[第四章:怒りの大噴火]その3

「ふんふふ~ん」


 鼻歌なんて歌いつつ、私は秤と石造りの、例の町に入りました。背中に槍を背負っており、その中にイチョウも一応、持ってきています。


「……それにしても、結構本格的に中世の町ですね」


 門型の入り口にあった看板によれば、ここは中世好きの趣味人たちと、妖精や擬人化属種で協力して作った場所だそうです。


彼ら自身も住んでおり、そのせいか、ただの中世の町と言うか、お伽の国のような雰囲気も感じ取れます。デザイン上は、あくまで石造りの町なんですけどね。


 中には水路が存在し、上下水道も完備されているそうな。電気やそれを利用するものに関しては雰囲気を壊すので禁止だそうです。それ故、明かりはランプを使用します。


 ぱっと見、誰もが働いているように見えますが、その実、様々な趣味人が集まることで疑似的に普通の貨幣経済の社会が形成されているのです。つまりは、やっぱり物好きしかいないという事です。


「楽しみですね。お仕事するの」


「ふ~ん。楽しむといいけど。……けどどうしてよ。神様のために動くの(ゲームのはかい)を放棄するつもり?」


 秤は発言の後半、やや攻めるように言います。


 実は、離れたところで戦闘があるのをアデュプスが教えてくれたのですが、たまには休息が必要と押し切り、そこにはいきませんでした。他にもユニットを狩る人が出てきていることも理由にしましたね。


「お仕事も大切ですからね」


「ふ~ん。……まぁ、いいわ。だいぶ長い間付き合わしてるし。………神様のための時間が、刻一刻と無駄になっている気がするけど……」


 そう言いながら秤は脂汗を浮かべ、プルプルと震えます。神様のために活動しないと、禁断症状でも出るんですかね?


『いい加減に出しやがれ下僕!僕様は神様のため、暴れなきゃいけないんだよ』


 いや、暴れられたら困るんですけど。いい加減分かってくれませんかね、この阿呆は。

 ・・・あ、わからないから阿呆やってるのか。


「……ま、それはそれとして」


 さっさと依頼主から配達物を受け取りに行きましょう。


「行きましょう!アデュプスが示した場所は直ぐ近くですっ」


 それから私たちは町を進みます。


 最初は分かりませんでしたが、随分複雑な場所のようで、何度か道に迷いました。不思議な裏路地を通ったり、町内の河川をボートで案内してもらったり。塔に上って美しい街並みを眺めたり、酒屋で美味しい食事をしたり。もう楽しいたっらありゃしない。


「………って何をしてるんですか!?」


 趣味人のお手製のお菓子の家の中で、私は叫びました。


「!?何よ……もぐもぐ」


 お菓子を口いっぱいに頬張っていたため、驚いて落としかけ、慌てる秤。


「……この町、楽しすぎます。すっかり楽しさに飲まれていましたよ」


「…ふ~ん。それで…………もぐもぐ」


 相変わらず大量のお菓子を咀嚼しながら、秤は返してきます。


「ええ。……日頃のストレスが見事抜け落ち、大事なことの記憶も抜け落ちるほど、ここでの時間をエンジョイしてしまったのです。…なんということでしょう」


 もしかしたら、生きがいのお仕事をしているときより、充実していたかも。


「危なかったです。このままではただの観光客になるところでした」


「ふ~ん。それも別にいいんじゃない?」


「いや、よくないです」

 私は首を左右に振って言います。


「……それにしても美味しいわね、これ」


 どうやら、秤は私よりここでの時間を楽しんでいるようで、嬉々としてお菓子製の壁を千切っては食べ、ちぎっては食べています。賞味期限は、今日一日なので、急がないといけないようです。


「……これ、ゲーム破壊のことも忘れているのでは……?」


 見た感じ、彼女はお菓子に夢中過ぎるほどに夢中なよう。


「……秤、私は配達物を受け取ってきます。あなたはここにいていいですよ?」


「もぐもぐ……そうするわ。…今日中に食べきらないといけないから」


「え、これ全部?」


 お菓子の家は小部屋ぐらいの大きさはあるのですが……。


「ま、まぁ、彼女の自由でしょう。それはそれとて私は私のすべきことを…」


 次々とお菓子を口に入れ、可愛らしく頬を緩める彼女を背に、私は目的地へ向かいます。


「この家ですね」


 いくつかのうねる坂や階段を越えた先に、それはありました。


石かまどのような見た目の家です。二階建てのようで、二階には大きめのベランダがあります。


私が入り口の木扉をノックしようとすると、ベランダから声が。


「だぁれ?お姉さん」


「私ですか?」


 見上げればそこには、小さな男の子がいます。


 そして名乗らなければいけなくなったその時、私は思い出しました。


 格好良い配達者になりたいことを。


「……ふふふ。そこの少年、私はクロノユキ。あなたの配達の願いを聞き届け、やってきたものですっ!」


 私は格好良くポーズを決めながらそう言います。……感じます、決まったと。


「……格好悪」


「な」


 え?


