[第三章:戦い、始まる]その2
「敵軍のAユニットが、やられたですとぉ?」
B軍のAユニットは、その他のユニットに指令を出しつつ、Qユニットから得た情報を見て驚いた風な反応をする。
「しかも実行したのは危険視されていたジョーカーではないですとぉ?排除する予定だったけどぉ……。けどぉ、こっちの方が危険のようだねぇ」
Aユニットを撃退した怪鳥モンスターと、それを読んだ妖精の少女。ただのNPCのはずだが、それにしては強すぎる。おまけに、どうやらゲームの邪魔をするつもりのようだと、B軍のAユニットは知る。
「…最近ん、戦闘に横やりを入れるNPCがいるけどぉ……。ゲームマスターが言うには、ゲームの一要素、なんだよねぇ……?そんなことは気にせずに勝つためにやればいい、それしかないんだよねぇ?」
多少リアルな戦争ゲームだから、現地のNPCが邪魔をしてくることもあると、彼女等には言ってあった。
「なら、邪魔者を排除するのも、指揮ユニットして必要な行為だよぉ。……なら、早いうちに邪魔者は排除しようかなぁ?勝手な行動されて、ゲームの勝敗に差し支えがあったら困るしぃ」
彼女は今までと同じように役割に従い、情報収集と準備を始めた。
ゲームを邪魔しかねない二体のNPCを消すために。
そしてそれは、また面白いものを招く。
▽―▽
「許さない……」
彼らは、彼女らは、それらは、そのうちに溜めて言っている。怒りと言う熱を。
その規模は少しずつ、膨れ上がる。未だ大被害をもたらす迷惑な兵士たちとそれを追って被害を出す彼に。
今はまだ、一人一人が動くか、限られた人数で動くだけ。……そう、今は、まだ。
感情の火山の噴火は、時期に……。
▽―▽
巨大な点Pから逃げた私たちは、とある町にいました。
背の高いビルの立ち並ぶ、都会風の場所です。風、というのは覇権を握った人類も半分以上が自滅し、誰もが適当に好き勝手生きている今の世界に、そんな文化的、技術的先進地が存在するわけがないからです。
だから、趣味人が再現したそれらしきものでしかないのです。
「ありがとうございました!」
「クェェェ」
私は町の入り口付近で、御代金様を使って作った肉をシィムルグにあげ、その場を去る彼に手を振って見送ります。
「さてと。都会なら、有志の病院ぐらいありますかね?」
私は秤を抱えて街を歩きだします。
どうやらここは、人類の絶好調期の大都会を意識して作られているようで、高層ビルが立ち並び、あちこちに巨大な看板広告や設置された巨大モニターによってテレビコマーシャルが流れています。
ちなみに、広告は実際はないものばかりで、雰囲気演出のためにわざわざつくったもののっぽいで
す。「バナナを殲滅しないと人類が滅亡する」とか、「夢から覚めて現実に向き合ってはいけない」、などという訳の分からないものだらけですからね。こんな荒唐無稽な内容で何を宣伝できるというのか。
ここまでして何かにこだわるのはなんででしょうね?趣味人の思考回路は理解できても、そう考える理由はよくわかりません。
…そういえば、君も大概だと言われたことがありますが、何のことでしょうか。確かに私は、配達のお仕事に熱を注いでいますが。
「すみません、日々のストレスで倒れている友達がいるのですが」
私はカフェにしか見えない有志の病院の扉を叩きます。近くの張りぼての電柱に在った張り紙によれば、無料で利用でき、ただの休憩所として利用するのも問題ないそうです。
あくまでボランティアとして運営してすることにこだわっているため、形だけの代金払いもしない、ということらしいのです。
「あい?……ほう、患者」
私の応対に出てきたのは知性あるツキノワグマです。…知性がある割りには得物を見るや異星動物の眼で秤を見ているのは何故でしょう。
少し不安を感じながら、私は秤を休ませて上げたかったので、その旨を話します。
「過労の患者か。……うまそ…ああいや、うむ。ベッドを用意させよう。休ませれば問題なさそうだが。……後に見舞いとか、来るか?」
「いえ、別に。大丈夫そうならいいです」
無事ならいいです。秤は回復魔法とか持ってますし、安静にしていれば放って置いても回復するでしょう。
「……さてと。これで用は済みましたね」
舌なめずりをしていたような気がするツキノワグマに秤を預けたのち、私は暇つぶしに町を歩きます。
「……にしても、張りぼてですねぇ」
よく見ると、施設のほとんどは張りぼてでビルも内部は骨格以外空っぽなものがほとんどです。
外面は大都会ですが、その実態は巨大模型とでも言った方が正しいでしょう。
「……やること、ありませんねぇ」
中心部にあった円形の公園のベンチに腰を下ろし、私は空を見上げます。
「面倒ごとを片付けられたのは、よかったんですが。……うんうん、ストレス発散にもなりましたしね」
それから少しして、とある趣味人が近づいてきました。
「なぁ、そこの君」
「……私です?」
自分を指差して私は言います。
その言葉に、茶色の頭巾をかぶった目の前のおばあさんは頷き、手に持ったバスケットに手を入れます。
「何をしているんですか?」
「ちょっと君に、チョコの試作品を食べてもらいたくてね」
「は、はぁ。別にいいですけど」
断る理由もないですし。
「タダだから安心してね」
「はぁ」
おばあさんはバスケットから小さなチョコが詰められた袋を取り出し、私に渡すと去っていきました。何故か、「い~ひっひっひっひっひっひっひ!」と言いながら。
あなたは魔女か何かですか。
そう心の中でツッコミを入れつつ、私は袋の中身をよく見てみます。
「……変なもの入って……………ますね、これ」
口に放り込み、咀嚼、飲み込んでみたところ、一応普通のチョコです。問題は形。どれもが猫や犬、虫などの轢死体にしか見えません。飛び出た目玉に、表皮を抉って突き出た折れかかった肋骨、外側に飛び出た胃袋など。
「グロ過ぎです」
試作というのは味と言うより形の方のようです。入っているチョコの幾つかは部分的に形が崩れていたり、うまく型がとれていないのか輪郭がぼやけていたり。中には形状が細かすぎて手に取った途端、表面が崩れた物もあります。
「……ところで、なんで私に?」
今回の出来について意見が欲しいなら、去ったりしないはずですが。
「…………あ、もしかしてゴミ捨て」
粗悪品を捨てるのがもったいなくて、私に押し付けたのかもしれません。そう考えると、去る時のおばあさんの表情が、処理出来てラッキーとでも言っているように思えてきました。実際、なんか妙ににやついてましたし。
「……まぁ、真実や形はともかく、味がいいのは確かです。ただで美味しいものが手に入ってラッキーと思いましょう」
自分に言い聞かせるようにそう言い、私は二、三個、追加でチョコを食べました。
「美味しいですね。……おや、陽が…」
太陽が地平線に沈み始めました。
「……今日は、一応いい日だったかも。イラついていたゲームを終わらせられたし」
私は晴れやかな気持ちで夕日を見つめます。
「これであの村でのようなことはもうないですし、お仕事の邪魔をするものも減る。いいことづくめですね」
日が沈む。それはまるで、今まで迷惑な連中が蔓延る日々が終わることを意味しているようでした。
「……明日からまた、いつも通りにすごせますね……それがいいことかはともかく」
なにせ、なんやかんやで趣味人の暴走に巻き込まれたりしますもん。それでも、行く先々でかぼちゃ頭とモンブラン頭の戦闘に巻き込まれるよりはマシですね。…マシなはずです、多分。
「それでは、終わりです!」
というわけで、この物語はおしま………。
「おい。よくも僕様を見捨てやがったな」
「………………」
非常に聞き覚えのある声がしますね。しかし、その声の主は死んだはず。
「…亡霊が文句を言いに来たんですね」
「だ・れ・が、亡霊だ!僕様は正義の魔王だぞ!?」
「いや、どういうことですか」
私は視線を背後に送りながら言います。
間違いなく、イチョウがいます。どうやら生きていたようです(ベルトから生まれた彼が生き物なのかは疑問が残りますが)。
「よく、点Pに潰されずに済みましたね」
「当然だ。僕様を誰だと思っている」
「……自分勝手でアホな何か……おっと、今のはなし」
つい口が滑りました。失敬、失敬。…ま、彼に払う敬意なんてありませんが。
「それでは、さようなら」
「逃がすと思うのか!」
「ぐ…!」
素早く私の前に回ったイチョウは私に向けて拳を突き出します。私はギリギリで転がって回避しましたが、ベンチは破片をまき散らしながら真っ二つに割れました。
その際、袋からこぼれたチョコが宙を舞います。
「………チョコっ!?」
「ん?」
なんか、妙に興奮した声がしましたが。
「…くっ、取り損ねた」
「はい?」
どうやら言葉の主がイチョウだと、転がって距離をとり、立ち上がった私は知ります。
「……。あなた」
私の中で、一つの仮説が生まれました。このままだと、私の身体能力では怒れるイチョウにタコ殴りにされかねない。そのため、この仮説に沿って行動してみましょう。
「あ、そ~れっ!」
袋から取り出したチョコを一つ、思い切りイチョウの方に投げます。私の方に近づいて来ていた彼は、それに目ざとく反応します。
「今度は逃さん!」
見事、両手で丁寧にキャッチ。
「…もう一ぉつ」
今度は斜め左横にフルスイングしてみましょう。
「……!」
イチョウはわざわざ走っていき、ジャンプしてキャッチ。…なんだか、フリスビーを追う犬のようですね。
「もう一回」
今度はイチョウより遠くへ。
そして、やっぱり犬のように走っていき、見事にキャッチ。
「…ふっふっふ。僕様、さすがだ。見事に全てのチョコをキャッチしたぞ」
彼はそう言い、ベルトにチョコを押し当てます。すると、ベルトがまるで口の様にチョコをかみ砕いて飲み込みました。結構おいしそうに。
「……ほほう」
そういえば、彼が初めて現れたとき、初めはベルト状態であり、お菓子を食べた後、降臨とかほざいて現在の姿になった。ならば、お菓子は間違いなく彼にとって…。
「…美味かった。さてと。お前、僕様を見捨てた代償は大きいぞ。顔一発、盛大な制裁を加え」
「ちょっと待ってください」
「なんだと?」
言葉を邪魔されたせいか少しいらだった様子のイチョウに、私は提案します。
「私を殴らないでいてくれたら、チョコを上げましょう」
「何ィ?なにを勝手な。それならお前に裁きを与えた後にいただく」
チョコ、欲しいんですね。直接言ってはいませんが。
「おや、いいんですか?あなたが従わないと、このチョコたちは全部地面に落っこちちゃいますよ?」
そう言って私は、袋を傾ける仕草をします。
すると、思った以上にイチョウは動揺を見せました。
「な、や、止めろ!なんてもったいない!」
見る間に冷や汗をかいて言う彼。
「あ、はぁ」
心を揺さぶって逃げる隙を作れたらいいな。それぐらいの気持ち、期待だったのですが、これは良い反応です。
イチョウにとってお菓子が重要だと推測したのですが、どうやらそれ以上にチョコというお菓子を気に入っていたようです。……思い返してみれば、ベルト状態で食べたとき、かなり喜んでいた様子でしたね。
「やめろ、というのなら、私に足して理不尽な暴力はふらないでくだいね?そしたらやめてあげましょう」
「理不尽な暴力ではない!正当な…」
「正当かどうか、ですが。…んまぁ、それはそれとして。兎に角暴力を振る人にはチョコは上げられません。チョコたちも食べられて嫌だと思うでしょう」
「そ、そうなのか!?」
Aユニットとの戦いの時も思いましたが、彼、子どもっぽい。っていうか、今の純粋な反応を見ると、精神が子どもそのものなのかも。
だから人の気持ちも考えられない阿呆なのかもですね(だからといって彼を嫌う気持ちに変化はありませんが)。
「……く、仕方ない。チョコのためだ。制裁はなしにしてやる」
「そうですか。それなら、はい」
私は大きめのチョコを一つ、イチョウの方に放り投げます。
「やった!」
表情が喜ぶ子どものそれになりました。
体は長身な青年っぽいのに。…でも、どこか似合っているような気もするかも?
「………しかし、ふふ。良い制御法を見つけましたよ」
チョコさえあれば、このアホを御することができます。
ゲームを終了させた以上、もう会うこともないし、必要ないでしょうが。
「今のうちに立ち去りましょう」
イチョウが嬉しそうにチョコをもぐもぐ食べている間に。
「これで、迷惑な連中は全てどうにかできましたね。いやぁ、よかった、よかった」
と言った瞬間、本当にかすかな笑い声と共に、衝撃の一言が放たれました。
『けど、ゲームは続いている。だよ?』
「………は?」
瞬間、爆発音とともに近くのビルがドミノ倒しのように倒れます。それによってもうもうと広がる煙の中から、見覚えのある連中が続々と姿を現します。
「…な。ど、どうして……かぼちゃと、モンブランがー!?」
『これからも、クロノユキは彼らのせいで迷惑をかけられる。だよ?』
そして。自分を食べようとしたツキノワグマを叩きのめした秤と合流し、私はゲーム破壊を今度こそ成功させるため、動くことになったのです。
「そんな………」
ため息をつかざるを得ない私でした。
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