[第二章:戯言のはずの現実]その2

彼らは、やらなければならないこのゲームについて悩んでいた。


 自軍の一部を本隊と別行動させ、背後から急襲し、数を減らす。そういった戦略を取って敵軍を叩こうとするのだが、これがまぁ上手くいかない。


 両方ともお互いの考えを知り尽くしており、同じように裏の裏をかき続ける。結果として何故か、動かすユニットの数も、種類も、性能も、動かし方も見事に一致している以上、同戦力がうまい事かち合って決着がつかないのだ。


 思考が同じようなものだから、なのかもしれない。


「……けど、なんなのっ?このジョーカーは」


 とある要塞のような建物の中で、彼女は収集された情報を見て言う。


 その一部には、ジョーカーと呼ばれる存在について書かれている。


「ゲームマスターの言葉ではぁ、一発逆転の切り札になるカードって言ってたけどぉ、強すぎぃ。A以外の全ユニットのステータスを上回ってるしぃ。勝手に動くし、不確定要素すぎぃ」


その強さの証拠なのか、ジョーカーはとある村で戦闘行っていたユニットをほぼ無傷で全滅させている。


「……バランス調整をミスったのねぇ。それとも意図的かぁ。まぁ、所詮は見るための遊びだしぃ」


 彼女は甘い、幼子のような声で言う。しかし、どこか機械的だ。


 その発言の内容はある意味的を射ている。まさしくその通りなのだ。


「なんにしろっ。Aユニットは勝利のために頑張るぅ!」


 彼女は絶対に負けてはならないのである。


 そのために、頑張らなければならない。決められたとおりに。


「エースとして、勝利を捧げるぅ!ジョーカーのこと以外は、今の所順調だし、大丈夫ぅ!」




▽―▽




「イラつきますね、さすがに」


 最近、あの連中本当に多いです。


 遭遇回数自体は減りましたが、なんか嫌なタイミングで邪魔をするかのように出てくるんですよ、迷惑なことに。公園で食事をしようとした時、小さな狐の擬人少女と楽しく遊んでいるとき、廃墟にあったブラウン管テレビで面白い特撮番組を見ていた時などなどに。


 そのせいでここ数日の私は、得意の意識の切り替えを繰り返し行っても、苛立ちを消しきれずにいました。


 しばしば大嫌いなイチョウが実際に戦闘に介入している場にも出会い、何度か追われかけたのも、それに拍車をかけています。


 …こんなことになるなんて、世界になんか変なことが起きているのは間違いがありません。それが趣味人の仕業なのか、それとも秤たちの言うように二人の神様のせいなのかは知りませんがね……。


 今日もギスギスした雰囲気を放つのが抑えられず、折角昼下がりに見つけた天然温泉で身を清めていたのに、楽しめていませんでした。


「……むかむかです。温泉は気持ちいぃですけど」


 どうにか、どうにか気を落ち着けようと、肩まで湯につかるのですが、まぁ上手くいきません。温泉は溜まった日々の体の疲れをとってはくれても、溜まった日々の不満はとってくれないのです。残念。


「……星は、綺麗ですね」


 日没辺りに入浴を始めたので、丁度星が輝き始めたころです。時期、辺りは完全に真っ暗になりました。


「……この苛立ち、忘れることができないなら、せめて解消する方法があればいいのですが……」


 近くにはあの野生の戦車さんがいます。なんやかんやで、ここまで一緒に来てくれました。彼または彼女は、もう友達のようなものではありましたが、機械の体の都合上、一緒の入浴は叶いません。残念です。戦車さんなら、別に一緒でもよかったんですけど。見られても恥ずかしくないですし。

 ……そういえば言ってませんでしたけど、妖精って性別はちゃんとあって、私は女です。


「………ああ、ストレスが溜まってたまりませんよ」


『そんなあなたにグッドニュース。こちら趣味衛星アデュプス。だよ?』


「わ!?」


 驚いてひっくり返りそうになりました。


 急に目の前、空中に画面が表示されたのです。


「な、なんだ、アデュプスですか。一体どうしたんですか」


 空中に投影された画面に映る無表情な彼女。自身より大きなコートを羽織り、体に張り付くスーツを着た彼女は、私の友達であり、趣味で地上から五キロの高度に打ちあがっている人工衛星です。正確には、その操縦者ですが。


 ついでにいうと、ただの人工衛星でもなく、特殊な砲撃兵器(かぼちゃ頭たちを戦闘不能にしたあの)もついています。ただし、これは彼女の意思でつけたのではなく、どこかの趣味人に勝手につけられたものです。いざという役には立ちますけど。ただ、撃つ度に衛星の観測機能を麻痺させるので、使いたがらないのです。


 ちなみに、彼女は他人に何かの情報を教えるのが好きなのですが、それをする相手は彼女なりの何かしらの基準で選ばれているようで、選ばれないと何も教えないそうです。選んだ場合は例のポケベルモドキを専用の通信機としてくれます。友好の証か何かでしょうか?


『クロノユキにとって良いニュース。依頼、配達の。だよ?』


 彼女は衛星軌道上に常駐し、好き好んで地上の様子を観測し続けています。その情報把握能力は尋常ではなく、今この瞬間に地表で起こっていることは全部わかっています。


 そんな彼女は、その情報収集能力で発生した配達依頼を教えてくれるのです。依頼は、開けた場所に依頼の事を書いた旗でも立てておくのですが、彼女は点よりも小さいであろう地上のそれを観測しているんです。


「よしっ。ついに来ましたか!」


 私は、確実に届けることだけは出来ることを不本意ながらも売りにしている、実は有名人なのです(多分)。世界中に私の顔と名前、そして依頼の出し方を描いたビラをまきまくったおかげでね。

 呼べば短期間でどこにでも速攻で(いろんな友達…アデュプスみたいな、の力を借りて)駆けつけるので、個人でやる現代配達業界の中でも、その速さで人気…だったらいいなぁ。


 ……後、不本意ながら、包装を台無しにすることのほうが有名です。そのせいで依頼の数がそこまで多くなってくれないんですけどね。もっとたくさんしたいのですが。


「一体どこに行けばよいのですか!?」

 私は興奮をあらわにしながらアデュプスに問います。


『焦らなくていい。ちゃんと服を着てから話す。まずは温泉からあがるといい。だよ?』

 彼女は無表情で言います。…一瞬、少し彼女の口角が上がっていたような気が…。

 しかし、テンションが上がっている私はそんなことは一瞬で忘れ、彼女の言葉に従い、温泉を出ます。


「さてさて。さっさと服を着てと」


 配達のお仕事は、私の生きがい。またやれるとなると嬉しくてたまりませんよ。

 テキパキと近くの岩の上に置いた衣類をすべて纏い、私は立ち上がります。

 そして、気合を入れるために宣言を一発。


「今度こそ、成功させてみせますよ!」


 先程の苛立ちも、好きな事が要約できるという事で消えてくれました。

 私は戦車さんの上でアデュプスから依頼の話を楽しく聞き、即出発を決意します。


「戦車さん、一緒に行ってくれます?」


 快適なエンジン音が、応答として帰ってきます。行ってくれるようですね。


「それじゃぁ、行きますか!」


 私は明るい気持ちで、戦車さんと共に、アデュプスに誘導されながら、温泉を離れます。

 道中では、戦車さんの砲撃で遭遇したクソモンブラン共を消し炭にしつつ、私たちは目的地へ向かって軽快に進んでいきました。

 そして、順調に目的の場所に到着します。ついに配達ができると、意気揚々と戦車さんから降りました。


 …………しかし、です。


「……あ、れ?誰も、いませんね」


 張りきったのは良かったのですが、誰も、いないのです。

 読んでも反応はありません。


「………そういえば、家一つ見えませんが……」


 舞い上がっていた私は、奇妙な事態に冷静になっていき、周囲に意識を向けられるようになります。

「妙に開けた場所ですね…」

 標高が高めで、見晴らしはいいのですが、周囲にはほとんど何もありません。少々背の低い草が点在しているだけで、他に何かがあるといえば、私の右手側に大きな靴下の様にも見える岩があるだけです。


「……あの、アデュプス。誰もいないんですけど」


『………よくわからない。前見た時は、家とかもあったんだけど』


「からかわれたんでしょうか………」


『恨みでも、買った?』

 何故か顔を背けて震えてつつ、彼女は言います。


「……特に心当たりは……いえ、もしやあの二人から…買っているかもですけど…」


 しかし、秤達だとしても、彼女等の目的から考えると、こんな嫌がらせをする意味があまり分からないのですが……。


「まぁ、いなかったのなら仕方がないです。行きましょうか」


 かなり張り切っていたために少し残念さが残りつつも、戦車さんにお願いし、私はその場を後にしようとしたのでした………が。


「これ、は………!?」


「裁きを食らえ!」


「ごふっ!?」


 言葉と共に鳩尾に放たれた一撃に、私は意識をあっさりと刈り取られました。




▽―▽




「……げほ、げほ」


 場所は大規模な戦闘があったあの村。


 あのドリルの店員は、余りのショックに泣き崩れ、泣き過ぎてむせていた。


「げほ……あんの、やろうぉぉぉぉううううぉぉぉんん……」


 彼女がいるのは、村の中の店があった(・・・)場所だった。


 今は、何もない。というか、周囲一帯が何もない更地へと変化している。周囲に深く茂っていた森の木々は、はるか遠くの森の端にあった数本如何にか見えるぐらいしかなかった。


「…いくら、連中がいなくなったとは言っても、こんなのは嫌じゃぁぁん!!」


 虎の擬人化属種の老女は、真っ平な地面を叩いて泣き叫ぶ。


 その他の数少ない村人たちや妖精は唐突にもたらされた被害に、泣き寝入りするしかない。


「……自称魔王め………」


 あのかぼちゃ頭とモンブラン頭の兵士たちは、確かに戦闘によって被害を出していた。しかし、主戦場は村から移りつつあったし、双方の戦力の損耗の激しさ故、いずれ収束する気配もあった。そうなれば、ある程度の被害があったとしても、復興は可能であったのだ。日常に戻ることは、比較的早くできた筈だったのだ。


 しかし、である。


「なんて、迷惑なのじゃ………」


『極まりない、極まりない!』


 動物たちも彼に文句を言う。


 そう、彼だ。突如、遅れたと言いながら突如として現れた彼は、兵士たちとの戦闘に入った。それだけならば、村人から脅威を遠ざけてくれる、嬉しい救援だったろう。


……しかし、そうではなかった。彼は、確かに兵士たちと戦った。周囲の森を、家を破壊しながら、だ。


 正義を高らかに歌う彼はそれを理由にし、周囲への被害を顧みなかった。……むしろ、周囲に被害を及ぼすような攻撃を好んで使っていた節もある。


 それは、正義を持って悪を討つ者の姿ではなく、それを免罪符に好き勝手破壊を行っているだけの、悪の魔王のごとき所業であった。


 最後には、残敵殲滅のために放たれた巨大な火の玉のような超広範囲攻撃で村も森も、今の様になってしまった。吹き飛ばされた住人たちは、幸い誰も死ぬことだけ、はなかったが……。


 兎にも角にもそういう事情があるため、村人たちは怒りこそすれ、彼の参戦をありがたがることは絶対になかった。


『……お、の、れ~ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ………』


 趣味人、妖精、擬人化系種族、動物、虫それら全ては怒りを募らせる。 


 村を消滅に追い込み、大切なものを多数破壊した彼に。


その彼を呼び寄せた、村とその周辺に最初に大被害を出したあの兵士たちに。






 ……しかし。兵士たちの頂点にいる二人は、そんな怒りを知りつつも、意に止めることはなかった。


 何故ならば。


「……NPCが怒ってるぅ?けど、脅威じゃないねぇ」


 彼らは、舐めていた。舐め腐っていた。


 彼らに取ってクロノユキたちの住まうこの世界は、ただのゲームの舞台フィールドでしかなく、住人たちはゲームを多少盛り上げる要素でしかない。あくまでその程度の認識なのだ。


 だからこそ、どこでも戦闘を行うし、いくらでも周囲に被害を出す。いくら怒りを買おうが、知ったことではない。彼らにとって重要なのは、あくまで勝利だけないのだから。


 そして、そうであるからこそ、目的は達成される。





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