「……本当に恰好いい人はわざわざ格好つけないよ」


「………な、そ、そうだった!」


 私はショックを受け、頭を抱えます。


 それと同時に、走ってきた犬の擬人化属種にぶつかられ、無様にも転がります。


「……格好悪い……」


「………ひ、久しぶりに感じましたよ、不運」


 咄嗟にやった格好つけが逆効果だったことや、格好つけたがっているだけに見えると気付いてショックを受ける私。


 しかし、いつまでもそうしているわけにもいかず、気持ちをいつもの文言で切り替え、少年の元へ行きました。


「……静かに来てよ、お母さんにバレると、不味いのぉ」


「は、はぁ?」


 家には少年の母親がいるようですが、何故か彼は私に玄関からではなくベランダから行くように言ったのです。


「とにかく。配達して欲しいものは何ですか?」


「うん。ちょっと待ってて」


 少年はベランダから自室に戻り、がさごそと物音を立てて何かを探した後、十枚ほどの封筒の束を持ってきました。


「これを配って来てぇ。裏側に家の場所が書いてあるから。後、家の地図」


「はい、どうも。……でも、どうして私を呼んだんです?」


 それなりの規模の町や都市であれば、私と同じように配達を好む趣味人が現れ、その領域内における郵便屋を勝手に担当するものです。


一方、一か所にとどまらない私のお仕事の範囲は、遠方への配達になります。趣味人の郵便屋は、拠点とした地域内しか配達をしないので。


「……え、だってぇ。ここの郵便やって、住所と名前を書いて、代金もいるんだもん。でも、お姉ちゃんはタダでやってくれるんでしょ?」


「まぁ、そうですが」


 見てみると、封筒には封がなされているだけで、裏側に家の場所のみ。郵便屋に出す者としては、随分手抜きです。子どもの手紙にそんなこと言うのも酷ですが。


「…それじゃぁ、言ってきてね。…あ、もしあげる人にあっても、わたちが出したことは秘密にしてね?」


「どうしてですが?」


 首を傾げて尋ねてみると、驚きの答えが返ってきました。


「……だってそれ、偽物のラブレターだもん」


「……は?」


「思わせぶりな恋文…でも端っこに、嘘だよ♡て書いてあるの」


 両手でハートの形を作って少年は言います。


「…全部偽物の…?あなた、こんなの配って何がした…」

 私の言葉を遮るように、


「配ること自体がしたいの。それでぇ、受け取って期待して読んで、偽物って最後に気付いた時………どんな気持ちになるかな?これで十回目だけど、ほんとにたのしい」


「……それ自体がしたい……」


 少年が不敵な笑みを浮かべて笑い始めました。


 そして私は理解しましたよ。どうやら彼は冷やかしが好きな趣味人のようです。既に九回も同じ事をしている以上、確実に。


「……あなた随分と性格が悪いですね」


 思わず私は呆れ声で言ってしまいます。


「……だって好きなんだもん。それはいいから早く行って。ね?」


「はあ、まぁ、いいですけど」


 運ぶ物の内容が何であれ、私は運びます。


「……聞いておきますけど、これ、お母さんは知ってるんですか?」


「ううん。でも、お母さんは愛の塊みたいな人だから、バレたら殺されるかもね」


 それでもやるんですか。さすが趣味人。自分の好きな事のためには命すらも賭けられるという事ですね。同じ趣味人の秤も自分の日常を犠牲にやっていますし、当然ですね。


「…とりあえず、私は行きますから」


「うん」


 少年は笑顔で私を見送ってくれました。しかし、今とはなってはその笑顔、ただの無邪気の子供のそれと見ることは、とてもできませんね。


 


