い、私が安堵したのもつかの間。
『なら直接対決!だよ?』
モンブランの手が、真ん中でパックリと割れ、穴のようなものをむき出しにします。そしてその手は、掴まれた私を飲み込みます。
「むぐっ!?」
私は穴の中へ滑り落ち、トンネルのような内部を勢いよく滑っていきます。
「なんですか、これは………ってうわっ!?」
言っている間に、私はどこかに放り出されます。
「………あいたたた。ど、どこですここ?」
周囲を見渡すと、随分狭い部屋のようで、正面には巨大モニターがあり、それに向かって家具らしきものがいくつかあります。モニターには外の様子らしきものが映っています。
「……なんですか、これ」
多分世界の様子ですが、なんだか作り物感が凄いです。
「ほほう。上から見え見るとこんな感じだから、世界は模型と言うわけですか」
いや、暴論じゃん。
「秤に何か教えるように押されたから、適当こいたんでしょうね」
ま、そんなことは置いておいて。
「さて、と。多分何処かにアデュプスが……」
「ここにいる。だよ?」
「おや」
いつの間にか、それとも元からか、モニターの端にはアデュプスがいました。
「私をこんなところに放り込んで、何のつもりです?」
「言ったでしょ?直接対決、だよ?」
彼女は腕を上げ、袖から棒状の武器らしきものを見せつけてきます。
「……ほほう。何故ですか?」
「私の引きこもりハウスを破壊した報いって言ってる。だよ?」
彼女は睨みつけてきながら言います。
対する私は。
「私はですね。………大迷惑をかけたあなたにお返しをし!ゲームを即刻辞めさせ!安全なお仕事をするために、あなたを叩きのめして脅迫してやりますよ!」
ちょうどよかったので、私は最後の戦いに対し、目的を再確認したのです。さして意味はありませんが。雰囲気ですよ、雰囲気。
「……ゲームを止めさせるなら、撃ち落したら私死んじゃう、だよ?」
「……怒りが先行してしまったようです」
それでついやってしまったんです。
目が泳ぐ私。
「そんな反応を見るのは、私は好き。……でも、私はクロノユキを許さない!」
「…私も、許しませんよ!生きがいのお仕事のためにもね!」
私は重いドリルランスを構えます。
アデュプスは腕を上げたまま、私を睨みつけ、私も睨み返します。
『……なら、あなたには大人しく負けてもらう!』
私たちはお互いを叩きのめす気満々で叫び、短い戦いを始めました。
「潰れてよ!クロノユキ、だよ!」
戦いが始まり、叫んだアデュプスは腕を勢いよく伸ばします。
次の瞬間、彼女の服の袖から棒が出てきたかと思うと、それは一気に巨大化。
「な……!?」
私は驚いて固まります。
アデュプスの両手には最終的に巨大なフライ返しが二つ、あったのです。
「そぉれ、だよ!」
「くうっ!?」
即座にフライ返しを左右に広げ、私を挟もうとしてきたのです。
私は咄嗟にしゃがみ、どうにか直撃を避けます。
巨大なフライ返しは、アデュプスにとっても重いのか、動きが大雑把だったのが幸いしたようです。
「………今度はこちらの……ってわぁ!?」
急いで反撃に転じようとした私ですが、できたのは立ち上がったところまで。アデュプスに接近する前に、外れてから左にずらされていたフライ返しが二枚重ねで私を叩きとばします。
狭い空間故、私は直ぐに壁にぶつかり、落下して地面を転がることに。
「あ……いた」
私は唸ります。やはり、戦闘センスがないので、あっさりとピンチに陥ってしまうようです。相手も素人だと思いますが、それでも押されるぐらいに。
「……ですが、ここで負けるわけには……」
そう。フライ返しが金属性らしいせいか、全身がめちゃくちゃ痛いですが、勝てる気がしませんが、私は負けることはできません。
何故ならば。
「私のお仕事を邪魔したあなたに仕返しの一つもできず、終わるわけにはいかないのです」
私はアデュプスを睨みつけながら立ち上がり、考え、観察します。その動作、武器の大きさ、攻撃の威力、範囲を。
「……分かりましたよ」
今しがた自分の所に巨大フライ返しを戻した彼女は、攻撃の際、得物のサイズの都合上、全力で振るわなければなりません。そのため、攻撃の直後には隙が生まれるのです。
そこを如何にかついて一気に決めるしか、私に勝利の目はないです。力押しの類は私の身体能力ではできませんからね。
「それが出来るとすれば………」
攻撃を如何にかし、反撃に即座に繋げる。その条件を達成できるのは……。
「……なんと」
私が今、なんとなく勢いで構えるこのドリルランス。あの店員さんの言葉通りなら、これでフライ返しを被攻撃時に瞬時に破壊できます。まさか役に立つ日が来るとは。
「なら、回すしか………」
私はフライ返しを掲げ、再び攻撃を試みるアデュプスを見据えながら、ドリルランスのハンドルに手を掛けます。
「そぉれ!」
彼女が、掛け声とともに、フライ返しを私の頭上目掛けて振り下ろし始めます。
「ぼうっと突っ立っている何て、バカ!だよ!」
ふふふ。私は棒立ちをしているわけではないのですよ。あなたがそうしてフライ返しを振り下ろす間にもハンドルを回して………。
「……」
ま、回りません…!私は必死に力をいれているのですが、余りにも堅すぎてハンドルが全く動きません。
この不動のハンドルを負かすことができる膂力があるのなら、それこそなんでも穿つことができる速度で、ドリルを回転させられるでしょう。ですが、今言った通り、私にはそんな力はない。
……こ、このままでは!
