[第五章:意外な仕掛け人]その2

「………大丈夫?」


「……は。ここは……」


 誰かの声を聞き、私は起き上がります。


「一応今は、安全な場所よ」


 爆発のせいか、くらくらとする頭を振り、私は立ち上がって辺りを見回します。


 どうやら洞窟の入口付近のようで、少し歩くと、外の様子を見ることが出来ました。


「……ひ、ひどいです」


 広がっていたのは、見渡す限りの焼け野原。深く生い茂っていた木々は燃え尽き、残っているのは溶けて変形した岩のみで、ほとんど何もありません。


 その大地には何人もの趣味人、その他が倒れており、彼らを病院関連の趣味人が嬉々として治療していました。


 被害を受けていない遠方では、ユニットが戦闘を続けています。


 さらにはイチョウが相手など関係なく、攻撃を仕掛けています。先程のような大規模破壊攻撃はしていなようですが、抵抗する擬人化属種の人々がボコボコにされています。ひどいです。


 そんな中でも喜んで治療する趣味人たち。


「…こんな状況でよく楽しめますね」


 さすがですね。


「魔法で火傷は治療はしたけど……大丈夫?」


「ええ。なんとか。ありがとうご……ああっ!?」


 お礼を言おうと振り向いた私ですが、視界に移りこんできたのは、なんと秤じゃないですか。


「あ、あなた……!治療は感謝しますが、よくも私の前に顔を出せたものです、ね!」


 思わず叫んだ私はへなへなと地面に崩れ落ちます。


「………」


 秤は視線を逸らしながら地面に座ります。


「あなたも、私を騙したようですね」


「………」


 彼女は何故か俯きます。ですが怒りの渦巻く私はそれには構わず、自分の言いたいことを言っていきます。


「…一応、確認しておきます。イチョウが言っていましたが、あなたは私に嘘を教えました。神様とやらのために。彼または彼女が私を観察するために」


 言いながら私は、最初どうして指名されたのか疑問に思いましたが、一旦置いておきます。


「これは事実なのですか?」


「…………」


 秤は無言です。先程の内容がイチョウの戯言であるならば、彼女は怒るはずです。神様をバカにしたことで起こったのですから。


 ……でも、あの時の反応を考えると。


「……確かに、私はあなたを、騙し、たわね………」


 彼女はゆっくりと顔を上げ、伏し目がちで言います。


「……信じたくはありませんが、イチョウと同調していた以上、そうですよね」


 私は頷いて言います。


「秤!」


 叫びに、彼女はビクリと反応します。


「……謝ってください!騙したこと!」


 それによって、ゲーム破壊と言う無駄なことを長時間やる羽目になり、しかも無意味なそれによって配達物が燃えるという被害を受けることになりました。


 仕掛け人のマッチポンプによってそうなった以上、私は多少なりとも怒っています。


 その感情は今、諸悪の根源であるイチョウと自称神様、そしてあちら側についていたはずの秤にも向いているのです。


「……すまなかったわ」


 彼女は素直に頭を下げます。


「……随分、あっさりと謝罪しましたね」


 神様のためだから仕方ない、とか言いそうなものですが。


 そんな疑問に答えるように、彼女は口を開きます。


「…ええ。私もそうだったとはいえ、結果的にあなたを騙したんだものね。私が疑いもせずに電話の言葉を信用したから、さっきあなたは死にかけた。私があなたを無理に付き合わせたから、あなたは殺されかけた。私のせいで…そうよ………そうよ」


 ぶっちゃけ、既に何度か戦闘で死にかけた気がしますが。


 しかし、珍しい長い彼女の言葉を不思議に思い、私は耳を傾けます。


「私が悪かったわ。長い間、頑張ってたから、つい信じ込んでしまって。騙されてしまって」


「騙され、た………?」


 そんなバカな。彼女もイチョウとグルのはずです。彼と同じ事を言い、彼と行動を共にし、同じように私を神様のために仲間にしようとしたのですから。


「………それは、一体……」


 驚いた私は秤に続きを促します。


「……。私ね、つい数日前までは、あなたに話したこと、全部本当だと思ってたのよ。でも違った…」


 彼女は続けます。


「だから、今回の作戦にも参加しようって、思ってた。でもね……電話が、またあったの」


「………」


 どうやら、その電話は最初に秤に情報を与えた人だったようで。彼女はそこで、教えたことのほとんどが、嘘であると伝えられたそうです。そして、電話主は自身が彼女が待ち望んだ神様ではないことを告白しました。


 当然、彼女はショックを受けたそうです。ずっと神様がいると思い、そのために頑張って来たのに、嘘を信じ込まされ、ただ利用されただけだったのですから。


 それからしばらく、呆けて放浪していたそうです。


「………あなたも、被害者でしたか……」


 今までの事を考えると、彼女がそうなっていたのはそこまでおかしくないように思えます。


 彼女はずっと、心から神様のため、ゲームを潰そうと頑張ってきました。


 電話主の話を強く信じていたからこそ、私の失言にも怒りました。


 神様のために勝手なイチョウの行動に耐え、私を仲間に入れるために説得の文言を考えました。


 真剣にやっていたからこそ、長い間投げ出さずにできたのです(私の失言のときも、頑張る意思を捨ててはいなかった)。

 それが全て無駄だったと知っては…。


「………何にしても、私が盲目的だったから、あなたに迷惑をかけたわ。ごめんなさい」


 彼女は再び、頭を下げます。正直、余りにもいまさらな感じがありますが、しかし。


 私を仲間に入れるためにどこか打算的に謝った時とは違い、今回は心から謝っている様子。言葉の感じや様子から彼女が嘘をついておらず、確かに被害者であったと分かります。


「いいですよ、もう。あなたが悪かったわけではない……。…とはとても言えませんが、とにかくもういいです。心から謝罪してくれているんですから」


「クロちゃん……」


 秤は感動した様子で、私を見つめます。


「な、なんですか」


「………あなた、天使みたいに優しいわ。その心の広さは、格好いい」


「そ、そうですか。……悪い気はしないですね」


 特に格好いいという文言。本来は格好いい配達員がいいですが、贅沢は言いません。これだけで十分嬉しです。


「……まぁ、それはそれとしておきましょう」


 頬を掻いて照れていた私ですが、いつまでもそうしているわけにもいかないので、意識を切り替えます。


「ところで、です。私たちを騙して、こんなことをする自称神様とは、一体誰なのでしょうか」


 イチョウの言葉が真実なら、ゲームは仕掛け人が私たちの反応に飽きるまで、一生続きます。それは相変わらず完璧なお仕事の遂行の確立を下げかねないものであり、大変困ります。


 後、純粋に迷惑です。


「ゲームをルール内で終わらせる方法はない。となれば……」


 全ての仕掛人であると思われる自称神様。これをコテンパンにし、脅しでもして辞めさせるしかないです。当然、それは絶対にやります。どうにかして。


 私は秤にそう伝えます。


「全ての仕掛人、ね……」


 彼女自身は別にわざわざ仕掛け人を張り倒しに行く気はないようです。どうやら、嘘のショックの方が大きいようで、怒りがそこまで湧かないそうな。


 それでも、私に結果的に迷惑をかけたお詫びなのか、考えるのを手伝ってくれます。例え答えが見つからないとしても。


「あなた、直接電話したんでしょう?なにか分かりませんでした?」


「いいえ。どうも、音声に処理をしていたみたいで、わかりやすく、とても神々しい感じがあったわ。…だから私は騙されたんだけど」


「それで騙されるあなたもあなたですね………」


 純粋過ぎです。


「……しかし、秤は分からない、ですか」


 ならばと、私はイチョウの言葉を思い出します。


 彼は自称神様について幾つかの事を言っていました。


 私たちの反応を見て楽しんでいること。天から見続けていること。観察が好きなこと。


「……天から、観察……」


 私が腕を組み、考えます。


 すると、秤が思い出したのか言います。


「そう言えば、どうしてあなたを指定したのかしらね」


「私を指定…………」


 そうです。同じ自称神様から命令を受けたイチョウも、私を求めていました。神様が言っていたからと。


「とすると、犯人は私を知っている人物……?そして私たちを天から見ている、ですか……」


 …………。なんか心あたりがないでもないですが。


「いえいえ、そんなバカな」


 …………。いやでも、可能性はなくもないような。


「どうしたの?心当たりでも?」


「………いえ、まさかねぇ」


 さすがに、あり得ないと思いますが……でも、もしかしたら?


「…いつも私を助けてくれますし………」


 ですが、疑いの目で見てみると、あながち、予想が間違っているとも言いきれません。


「よくわからないけど、確認してみたら?」


「そうですね」


 秤の後押しを受け、私は懐からポケベルモドキを取り出します。


「あー、あー。アデュプス、聞こえていますか?」


『うん。聞こえている、だよ?』


 すぐに返答がありました。


「そうですか。……ところで、一つ聞きたいことがあるのですが」


『なに?だよ?』


 アデュプスは不思議そうな声で言います。


 こんな様子の彼女が、ねぇ………まぁ、さすがにないでしょう。


 そう思いつつ、私は続けます。


「濡れ衣を着せる気はないのですが……」


 前置きをしてから、それを間を開けて言います。


「もしかしてあなた、イチョウの言う神様とやらですか?」


『………え、なんで分かって………あ』


『…………』


 私たちは驚いて無言になります。


『……い、今の反応は忘れて、だよ?と、ところでなんのことかな、神様って、だ、だよ?』


 完全に動揺しきって、震えた声が聞こえてきました。


「………ほう」


 まさか、ですね。まさか本当に……。


「…あなたがこの大迷惑な戦いの原因だとは思いませんでしたよォぉォォォォォ!!」


『ち、ちが…。……く』


 否定するのを諦めたのか、アデュプスはそれ以上言いません。


「あなたの始めたゲームのせいでお仕事は邪魔され、失敗もしました。……私の熱意を知っておきながら、なんてことをするんですか!」


『……ふ、ふふ。だから面白い。熱意がある奴が熱中するもので悲劇に会った時が特に、しかもクロノユキの反応が一番お気に入りなんだよ!』


「な、なんですとぉ!?」


『こんな楽しいもの、見ないわけにはいかない、だよ!好きな事なんだから!』


 趣味、ということでしょうか。確かに彼女も趣味人の一員です。


「……私にポケベルモドキをくれたのも」


 その選定基準は、反応の面白さ(アデュプスにとっての)であり、くれるのは反応の音声を拾うためでもあったのでしょう。


「ゲームにわざわざ名指しで巻き込むように仕向けたのも、もしかしたら私が襲われたのも」


 全部観察と言う趣味のためとは。


「では、人に情報教えるのが好き、なんてのは嘘で、私の反応を見るポケベルモドキを渡すために……」


 受け取るメリットを私につくったということでしょう。


『教えるのが好きなのも本当、だよ?』


「あ、そうなんですか。今まで色々教えてくれてありがとうございました。……ま、それはそれとして。それによってお仕事ができた恩はあります…が、それを指し引いても、とても許せる行動ではありませんね!」

 そう言うとアデュプスは開き直ったのか、


『私は許される気はない、だよ!』

 堂々とした感じで言ってきます。 

 それを聞いた私の怒りはますます強くなります。


「むきー!なら私刑を与えてやりますよ!私が許せるようになるまでね!」

 私はアデュプスの衛星があるであろう空を指さし、宣言します。

 それを見ていたのか、彼女はこう返してきます。


『…まさか、ここに来る気!?』


「どうにかして行ってやりますよ!私にはシィムルグとかの心強い味方がいますからね!すぐに行ってやります!」

 彼女はそれがあながち不可能ではないと、日ごろの観察から知っていたからなのか、叫びをあげます。


『ここは私の絶対領域、だよ!来させて溜まるかぁ!』


 その瞬間、空が光り見覚えのある光線が私たちに向かって高速で降ってきます。


「危ない!」


 突然の事態に、驚きと先ほどのダメージで動けなかった私を、秤は魔法の鞭で絡めとり、思い切り投げ飛ばしました。


「な……秤!?」


『外した!?』


 アデュプスが驚きの声を上げ、私が宙を飛ぶ中、光りに包み込まれる秤を見ます。


 彼女は、笑っていました。


「秤ィィィィィィィィィィ!!」


 手を伸ばすも、無意味。私は何もできず、イチョウの攻撃で何もなくなった地面を転がります。


「…………ごふっ」


「秤………」


 起き上がった私が見ると、秤は黒焦げになって地に伏せています。どうやら、衛星砲で麻痺状態にさせられてしまった様子。半日以上は動くことができないでしょう。

 死んでいないだけマシですが…。


「……く。アデュプス、私の友達を、よくもやってくれましたね」


『……処理…なかった。けど、クロ…ユキはここには絶対来れない、はず…。私のいる…ろには…』


 衛星砲を撃ったことで電力が落ちかけているようで、アデュプスからの通信は切れかかっています。


『……来れまい!』


 プツン、そんな音共に通信は途絶えました。


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