▽―▽


「後五つですね」


 私たちがこの町に来たのは今日の昼前。昼過ぎまでで配達物を受け取り、今現在の夕刻に至るまでに半分を届けたのでした。


「もう日が沈みますね。……ここはランプしか明かりがないんでしたっけ?すると夜の活動は無理ですか」


 町は複雑に入り組んでいるため、明かりが少ない中で動くのは危険です。


 しかも私は不運な星の元。幸いなことにここまでは何の問題もなく配達が出来ましたが、ここで油断すれば失敗しかねません。


「……。でも、冷やかしの手紙送りなんて、やめた方が良いのでは?」


 そりゃ、諸悪の根源はこんなものを送りつけようとする少年ですが…。それに加担するのも………あれ、知ったうえで届けている私も同罪では?共犯の罪が成立している気がしてなりません。


「……。そ、それはそれとして。全部場所は離れているみたいですし。明日にしましょう。まずは秤を迎えにでも……」


 私はそう言い、今いる数多くの脇道に繋がった道を歩き、お菓子の家がある方向に向かおうとします。


ちょうどその時。


「……現地人。ちょっとぉ」


「ん?」


 背後から、誰かの手が伸び、私の肩を掴みました。


「何ですか……って!?」


「話が……あるぅ!」


「うわっ!?」


 私はそのまま近くの路地に投げ込まれました。


「いたっ………何をするんですか!」


 私はミサイル兜の中に封筒を突っ込み、急いで立ち上がります。


「言ったよぉ。話があるって」


 言いながら、フード付きのコートを被った、私を投げ入れた犯人が近づいてきます。


「あなたは………」


「……A、ユニット」


 犯人はコートを投げ捨てます。そして出てきたのは、見覚えのある姿です。


「え……!?」


 以前、イチョウを狙って襲撃してきたA軍のAユニット。それと装備しているものや服でも装は似ていますが、こちらは前者より背が小さく、少女のように見えます。


 彼女の発言が正しいのなら、彼女はB軍のAユニットなのでしょう。どうしてA軍のものと同じように、単身で笑われたのかは不明ですが。


「……く」


 私は考えを巡らせます。今すぐ背を向けて逃げるか、イチョウを引っ張り出して立ち向かうか。しかし、どちらもさほど効果的とは思えません。私の身体能力と以前のAユニットとの戦闘を思い出し、そう判断します。


「……逃げちゃだめだよぉ。逃げたら殺すからぁ。結局殺すけどぉ」


「物騒ですね…。わかりました、逃げません、抵抗しません。お話ししましょう」


 私は両手を挙げて降参の意思を示します。


「それで?何の話をするというのですか」


「現地人がどうして、するのか、だよぉ」


 どうやらB軍のAユニット(というと長いのでこれからはA軍のをエツ(AA)、B軍のほうをエビ(AB)と呼びます)は、私たちがゲーム破壊活動をする理由を知りたいようです。


 ……しかし、随分と分かり切ったことを聞くんですね。


「こちらは一応、真剣にゲームをしてるぅ」


「かぼちゃケーキかモンブランのどっちがいいか、でしたっけ?」

 やや投げやりに言う私。


「よく知ってるぅ。ジョーカーを従えているだけあるぅ」


「はぁ」


 エビは私がゲームについてある程度知っていることに驚くどころか、知っている前提で話します。Qユニットにより、こちらの情報はかなりあちらに渡っているようですね。別に隠していたわけじゃない以上、当然ですか。


「Aユニットは、ゲームを勝たなきゃいけないぃ。でも、現地人たちが邪魔をするせいで、作戦がかき乱されるぅ。大きな損害を受けたこともあるぅ。それで良いとは言うけれどぉ、でも役目を全うするためには邪魔ぁ」


「……?そりゃ、こっちは邪魔目的で動いているんですから」


 そろそろ、止めたいものだと思いつつ、私は言います。


「だからこそぉ、現地人たちにはやめてほしい。こっちにとってはとても迷惑」


 エビは当然のことを言うかのように毅然とした態度でそう言ってきました。

 そして。発言の最後の言葉に、私は反応します。


「迷惑?よりによってあなたたちがその言葉を使うのですか……?」


 発した私の声は、非難の色を含めたものに。

 ケーキの優劣決めと言う、どうでもいいことにより、破壊と言う迷惑を私たちは被っているというのに。随分と勝手な奴。

 そんな感想が私の中で生じます。


「…分かっているんですか?あなた達の方が、迷惑をかけてること」


 身勝手な言い草に苛立ち、つい言い返す私。


「なんのことぉ?」


「可愛らしく首を傾げないでください。誤魔化されませんよ」


「現地人、何を言っているのぉ?迷惑をかけているのは、そっちだってぇ。ゲームの邪魔なんて。それよりなんでぇ、私たちの邪魔をするのぉ?」


「……だから、私たちはあなたたちに無差別な戦闘行為による被害と言う、多大な迷惑を被っているからですっ!」


 私は指をエビに突きつけて言います。


「……おかしいなぁ。ただのゲーム要素がそんなことを考えるぅ?でも考えるからこそ、邪魔をしてくるのかなぁ?与えられた設定に合わないなぁ」


 そんな風に言うエビは、本当に理解が出来ていないようです。ただ首を傾げるばかり。


「………この際です。前々から思っていましたが、いい機会です」


 私は思っていたことをエビに対してぶつけます。


「あなた達はどうして、私たちの迷惑も考えず、勝手にゲームなんてできるんですか?」


「現地人たちの気持ちを考えるぅ?……当ユニットには、そんな機能はない」


 彼女はまたもや首を傾げ、首を機械的に左右に振ります。


「バカなこと言って誤魔化さないで下さい」


「事実としてぇ、Aユニットはあくまでゲームの駒ユニットぉ。思考回路はあるけどぉ、感情回路なんて搭載してないぃ。それ故、気持ちを考えるなんて、不可能ぅ」


「……本当にそうなんですか?」


 疑わしいものです。なんだか感じる雰囲気は寒々しいのですが、口調は感情があるように感じられるのですから。


「あたりまえぇ。だいたいここはゲームの舞台に過ぎない設定ぃ。現地人の気持ちを汲む必要が、どこにぃ?」


 イラつきますね、こいつ。


「…とにかく一言言っておきますが、あなたたちのゲームは迷惑なんです!即刻止めてください!いい加減に!」


 言ってやめてくれるのなら、是非とも止めて欲しいものです。私のためにも、あの村の人たちのような方たちのためにも。


 そう思っていたからこそ言ったわけですが、エビの心には全く響いていない様子で、


「断るぅ。当ユニットは命令通りの範囲を大幅に逸脱する動きはできないぃ。早く止めて欲しいなら邪魔をするなぁ。そのうち終わる、かもぉ」


 首を傾けながら可愛らしくエビ。

 っつうか、かもとか、ふざけてるんですか?


「……あなた」


 私の中でじっくりと蓄積されてきた不満、怒り。昼間、楽しい時間を過ごしていたことや、戦いの長さのストレスで嫌になって避け、忘れていた、それらが再熱を始めます。


日常も何もかも壊してくる、そしてお仕事を邪魔しかねない、全ての原因に対して。くだらないゲームとそれを始めた者たちへ。


「………うん。お邪魔要素の現地人に、説得するという仕様はない。理解したぁ」


 彼女は首を傾げるのをやめます。


「………どうやら、あなたには何を言っても無駄のようですね」


「当然のこと。Aユニットはゲームの勝利のためだけの存在。ゲームそのものに抗議したいなら、ゲームマスターにでも抗議すればぁ?」


「……ゲームマスター……」


 そう私が呟いた時、エビはすっかり陽が落ちた空へと舞い上がります。


「………なにを……」


 私は警戒を強めます。


「……そして。現地人、理解した」


 武装を展開し、エビは冷たい瞳で私を見下ろし、言います。


「Aユニットは現地人たちが何を思っていようがぁ、ゲームを続行する。その邪魔をする迷惑野郎は、排除するぅ」


「……」


 ただならぬ雰囲気が場を見たし、私は緊張で冷や汗を流します。


「Jユニットぉ、出番」


「出番ですよ、イチョウ!」


 声は同時。


 戦力の出現はあちらが少し早い。


『……』


 壁を、路地を壊して現れるのは、巨大なモンブランに三つの蜘蛛のような長い足をつけた巨体。重火力ユニットのJユニットが六体が出現します。


 一方、私は槍の収納スペースの蓋を若干手こずりつつ開け、中のベルトに懐から取り出した板チョコを突っ込みます。

 直後。


「……はぁっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!正義の魔王、僕様イチョウがここに、光臨したぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 チョコレートを食べたベルトから光が溢れ、見覚えのある、見ていて苛立ってくる男の姿が構築されます。

 彼は形成が終わる間に槍から飛び出し、私の前に両腕を組んで仁王立ち。


「イチョウ!とっておきのチョコを上げたんです!頑張って倒してください!敵には、Aユニットも含まれています」


「何ィ!?……これは、僕様の本気を見せる時が来たようだな」


 イチョウは嬉しそうに腕をポキポキと鳴らしながら言います。


「………周囲への被害は、最小限にしてくださいね」


「やかましい!」


 彼は一喝すると、現れたJユニットたちの中に、馬鹿正直に突っ込んでいきます。


「……死ね」


「!?」


 そうです。エビが自由でした。彼女は剣を私に向かって振りかぶってきます。空気を鋭く切り裂く刃は私の兜を捕らえ、まるで豆腐を割くかのようにあっさりと深い傷を作ります。


「……あ、危ないっ」


 驚いて道端の小石に転んだのが幸いでした。そうでなければ顔が綺麗に真っ二つになっていたことでしょう。


「…不運もたまには役に立つものですっ」


 呟きながら、私はその場を逃げ出します。


 イチョウが周囲に被害を出すことを放置したくはないですが、このままでは私が殺されかねませんし、Aユニットがいる以上、現状の戦力では不足です。


アデュプスとシィムルグは呼ぶのにも、攻撃してもらうのにも多少の時間がいるので、今にも殺されそうな状況では読んでもあまり意味がありません。それ故、秤に助けを求めることにします。


「逃げるなぁ。ゲームの邪魔ものぉ」


 声だけはふわふわしつつ、しかしどこか機械の様に冷淡な声でエビは言い、人のいなくなった通りに出、逃げる私を追います。


「……速い」


月明かりに照らされた道を、私は必死に逃げます。アデュプスに一言連絡を入れる暇もなく。


「…………そこぉ」


「!?」


 放たれたエビの銃弾が、近くの石壁を吹き飛ばしました。


 威力が高いせいか、石が粉々になって粉塵が舞います。私はそれを隠れ蓑に別方向に逃げます。そして彼女は少し遅れて迫ってきます。


「……すこし、遅い?」


 私は周囲にある様々ものを利用し、エビに目くらましをし、できるだけ複雑な道を逃げます。


 しかし、彼女が私を追う速度は決して遅くありませんが、以前襲撃してきたエツ程の速度がありません。攻撃の精度もかなり低いような。私は銃弾を避けられるような身のこなしを持たないのでわかります。


「……偽物、なのかもしれませんね」


 そもそも本来の敵ですらないものを排除するために、大将自ら出撃してくる、なんておかしいですからね。


秤の話からも、Aユニットに性能差はないようですし。大方、10ユニットを使って劣化コピーを作ったか、変装の趣味人を使いでも使ったのでしょう。恐らく、本来の用途は敵の攪乱だと思いますが…。


仮にその予想が正しい場合、大将がノコノコ出てきていると誤認させるのが主目的で、私を襲うのはついでかも。


そんなことを考えつつも、私は逃げ続けます。


「これは…!?」


 少しして。秤との合流が未だ叶わない私は、実を潜めるため、エビに隠れて町の端にある塔にいました。昼間、私が町全体を見た場所で、中は伽藍洞でいつでも誰でも上る事のできるものです。最上部は上半分が天井以外なく、結構広い場所です。


「……まさか、さっきの予想が、あたって……」


 少々、突拍子な予想だと思ったのですが。それが正しくなければ、あんなものはこないでしょう。


「………どうしましょう」


 私は、飛べるエビ(偽)に見つからないよう、部屋の半分の高さしかない壁から顔を出し、外を見て呟きます。


 塔から見えるのは町全体。である以上、町の外側もある程度見ることができるのです。そして私は、目にすることになったのです。


「……この、かぼちゃの大群」


 冗談ではないですよ?かぼちゃ頭……つまりはA軍が大挙して、四方八方からこの町に迫ってきているのです。


おそらく、エツがQユニットでエビ(偽)を見つけ、周囲の軍を集めているのでしょう。なにせ、千載一遇のチャンスに見えますからね。


「……このままだと」


 この町は、A軍にすり潰されるでしょう。彼らはAユニットを撃滅するため、全力で攻撃を加えてくること間違いなしです。


「……ここからなら、逃げるように」


 塔から全力で叫べば町の人たちに逃げるように言えます。しかし、その声が届くかどうか。


「……もう。ただでさえエビに追われているのに。さらなる厄介ごとを発生させるなんて……迷惑な」


 私は苛立って拳を震わせます。背後に迫る気配に気づかず。


「邪魔者は殺すぅ」


「……え?」


 私は咄嗟に体をよじります。打ち出されたエビ(偽)の銃弾は私の兜の端をかすりながら床に着弾。それは瞬時に床を陥没させ、罅が広がります。


 そこに、咄嗟の行動だったためにバランスを崩した私は右足をついてしまいます。


 同時に、結構力強く踏んだことで罅が瞬時に広がっていき、足場が崩壊。


 私は足場が半分消失した時点で呆気なくバランスを崩し、塔から落ちます。飛ぶことなんてできないため、崩れ行く塔共に、地面へと真っ逆さまです。


「…ゆ、油断しましたかっ!」


 思わず叫ぶ私を追い、エビ(偽)は剣を構え、床を一蹴りして宙へ飛び出します。


「…ちょ、不味いですっ!?」


 重力に引っ張られるままの私は、何の抵抗もできません。せいぜい手足を振るだけです。このままでは剣に貫かれて人生が終了です。

「……しかし、これはどうしようも…!」


 相手との距離が近すぎます。これではアデュプスに砲を撃ってもらうのも、シィムルグに助けてもらうのも間に合いません。


「……こんな、勝手な連中のせいで、お仕事ができなく、なるのですかぁー!」


 手詰まりの私の頭の中にいろんな気持ちが一斉に膨れ上がり、行き場のなくなった気持ちが叫びとして出ます。


そしてそんな無意味なことをしている私を、地上からの鞭が絡めとり…。


「これ……はぶっ!?」


 地面に叩きつけました。骨が折れたかも。


「ふ~ん。大丈夫?」


「……だ、だいじょうぶでは……ひ、ひきずらないでぇ!」


 訴えは無視され、私は塔の下にあった広場に、軋む体を引っ張り込まれます。


「……か、体中が痛い…」


 鞭を解いてもらった私はあまりに痛過ぎる体を庇いながら起き上がります。


「ふ~ん。まぁ、無事のようね」


「は、秤ですか。随分と都合の良いタイミングで」


 何があったのか知りませんが、彼女は体中にお菓子の破片をくっつけています。


「どうしたんですか、それ」


 秤の体を見た私が言うと、


「お菓子の家食べてたら、何かに蹴飛ばされたのよ。お菓子だったような気もするけど」


「…それ、多分Jユニットですよ、B軍の」


「……。なんてこと、これは私への天罰だわ。神様のために活動するのをサボったから……役目を果たせと神様が寄越したんだわ……」


 秤は頭を抱えて言います。


「……」


 神様が寄越したのなら、あなたが怒った、仕掛け人は神様、が成り立ってしまいかねませんが……。そこに関して突っ込むのは止めておきましょう。


「……それはそれとして。秤、またAユニット……の偽物かもしれませんが出ました」


「……何ですって?」


 彼女は私の言葉に視線を鋭くして反応します。


「……………それに、あとJユニットが六体に、無数のA軍のユニットが町に迫っています」


「………は?」


「無数のユニットが迫って来てます」


「………よし、戦いましょうか」


 少し思案して秤はそう言います。


「いやいやいやいや。なに無謀なことを言っているんですか!?」


「神様のためよ。ユニットが大量に来ているんなら、ここで殲滅してゲームを終わらせればいいのよ!」


「無茶言わないでください!無理ですよ!ここは町の人に逃げるようにだけ言って逃げた方が良いですよ!」


 ちなみに、町の人たちは外のユニットたちには気づいていないのか、これとアクションは何も起こしていません。


「神様のための行為を、これ以上放棄するのはダメよ……。数百を相手にして勝ったイチョウもいるし、不可能ではないはずよ…」


 と秤が言った時、私たちの目の前にボコボコになったイチョウが投げ込まれました。


『……………』


 どういうこと?…いや、予想はできなくもなかったかも。


「これがジョーカー?弱すぎぃ。……ああ、そっか。バカだから殲滅戦しか能がないんだぁ。あっちを瀕死にしたのも、ジョーカーじゃないし。本来の役割的には十分働いてるらしいぃ?」


 イチョウが投げ込まれた方向を見ると、エビ(偽)と、Jユニットが四体います。


 どうやら、彼はユニットたちにリンチにされたようですね。


「……こんなに弱かったかしら、イチョウって」


「まぁ流石に、もう少し強かった気がしますけど…」


「……バカな…魔王の必殺技……は出すまで、待つべき……せっかく、新作…」


 意識を失いかけているイチョウは、ご丁寧に敗因を説明したのち、白目を剥いて気絶しました。


『なるほど』


 私たちは合点がいきました。どうやらイチョウは新しい必殺技を出そうとし、エツの時のように露骨に隙を作ったんですね。それにつけこまれてJユニットにタコ殴りにされたと。


「アホですか」


 彼は一人にするのは良くありませんね。今ままでは私か秤が制御やフォローに回っていたから大丈夫だっただけで。


「……ってそれはそれとして不味いですよ!」


 私たちの周りには、五体のユニットがいます。そのどれもが臨戦体であり、Jは頭頂部の栗らしきものを私たちに向け、エビ(偽)は銃口を私たちに向けています。


「……くっ」


 秤が魔法の鞭を振りかざそうとします。しかし、Jユニットの栗から出た光線が彼女の腕を直撃。声にならない叫びと共に秤は魔法を思わず解除してしまいます。


「……これは、非常に不味いです」


 ピンチ、それも尋常ではない。このままでは今度こそ、人生が終了です。


「これで終了。邪魔者三体、処理、開始」


 その言葉とともに、Jユニットの頭頂部の栗が光り、エビ(偽)が剣を構え、それら全てが私たちを向き……そして。


「秤!」


 私が秤を押し倒したその時。全てが私に向かって放たれました。


「……クロちゃん!」


「は、秤……」


 何気に、本編中で初めて愛称で呼んでくれましたね。…ま、それはそれとして人生、さようなら。


「ああ、死にたくな…………ってあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 精々目を瞑って安らかに思ったのに、目の前で、目の前で…。


「お届け物が………!」


 散々傷をつけられたミサイル兜の蓋が取れ、残り五つの封筒が落下。それらが一番最初に飛んできたビームに焼かれ、一瞬にして蒸発してしまったのです。


「…………」


 その瞬間、私の頭は真っ白になりました。


「…………あ、あら?」


「………………?」


 どうやら、跡形もなく焼き尽くされたことによって真っ白になったわけではないようです。


「……そこまでだ、迷惑野郎ども!」


「被害者の救出完了ですっ!」


「よしよし、いい子だ」


「わん!」


「……ど、どういうことよ……」


 戸惑う秤の声。


 いつの間にか、私たちは何人もの集団に担がれ、近くの建物の屋根の上にいました。


 その内の一人、見覚えのある店員さんが叫びます。


「許さないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!お前たちは絶対に粉々に粉砕してやるゥゥゥゥゥ!!」


 叫ぶや否や店員さんはドリルになり、私たちがいなくなって困惑のような状態にあるJユニットたちに突撃。それに続き、頭だけ鳥人間やサイボーグマントヒヒ、全裸の人などが現れて突撃。ユニットたちを多種多様な攻撃でタコ殴りにします。


「……」


 設定されたHPヒットポイントがなくなったのか、Jユニットたちは砕けて消えます。


「邪魔者がぁ?」


 エビ(偽)は危険を察知して空に舞い上がり、逃走を図ります。


 が、そこに足の生えた小型ヘリが取り付き、鳥人間が群がります。


「な、なにをするぅ………?」


 急な事態に困惑したのか、そんなことを言うエビ(偽)ですが、鳥人間たちにつつく、蹴るなど様々な攻撃を至近距離で無数に食らい、ついにはボロボロになって広場に落下します。


「……一体、なんなのぉ……現地人たちはぁ」


 まるで瀕死の動物の様にぴくぴくと体を震わしながら、エビ(偽)は突如現れた人々を見上げます。


『私たちは被害者だ!お前たちの迷惑極まりない行為のせいで、散々な目に逢わされたな!』


 ぴったりとあった声が、幾つも重なって増幅された声がエビ(偽)に届けられました。


「…やっぱりぃ、現地人はぁ、排除すべき…ゲームがちゃんとできない……このままだとぉ」


 そう言うと、彼女は脱力。直後に背中辺りにひびが入ってJユニットと同じように砕け散り、姿が全裸の少女に変わりました。どうやら本当に、10ユニットを使って操られたものだったようです。


「さぁ、外の連中も……」


「それなら、あいつが」


 全裸の人が町の外を指します。そこには、五十メートルにも達する巨体が存在しました。どうやら、趣味人製作のロボットのようです。


『うせろーん!』


 そんな叫びと共にロボットが拳を併せると謎の真っ赤なビームが出て、全てのユニットをなぎはらっていきます。ついでに町もちょっと抉れました。

 最後には、負荷が大きすぎたのか勝手に爆散して崩れていきましたが。


「……な、なによ、これ……」


 秤が困惑顔で言います。


「僕たちは、あの連中を狩るために活動しているんですゥゥゥゥゥ」


 ドリルの店員さんが戻ってきて、説明します。


 どうやら、総勢数十名の彼らはユニットたちのせいで家や作品を壊されるなどの被害を受け、復讐のために立ち上がった人たちのようです。結成はつい一週間前とのことで、私がアデュプスから聞いていた、別でユニットを倒している人たちが集まったようです。


「…あらら、怪我をしている」


 集団の中にいた看護師(自称)が、ビームを受けて火傷した秤を手当てに掛かります。


 その後、他の人たちは町の周囲に残ったユニットを狩りに行きました。


「久しぶりですねぇぇぇぇぇぇ」


 唯一その場に残ったドリルの店員さんは私に話しかけます。


「どうですぅぅぅぅぅ?一緒にあの連中を狩りませんかぁぁぁぁぁぁぁぁ?」


 彼女は相変わらずの口調で言います。


「………ところで、さっきからどうしてずっと黙ってるんですゥゥゥゥゥ?」


「……ああ」


 ええ、そうですね。確かに私は黙っていました。今までずっと、肩を震わせ、口を固く結んで。


「…ええ、ええ、ええ、ええ」


「ど、どうしたですかぁぁ?」


 不気味に笑いだした私に驚いて後退る店員さん。


 ですが、私は止めません。止められません。だって、だって……。


「配達物が、配達物が………」


 見事に、跡形もなく、塵も残さず焼却されて………っ!


「許さない、許しませんよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!完膚なきまでに、叩き潰してあげます!ぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッたいにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 私は怒りに燃えています。今までの人生で一度もなかったぐらいに。何故か?分かっていると思いますが、配達物を消されてしまったから。それがなんにしろ、配達物である以上、送り先に確実に届けなければならない。ですが、先ほどの攻撃で送る物事態が消滅してしまい、お仕事は絶対に達成できなくなりました。


「我慢なりません……あいつらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 何気に、私は今まで致命的な被害は追っていませんでした。ゲームが行われることによって。だからこそ、ゲームの破壊に対して、どこか真剣ではありませんでした。だからこそ、町に来る前、やめようかとも思ったわけです。


「ですが……今は、違いますよ………」


 私の心は大噴火を起こしました。怒りと言う名の溶岩を盛大にまき散らして。


「店員さん」


「な、なんですかぁ?」


 私の全身から溢れ出す殺意。それによってたじろぐ店員さんに、私は言います。


「やります、私も。今までと同じように…いえ、今まで以上に。やつらを、消し炭にしてやります!」


「……く、クロちゃん」


「なんでしょう?」


「あ、う、なんでもないわ……」


 無意識のうちに私は威圧的な声を出してしまいます。秤も店員さんと同じような反応をし、それ以上何も言いませんでした。


「さぁ、やりますよ!連中を、ゲームを!叩き潰してやるのです!」


 そうやって仕返しをし、そしてゲームを潰すことで当初の目的である、完璧なお仕事遂行の確立を上げてやるのです。


「待っていてください、あなたたち!」


 夜の空に、私のユニットたちへ向けた絶叫が響き渡りました。


 それから、私たちの私たちによる、私たちのための戦いが始まることになります。


「…私たちの行動が迷惑だというのなら、徹底的に迷惑をかけてやりましょう。それが、私たちに散々被害を出してくれた、大迷惑戦の報いです!」


 その後。私たちは数多くの人々と合流し、集団の規模を拡大し、ついには。


「……時は、満ちました」


 ある大きな作戦を考案、実行に移すことにしました。その是非を問う質問は、満上一致で是、です。


「……作戦名は、[絶対皆殺す]。皆さん、いいですよね?」


 急造の会議室に集まった仲間たちは、頷きます。誰もが同じ気持ちで、体全体から炎のような闘気を発していました。


「……では。奴らに一泡吹かせに行きましょう」


 その日、同じ思い持った者達は一斉に動き出しました。


 全ては、奴らに仕返しをするため。ゲームを叩き潰すという、迷惑の代償を与えるため。


 私たちはただそのために、これが黒幕の思い通りとも知らず、動き出すのでした。

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