「…ま…け」
私は、迫りくるフライ返しを見つめます。
……ああ、私はお仕事の邪魔をした相手に仕返しもできず、ここで叩き潰されるのですか。
そんな、そんなことって………。
「嫌です、嫌ですよォぉォォォォォ!!」
次の瞬間にでも私を砕こうとするフライ返しを見て、私は断末魔の叫びを上げました。
完全に負けを確信して。
「趣味を邪魔した報いだー!」
そんな叫びと共に私はここまで来ておきながら、あっさりと負けるはずでした。
……そう、はずでした。
「……おんがえし~、したからぁ~」
視界の端に、いつぞやご飯を分けた同類の姿が見えました。
その直後、ドリルが一瞬にして高速で回転を始めたのです。
「………!」
驚きの声を上げる暇もなく、ドリルはその回転を一気に上げ、まるで螺旋状の嵐のようになり、
「………な、だよっ!?」
見事、巨大フライ返しを穿つどころか、先端を回転の暴風雨で粉々に破壊したのです。
それを見たアデュプスは、驚きで固まってしまいました。
「……あ」
私は、潤滑油らしものにまみれ、ハンドルにぶら下がっている仲間を見ます。
確か、ご飯を上げた時、お返しをすると言っていました。それを、この絶好のタイミングでやってくれたのです。
随分都合の良い事ですが、別にいいです。ご都合主義も、何もかも、勝利に繋げてくれるなら、全ていいものです!ここに来ての幸運を喜び、
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
私は槍を捨て、全力でアデュプスに向かって走ります。
彼女は慌ててフライ返しの柄だけでも上げて私を阻もうとしますが、生憎この空間は狭い。彼女が重いそれらを上げるより、全力疾走する私の方がさすがに速いのです。
「てりゃぁ!」
「だよっ!?」
アデュプスの眼前に来た私は彼女に思い切り頭突きを敢行。それによって軽いめまいがするのを無視し、間髪入れずに彼女に飛び掛かり、倒します。
「……く、わ、だ……よ!?」
急な頭突きで意識が飛びかけたアデュプス。彼女が意識を回復させたとき、目の前には私の怒り顔がありました。
「お仕事の邪魔をしたこと、反省してください!」
いうが早いか、とどめの二度目の頭突きを、私は彼女に叩きこみ……、
「……まさ、か……まけた……だよ」
気絶……即ち負かすことに成功したのでした。
「……や、やりました。後は彼女を監禁でもして、ゲームを止めさせましょう」
そうすれば、もはや連中によってお仕事が邪魔されることも、失敗することもなくなるのです。
「……とても、すっきりしました!」
最後に、私はそう言って締めくくります。
配達物を燃やされた恨みを、諸悪の根源を打ち倒すことで、晴らせたんですからね。
「………まぁ、アデュプスとの仲は険悪になったわけですが」
なんて言いつつ、私はなんとなしに、フライ返しが当たったのか、ヒビが入ったモニターを見ます。そこには迫る地上の姿が映っています。
「……あ」
青ざめる私。
そう言えば、私たち落下する点Pの中で戦っていたのでした。内部の安定性が抜群過ぎてすっかり忘れていましたが。
「このままでは死んじゃうじゃないですかぁー!」
その叫びに応えたかのように、壁の一部がビームによって吹き飛びます。
「こ、これは………」
そこから入って来たのは勿論。
「シィムルグ!」
「クェェェェ!!」
私は急いで、アデュプスを抱えて彼に飛び乗り、落ち行く点Pから脱出します。
「……そう言えば、どうしてこんなのが衛星の中に、入ってたんでしょう」
以前見た点Pの先導者。彼がアデュプスの引きこもりハウスらしい衛星を作ったとするならば、辻褄は合います。
「……腕にユニットと同じ、かぼちゃケーキとモンブラン」
もしかすると、あの彼、ゲームのユニットの製作者だったりしたんでしょうか。そうだとすると、私は意外なところで黒幕アデュプスの関係者に接触していたことになりますね。
「…ま、だからなんだって話ですが」
ただの一時的なギャグ要因かと思いきや、本筋に絡むキャラだった、そんな意外な事実が転がっていただけです。驚き。
「そろそろ落ちますね」
言っている間に、落下する点Pは戦闘を続けていたらしいユニットたちの真上に落ち、爆発を起こしながら崩れ落ちました。
「ううむ。なんだかいい気分です」
私はそう言いながら、シィムルグと、ついでにアデュプスも一緒に地上に降りるのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます