[第三章:戦い、始まる]その1



「ジョーカー?」


 秤よりも男の近くにいる私は首を傾げます。


「ジョーカーを出せ」


 穴の開いた天上から注がれる陽光を受けながら、男は先程と同じ、機械のような平坦なトーンで言います。


「いや、何のことやら」


「とぼけるな。早く出せ」


「……と言われましても」


 なんでしょうかね、ジョーカーって。心当たりがないんですけど。


 後、いつの間にか私に銃口が向いているのですが。


「…出すのだ」


「知らないものを出せと言われても無理ですよ」


「………同じ場所にいる以上、知っているだろう。出せ」


「………って!?」 


 なんとびっくり、思い切り極太のビームを私に打ったではありませんか~。


「……なんて現実逃避気味でいる場合じゃ、ないっ!」


 私は慌てて転がり、回避……しきれず、髪の端と鎧が若干溶けました。怖っ!


 体の真ん中に当たらなかったのは幸いです。


「掴むわよ!」


「え?はい!」


 叫びと共に秤が、右手から出した、魔法で作られた光の鞭で私を持ち上げ、自分の横に持ってきます。


「あ、ありがとうございます」


「勿論よ。友達を助けるのぐらい……まぁ、場合によっては…」


「ちょ、何ですかその不安になる呟きは」


 多分、場合によるって言うのは、私を見捨てたり、嫌な事をさせることが神様のためになるとか、そういう場合でしょうかね?そうじゃなければ、私を助ける気ぐらいはあるようですね、今みたいに。

 ……う~ん。やはり、私は秤に取って神様より優先順位が低いようです。……一個下かぐらいだといいのですが。


「……けど、まさか、Aユニットが来るなんて……」


 秤は少々冷や汗を書きながら、驚きを露わにします。


「A、ユニット?」


 まさしくゲームのような単語に私は首を傾げます。聞き覚えのあるものです。確か……。


「……ゲームに、使われるユニット、は全部で十種。A、2~10、J、Q、K。そして今いるのが……」

 秤が私の思考を補足するようなタイミングで呟きます。


「……そうです!Aです!」


 そうですよ。Aユニットつまりは指揮ユニット。今ここに、迂闊にも姿を現した奴を撃破すれば諸悪の根源を破壊できる、ゲームを終わらせられる!?


「……どうやら、ここにきて私には運があるようですね」


 お届け物が砕かれたり、幾度となく戦闘に巻き込まれたり、捕まったりと悪運重なる散々な日々でしたが、その不幸分のお返しと言わんばかりの幸運です。


「……話は終わったか?ではジョーカーを出せ」


 おや、律儀にも待ってくれていたようです。


「早くしろ。お前たちのようなモブなどすぐに殺害キルできる」


 イラ。

 モブ…つまりは目にとめる価値もない、路上の石ころも同義です。

 


「……なんだか、舐められているようですね」


 まぁ、私に関しては正しい認識です(それはそれとしてムカつきますが)。

 しかし、秤はどうでしょう。そう簡単に倒せますかねぇ?


「…秤。勿論、このAユニットを倒すんですよね?」


「…そりゃぁ、ね。ただ、相当強くできているわよ?大将の格があるし」


 彼女は頷ながら言います。


「……構いません。千載一遇のこの好機、見逃すのはあり得ません」


 いざという時、基本的に慎重な私ですが、ここぞというタイミングには、一気に動くのも大事と考えています。今こそその時です。


「多少の無茶でも、殺りましょう、ただちに!……Aユニット!恨みがある意味大いにあるのでその首、いただきますよ!」


 そう私は高らかに宣言します。


 Aユニットはそんな言葉は意に介さず、


「出すのが遅い」


 ただ淡々とそれだけ言って浮かび上がり、剣を斜めに構えます。そこに、一切の予備動作なく加速。私たちの方へ向かってきます。


『!?』


 秤は慌てて鞭を横に振って私を後方に投げ、次いで勢いのままその場で一回転の後、自由になった鞭を回転の勢いを乗せてAユニットへ叩き込みます。


 唸り、空気を裂く光の鞭は剣と接触、それをはじいて攻撃を不発に終わらせます。続けて秤は鞭を器用に動かして剣に巻き付かせ、魔法で電流を流します。


「む」


 言葉は驚きを現しているようにも思えますが、男は相変わらず無機質な感じで言い、剣から伝わる電流をもろに受けます。


 それによって一瞬ですが動きが若干鈍化。秤はそれを見逃さず、胸のあたりで左手を起点に新たに魔法の鞭を生成、即座に振るって男の胴体を横から打ち、彼のバランスを崩させます。すかさず鞭を自分の側に引き寄せ、間髪入れずに正面から鞭を同時に当て、男を吹っ飛ばす。この間、僅か三秒。


「おお、凄いです」


 秤、結構戦えたんですね。魔法に関しては、火や水が出せるけれど射程が一メートルもないってことも知っていましたが、どうやら鞭を伝わらせ、そこを起点に発動することで魔法の射程を伸ばしているようです。……多分。


「……それはそれとして。私自身は、役に立ちません。ならすべきことは……」


 さすがに、今の攻撃でAユニットが倒れた、ということはないでしょう。相当強いと言われていますし。なら、私は一先ず、敵の観察です。敵を知らずして勝利は難しいものです。


………もっと前に協力していれば、Aユニットに関する情報がもっと得られたんですかね…。情報によっては今の状況で、他に私ができることがあったかもしれません。

 …いえ、それは言っても仕方ありません。


「後は戦力の増強……」


 この状況で増やせるのは……。


「イチョウですね」


 私は起き上がり、通路の方へ走り、叫びます。


「イチョウ!Aユニット…大将首がノコノコ出てきましたよ!今こそあなたの正義の魔王としての力を存分に発揮するときです!」


 彼の事は今までの好き勝手な発言で既に嫌いになっていて、あまり口を利きたくありませんが、これもとっとと面倒ごとを片付けるため。せいぜい利用させてもらいましょう。


「…出てきてください!」


 奥で物音がしました。時期出てくるでしょう。今のうちに、敵の観察です。


「よし。……秤!少しでいいので持ちこたえてください!」


「ええ…!」


 やっぱりどこか疲れた様子で秤は応えます。


 なんだか悪いですね。私自身はまともに戦闘できず、秤に一方的に負担を強いる結果になっています。

  

 そう思っているとイチョウのいる側と逆方向で音がしました。Aユニットによるものです。


「…………」


 案の定、無事だったようで、かなりの勢いで吹きとばされ、金属製のかたい壁に激突したはずなのに、何事もなかったかのように立ち上がります。暗いながら見える彼の体は、汚れこそあれど、一切の傷が見受けられません。


 見るからに柔に見えた戦闘機の翼のような部分も無傷です。


「………!?」


 突如、男の姿が掻き消えます。壁越しに超高速で飛翔し、秤を左横から攻撃しようとしているようです。……いえ、そう私が理解した時には、既に攻撃は終了していました。


 瞬きの間もない間に秤は壁に叩きつけられ、呻き声を上げ、床に崩れ落ちます。見た感じ、すぐに動けそうではないです。


「秤!」

 私が彼女の名を叫んだ瞬間、目の前から声が。


「………さて。大人しくジョーカーの居場所を言え」


 いつの間にか私の前に来たAユニットは、私を見下ろしながら言います。

 

「げ」

 

 敵の急接近への驚きで変な声だけ出す私。


「言え」

 

 感情の薄い機械味の強い口調ゆえか、有無を言わさぬ雰囲気に、私は戸惑います。


「………あ、ええと、その……」

 


「言え」


 困った私が言い淀んでいると、通路の奥からイチョウが出てきました。


「バカな奴だ!」


 彼は床を蹴り、拳を思い切りAユニットに向かって突き出します。


「ジョーカーか」


 Aユニットは顔を上げ、一切の驚きなく、眼前に迫るイチョウの方を見て言います。


 直後、剣の腹を唸る彼の拳に当てたかと思えば、沿わせるように、しかし自分の望むように動かし、見事イチョウの攻撃を逸らします。


「くそ」


 彼は舌打ちをし、床を蹴ってAユニットと距離を取ります。


 私は二人がぶつかり合った間に秤のところに駆け寄り、介抱します。


「………またとない好機じゃないか。Aユニットが出てくるなんて。僕様に掛かれば楽勝だな。一撃必殺で殺ってやる」


 イチョウはAユニットを睨んで言います。


「Qユニットの情報通りか。邪魔をする気しか、やはりないようだ」


 イチョウとAユニットは会話。


 前者はにやりと笑い、X字を模した謎のポーズをとります。

 …何のつもりでしょう。この馬鹿は。


「目的実行」


 Aユニットは腰のブースターの出力を上げ、突撃。何故か剣を構えず、イチョウに迫ります。


「チャージ時間は待っていろ!」


 彼はそう言い、変な唸り声をあげます。


 その間にもAユニットは迫ります。


「力溜め中だ!」


 そんなことをイチョウは宣言します。


「待っていろと言っている!」


 突っ立ったままのイチョウは叫びますが、Aユニットは意に介さず。


「げ、やば…」


 止まってくれなかったことに驚き、たじろぐイチョウ。既に互いの距離はゼロ。それなのにAユニットは、攻撃を加える絶好の機会を自ら放棄し、代わりにすれ違う際、イチョウの肩にカードのようなものを接触させました。


 これは………、10ユニット!洗脳か現地人の劣化コピーを行える工作用ユニットです。


「…………洗脳は、失敗か。仕方がない」


 Aユニットはそう呟くと壁を切って勢いを殺し、急反転。手に持っていたカードが溶けるように宙に消えたかと思えば、彼の手には既に剣が。彼はそれを構え、依然突っ立ったままのイチョウの背中を狙います。


 ブースターがうなりを上げ、飛行距離が僅かにしかないにも関わらず、Aユニットの速度を飛躍的に向上させる。それと前に突き出された剣により、彼は今や、一本の神速の剣へと昇華されます。


「消えろ、バランスブレイカー」


「断る!」


 もはや、達人の槍の一突きのような鮮やかな突撃が当たる直前、イチョウが短く言います。


 その直後、彼は叫びます。


「ぶっころんいっぱつ!」


 なんか格好悪いにもほどがある技名らしき言葉が放たれたその直後。一切の前触れなくイチョウが回し蹴りを放ちます。しかもその足にはなんだか凄そうなオーラが。


「む」


「決まったな!」


 直撃させられると確信したのか、そう叫ぶイチョウ。しかし。


「………な」


 Aユニットを地面にたたきつけんと放たれた一撃はあまりにも強引な彼の軌道変更によって交わされます。


 余った勢いで彼はそのまま空中に舞い上がり、銃口をイチョウへ。次の瞬間に弾が三発発射、彼に命中します。


「と!?ま!?と!?」


 変な声を上げながら腹に三発の弾丸を受けたイチョウは倒れ、その腸目掛けてAユニットが剣を向け、一気に降下します。


 唸る切っ先が空気を裂き、銃撃によって動きを鈍らせた彼を討たんと突き進みます。


「な………!?」


 それは、存外あっけない結末。あれだけ威張っていた彼は、あっさりと必殺の攻撃をかわされた上、一瞬にして敗北一歩手前にまで追い詰められます。


 迫りくる刃の切っ先を見て、彼は何を思ったのか。自分の無策を呪ったのか、それともあっけなく負けることに驚いたのか、悔しがったのか。もしかしたら、いきなりの敗北を前に、思考が真っ白になっただけなのかもしれません。


 とにかく彼はただ固まって、眼前に迫る刃を見ているしかありませんでした。


「失せよ、邪魔者」


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 その瞬間、刃はずぶりと、それに刺さったのでした。


「ぁぁぁぁぁぁぁ………ああ、あ?」


 確実に死んだとでも思ったのか、断末魔じゃなかったですけどの叫びを上げたイチョウは、瞬きをします。


「……よし。彼を囮にして正解でしたね」


 そう言う私の方を向き、Aユニットが、


「………何のつもりだNPC」


「さっきも言ったじゃないですか。あなたを倒させてもらうんですよ。今後のお仕事のために」


 Aユニットは、秤が操った魔法の鞭によって、イチョウにその切っ先を食い込ませるまで一センチの所で拘束されていました。また鞭によって関節が見事に決められており、動くことができない様子です。


「ありがとうございます、秤」


「…え、え。…もう、……鞭の維持以外むり、だか…ら…」


 私は、力を振り絞ってくれた秤をそっと地面に横たえます。


「……おい。お前、僕様を囮とか言ったか!?」

 避難するような口調と目線を話すイチョウを見下ろしながら、私は、


「はい。言いましたよ」


 笑顔で言ってやります。なんか凄い快感。


「何のつもりだ、おい!」


 イチョウが怒りの声を上げます。



「いやぁ。Aユニットの狙いはあなたのようですし、都合がよかったんですよ。あなたが勝てるならそれでよし、そうでないなら、とどめを刺されそうなった瞬間に」


「拘束したのか」


「ええ」


 Aユニットの言葉に頷く私。


 狙いの相手にとどめを刺すときでも何でも、仕上げと言うものをやるときには、そこ以外に意識を割くと言うのは難しいです。だってそうすると、多少なりとも気が散って、肝心なところで些細なミスを犯しかねませんから。真剣だったり、真面目にきっちりやっていたりすれば、なおそうでしょう。

 実際Aユニットはそのようでしたから、とどめの際の意識の空白を狙っての拘束は、大正解でしたね。相手は固いし、反応速度もかなりあるので、下手に拘束を試みても、気づかれて回避されたり、途中で逃げられたりする可能性が高かったので。最初の秤の攻撃がヒットしたのは、あくまでまぐれでしょうし。


「……さて。秤には無理をしてもらいましたし」


 ほとんど意識が飛んでいた秤を、たたき起こし、耳元で神様のためと囁き続け、どうにか私の作戦の通りに頑張ってもらったのですから、今度は私がやる番です。……と言っても、私自身が直接Aユニットに攻撃するとかじゃ、ないんですけどね。


「それでは……私のもう一人の、心強い味方を呼びましょう」


 私は天井を見上げます。そこにはAユニットが襲来したときに開いた大穴が。そしてそれは、私の声を届かせるのには十分でしょう。


「すぅ………」


 息を吸い、私は全身に力を籠め、力いっぱい……!


「今こそ、降臨の時ですよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 そう叫びます。

 直後。


「クォォォォォォォォォォォォォ!!」


 応えるように空より鳴り響く声。


 同時に天空から姿を現すのは、どこかの伝説で語られる神鳥の名を冠した、巨大な翼を持つ存在。


 その神々しい姿を見せつけながら、それは私の所へ、その全貌がはっきりと見えるところまで、鮮やかな軌道を描いてやってきます。


「なんだ、あの鳥チキンは……」


「違います!鶏じゃありません!後、鳥はバードです」


「な、そうだったのか!?」


 という阿呆魔王のイチョウの素のボケは放って置いて。


 巨大な両翼、長い首、するどいかぎ爪のついた足、長い尻尾、巨大な尾羽。それらを鎧うのは、真っ赤な機械の装甲。鎌首もたげるその存在は、断じて、断じて鶏チキンなどではありません。…っていうか、彼に失礼ですよ!聞こえてたら怒り狂ってます、間違いなく。


「彼はシィムルグ。私の、二大、非常に頼りになる友達です!」


 友達の紹介を、胸を張ってやった私の言葉に、装甲に包まれた竜のような顔の彼は、頷きます。


 彼は趣味人が作ってしまった、強すぎる合成獣キメラです。

 どこかの怪獣ショー(勿論有志)で使うそうだったようですが、なんやかんやあって中止に。

 それによって白けた想像主に、池にポイ捨てされていたのを、まだ幼かった私が頑張って(不眠不休で一週間掛かって)助けたことをきっかけに、友達になったという経緯があります。


「イチョウ。動かないでくださいね。今シィムルグの必殺技でAユニットを倒すので」


 彼はリアルの圧倒的迫力を出すことを目的につくられています。しかもそれは、リアルな最強怪獣の迫力を目指したもの。その戦闘能力は圧倒的でしょう。

 多分、イチョウの強さも、Aユニットの強さも目じゃないです。趣味人が最強とか言い出したら本当にとんでもない強さを持っている場合がほとんどなので。


「あ、そうそう。これも神様とやらのため。なので大人しくしている…私に従ってくださいね」


 散々人に配下になれと言うなど、他人を下に見る傾向が、イチョウにはありました。もしかしたら、私が彼を差し置いてAユニットにとどめを刺すと言ったら、抵抗する可能性があるので、今のように言います。神様、神様と秤と同じように言っていたので、さすがに聞いてくれるでしょう。


「し、た、が、う~?お前は何様のつもりだ!勝手なこと言いやがって!正義の魔王の僕様を差し置いて勝手なことをさせるか!」

 

「え」


 ば、ばかな。目的は同じなのに。この人、ここまでバカだったんですか!?


「食らえー!」


 イチョウは体を捻って剣先から素早く離れたのち、立ち上がったAユニットの真下から、


「魔王の人蹴りを食らえ!」


 思い切り足を振り上げて、彼を天井に蹴り上げます。彼は一瞬にして天井に打ち付けられ、めり込んでしまいます。


「む」


 ゼロ距離で受けたためか、少しは効いた様子で顔をしかめるAユニットですが、相変わらず余裕がありそうです。


 そして悪いことに、イチョウの蹴りの威力がそれないりにあったせいか、鞭のあちこちが千切れ、Aユニットが自由に。


「なんてことを!ちょっとは言う事を聞いて下さいよ!」


「……う、あ……注意も、忠告も……聞かないでしょ…彼…しかもそのせいで、状況悪化しかしな…い…し」


 私の叫びで一時的に目が覚めたのか、そう言ってまた倒れる秤。


 ………なるほど。彼は仲間の言う事を聞かずに好き勝手遣って状況を悪化させる。それを防ぐために止めようとしても聞く耳をも待たない。でもやらざるを得ない。

 彼女はそれを何回か繰り返したのかもしれません。それで精神的に疲れていたのかもしれませんね。

 

 ……、私にひどいことを言った報いだと思う心がありますが、まぁ、それはそれとして。


「…バカな!?ゼロ距離で受けて!?」

 イチョウが飛び上がったAユニットに対して驚きの声を上げます。


「脳味噌が足りていない。…いや、そもそもそんなものはなかった」


 そう言って鞭を振り払って天井から抜け出した彼は穴から空を見て飛び上がろうとします。


「……まずはあのモンスターを倒し」


「発射!」

 彼が言い終わる前に鋭い一声を放つ私。


「クォォォォォォォォォォォォォガァァァ!!」


 私の声に応え、口を大きく開けて叫ぶシィムルグ。


 彼の目線は、迫りくるAユニットに向けられており、その口内には炎の塊が。


 それを見たAユニットは言います。


「………用意が速すぎる」


 直後、シィムルグの口から放たれた炎のような、穴の大きさ以上のビームがAユニットに直撃。


「……エースの性能は十分。悪いのは…」


 そんな言葉が聞こえるとともに、Aユニットの姿が掻き消え、爆発が起きます。


「……よし!」


 私は思わずガッツポーズ。これは殺ったはずです。


「……いい所が、持っていかれた………」


 イチョウはがっくりと膝を尽きます。


「…そんなことはともかく。これでゲームとやらは終了のはず。私は晴れて自由です!少々面倒でしたが、早く終わってよかった!」


 私はそんなことを言いつつ、秤を抱き起こします。


「さてと。後でシィムルグにはお礼をしませんと。いつも以上のことをしてもらったんですからね」


 実は、私がお届け物を素早く運ぶこと自体はできるのは、彼のおかげなのです。先程の様に呼べばどこにても即座に現れる素早さが、素早い運送に役立っています。


 彼自身は、生まれた理由である番組制作の中止で生きがいを失っていたので、時々私の足になることを新たな生きがいの一つとしたので、ただで運んでもかまない。そう言うのですが、さすがに一方的に呼びつけ、何度も使わせてもらうだけなのも気が引けます。そのため、お礼に食べ物とか上げているわけです。

 幸い、私には御代金様があるのであげるものには困りません。


「ここがどこなのかは知りませんが…多分、教会でしょう。だったら、秤のベッドぐらい、ありますよね」


 ひとまず彼女を休ますために、彼女を無理してどうにか抱え、その場を後にしようとします。


 すると、誰かが私の肩を叩くではありませんか。


「はい?」


「裁きを食らえ!」


「な……おぶっ!?」


 咄嗟に下がり、頭を下げたことで突き出された拳は兜にぶつかっただけで済みました。


「………ヘルメットがなかったら、私の顏、どうなってたんでしょうか…いえ、それはそれとして」


 私は目の前のイチョウを睨み、


「何をするんですか!」

 

「勝手なことをしたお前が悪い」


「はあ?」


 私の非難の声に対し、さも当然の主張をするかのようなイチョウの言い方に、呆れた声を出してしまう私。


 しかし、相変わらず暴力的ですね。印象最悪のままです。


「僕様が殺る予定だった!何してくれたんだ!この自分勝手野郎が」!僕様の代わりに殺っていいわけがないだろぉぉぉぉがぁぁぁ!!」

 イチョウは私を睨みつけ、右の人差し指を突き出して叫びます。


「……やかましいですね。あなたたちの言う通り、ゲームを外側から破壊したでしょう?Aユニットを倒すことで。何の問題があると言うんですか」


「問題しかない!」


 否定の意思を示すかのように腕を大きく振り、叫ぶイチョウ。


「そんなわけがないです」


「むきー!僕様がやる予定だったって言っているだろ!」


 我が儘な子供ですが、あなたは。


「僕様は、神様にゲームを破壊するためにつくられたんだ。その僕様が倒すべきなのは明白!それを横取りなんて……僕様の存在意義を奪うな!この泥棒!」


「誰が泥棒ですか」

 あなたたちの目的を達成したのになんでこんな言い方されなければならないんですか。


「泥棒には制裁を!」


 イチョウはそう言って、回し蹴りを放とうと体を動かします。


「な」


 私は、秤を抱えており、大ぶりな回避行動はできません。このままでは、目の前の彼から理不尽極まりない暴力を受けることに。たまったもんじゃありません!


 しかし、どうしようもない。そんな私の所に一つの通信が来ます。


『あれ?まだ逃げないの?このままじゃ、ぺしゃんこ。だよ?』


「え、急に何ですか、アデュプス?」


 私が突然の通信に驚き、イチョウが体を回転させて回し蹴りを放とうとしていたその瞬間、地響きが私たちを大きく揺さぶりました。


『な、なに!?』


 あまりの衝撃で床に倒れた私たちは同時に言います。


『早く逃げた方がいいよ…ふ』


「な、何の話ですか、アデュプス。あなたが来ると言ったAユニットならつい今しがた倒しましたが…………」


『うん?それは見たけど。…けど、私、いつ、その倒した奴が来るって言った?だよ?』


「へ?………じゃぁ、何が来ると言うのですか?」


『さっき、点Pの先導者が来たでしょう?だよ?』


「そ、それが?」


 何気に、アデュプスは私の周囲の会話を全部聞いています。何でかは知りませんが。


『なら、来るのは決まってるよ。進軍する点P、陸戦強襲型点P』


 その言葉と共に再度の衝撃が来ます。


 気になった私が天井に開いた穴からシィムルグの足に掴まれて外を見てみると。


「……せ、迫り来る!?」


 そびえ立つ巨大なPの文字(全長百メートル、横幅はその半分強あるような)が、そびえ立っていました。しかもそれは、こちらに向かってきているではありませんか。


「に、逃げますよ、シィムルグ!」


「クォクォ」


 彼も見るからに危険な気配を放ち、迫りくる点Pに恐怖したのか、私に対して何度もうなずき、翼を羽ばたかせてその場を離れます。


 後ろを見れば、私がさっきまでいたところが見えます。秤の教会の様に見えますが、なんだか妙に大きいですし、なにより取ってつけたかのような巨大な三対の翼が目立ちます。


「……趣味人に好きにさせましたね、これ」


 たしか、移動のために飛行可能にするとか言ってたはずです。そして実際にどっかの趣味人にでも依頼し、改造を施したのでしょうが……趣味人の好きなようにさせたら、どうなるか分かっているでしょうに。

 やった時には今のように精神的に参っている状態になっていたのかもしれませんけど。


 …と、それはそれとして。私たちは飛んでいきます。かなりの高速で迫りくる点Pは縦向きに来ています。そのため、横向きに動いて避けるつもりです。


「あ、僕様を置いていくな!帰ってこぉぉぉぉぉい!」


 秤を抱える私と同じように穴から飛び出て迫りくる点Pを見たのか、教会から飛び出し全力で走ってその場から逃げながらイチョウは叫びます。ただ、点Pの横幅を越えるだけの距離を即座に駆け抜けられる程、地形が平らでなく、あちこちで岩の壁があって上手く距離を取れていない様子です。


「……あ、忘れていました。………ま、いっか」


 好き勝手に罵倒された挙句、一方的な主張による暴力まで振るわれたのです。助けてやる義理はありません。というわけで。


「さようならぁぁぁぁぁ!あなたのことは二度と思い出したくありません!一生忘れますからぁぁぁぁぁぁぁ!」


 せめてもの手向けに、(色々やってくれやがった相手が痛い目に逢う)喜びの涙と共に手を振る私。


「なにぃぃ!?」


「さようならぁぁぁぁぁぁ………」


「待て!待ってくれぇぇぇぇ!!」


 そして。


「ふぅ、危なかった」


 私たち三人は無事、迫りくる点Pの脅威から脱しました。


 後方では秤の教会が、止まることなく、全てを破壊しながら進み続ける点Pによって潰され、爆発しました。


 イチョウは知りません。死んだんじゃないですかね?いえ、ベルトが本体な気がしますし、案外無事かも?だとしても、もう関わることもないでしょうが。


「まぁ、それはそれとして。これからの自由なお仕事タイムに思いを馳せましょう!」


 そんな感じで、達成感を感じ、手に入れた自由にハイテンションの私でした。


 ……ちなみに、イチョウではない見覚えのある誰かが、全裸でどこかに走り去っていくのが視界の端にうつりましたが……気のせいですよね?


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