[第一章:迷惑を裁く迷惑]その2
「ま、馬鹿正直に戯言に付き合う気はありませんけどね。秤には悪いですけど。……嫌がる友達を無理に付き合わせようとした彼女のほうが悪いのでは?」
その日の夜。秤から叩き潰すゲームのことを聞くなどして一日を過ごした私は、二人が寝静まるが早いか、速攻で逃げ出しました。
「秤に隙があったのは幸いでしたね」
私がこうしたのは当然、イチョウに自身の生きがいをバカにされたり、お仕事の障害になりかねないことに、一方的に巻き込まれる不満が爆発した結果ですね。私は温厚な方だと思いますが、ことお仕事のこととなると気がやや短くなってしまうのです。
「早いとこ距離を取ってしまいましょう。逃げられる時には全力で」
呟きながら、私は教会のある坂を下り、月明かりしかない夜の道を走ります。目指すのはどっかの趣味人がコンクリートで整備した公道とも呼ぶべき道。そこを行けば、それ以上痕跡を残さず、遠くへ逃げ延びることが可能というわけです。
「……ふん、ふふ~ん」
私は鼻歌なども歌いながら全力ダッシュ。
綺麗な月と、空を動く友達が見えます。雲も少なく綺麗ですね。
「よかったです、道が近くて。遠かったら終わりでしたね」
全力で走ったせいで息があがった私はゆっくり歩きながら、目の前の公道に入ります。
その傍らには田舎町のバス停のようなものが立っていて、苔むしたそれは、月明かりに照らされて風情を出していますね。
「ふむふむ。ここは呼べば来る仕様ですか」
待機用のベンチには簡易的な天井と壁が周りに在り、後者には説明文が書かれています。ここに来る、ある物の利用説明ですね。
「……ふぅ。そろそろ息も落ち着いてきましたし。呼びますか」
完全に油断しきった私は息を吐きます。
周囲は静かで誰もいる様子もありません。
そして、私は息を吸い込み、あるものを呼ぼうと声を………。
「まさか、逃げるとは思わなかったぞ、自分勝手な野郎め」
「え?」
……いつの間にか、横にイチョウがいました。
あなた、忍者か何か?
「僕様は正義の魔王だぞ?これぐらいできて当然だ」
「……」
意味の分かんない彼の発言はともかく、非常にまずいですね。昼間は協力する雰囲気を出していたのですが、あくまで逃げる隙をつくる演技だった、とバレては何をされるか。
二人ともゲームの破壊とやらに真剣ではあったので、余計に恐ろしい。
「………あなたは誰でしょうか。私、あなたのことなんて知りませんよ?」
とりあえずダメもとで一芝居をする私。
「お前はクロノユキだろ!」
「……さて。私はそんな名前ではありません。人違いですね。私はこれから行かなきゃいけない所があるので………」
私が目を逸らしてそういうふうに言っていると。
「……そうか。お前は愚かにも、神様のために動こうとせず、自分勝手にも、僕様の奴隷のくせして逃げる気なんだな!」
「誰があなたの奴隷ですか!」
「お前だ!」
「違います!あなた、昼間もそんなこと言って、何様のつもりですか、感じ悪いです!」
………あ。不味い。昼間の怒りが再熱して口を滑らしてしまいました。
「やっぱりお前はクロノユキじゃないか!神様が指定した通りの!」
イチョウはそう言うと、拳を震わせながら、
「自分勝手に行動する奴には裁きを食らわせてやる」
「え、何を………」
私が危険を感じて待機所を飛び出したとき、イチョウは素早く動きます。
「その腐った性根を叩きなおしてやる!」
「!」
急速接近。
謎の七色の光を纏ったイチョウの拳が、私の鳩尾に向かってきます。直撃すれば、私はただでは済まないでしょう。今なお迫るパンチが、明らかにただのパンチではないのですから。
そのため私はある危険を覚悟でこうしました。
「ふんっ」
兜を放り投げます。間に合えば、これで……。
「!?」
ポフゥゥゥンという間の抜けた音と共に、兜がなくなった私は見る見るうちに小さくなっていき、小動物ぐらいの大きさの、絵本の妖精さんみたいな形になります。
ともなれば、イチョウのこうげきがあたるはずもなく、かれはわたしのはいごのぉ~、とびらをつきやぶり、いきおいのままぁ~、ごうおんとともにそとにつきささったようです?
「ぷかー」
しこうがはたらきませぬぅ~。わたしってだれでしたっけぇ?
とかおもっていたらぁ~、あたまにかぶとがおちてきましたぁ~。
「……は!」
間の抜けた音と共に私は元に戻ります。危ない、危ない。私は何か被っていないとアホ面の小さなのほほん妖精と化し、知能指数がものすごく下がり、最終的には思考がほぼ停止するのです。
基本的には何の役にも立たないどころか、害にしかならない特性です。…が、ここでは好条件がそろったことで、攻撃の回避に役立ってくれました。
「逃げましょ、逃げましょ」
私は驚異の避け方に驚いて固まるイチョウから素早く距離を取ります。その際に後ろを向いたのですが、近くの森の一部が砲撃でも受けたかのように、かなり奥のほうまでなくなっています。その、森に空いた大穴の向きを見るに、イチョウがパンチを放った方向と同じに見えますが…まさかね?
「……避けるとは生意気な!」
彼はそう叫び、先ほどと同じ動作をして私の方へパンチを放ちます。私も同じ方法で回避しました。
「………あらら」
今度は私の目でもしっかりとらえられました。またしても森の一部が、イチョウの出したパンチの衝撃波により、遠方まで貫かれてきます。
とんでもなく強力かつ危険な代物です。
「……くっくっく。僕様が本気を出せば、攻撃は宇宙にだって届く」
んなアホな。さすがに盛っているでしょうが…自信たっぷりに言っている以上、まさか、ね。
とそれより。
「不味いです………」
このままでは殺されてしまいます。裁きと称して繰り出された攻撃は、明らかにやりすぎ。直撃すれば確実に木っ端微塵でしょう。
「こうなれば……」
私は先程待機所で見た文章を思い出しつつ、
「今度こそ食らわせてやる」
再びベルトに手を伸ばしつつ、こちらに早足で向かってくるイチョウの脅威を感じながら、私は叫びました。
「へい、タクシーぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
直後。
地面が盛り上がり、コンクリートが飛散(え、壊しちゃっていいんですか!?)。
轟音と共にそれは、地面にカモフラージュされたトンネルからかなりの勢いで現れます。
「なぁぁぁぁぁぁぁ!?」
現れた者は、乗りやすいように私の目の前に現れるのですが、私に向かってきたイチョウからすれば、真下から巨大なものが勢いよく出現したことになります。…結果、彼はその勢いのまま遠くへ弾き飛ばされてしまいました。
そして、停止した巨体はは私を見て、
「どうも。タクシーです」
それはタクシー……などではなく、巨大なメカテントウムシです。でも役割はタクシーですよ?
「乗せてください!」
私の言葉に、メカテントウムシは頭部を上下に開けて私を飲み込む動作を流れるように行い、出現して五秒立たないうちに地面に再潜行しました。
なお周囲のコンクリート舗装は台無しな模様。
「やりました!巻きましたよ!」
殺されかけたことや昼間のことで怒りが少々残っている私は、勢いのまま言います。私が地面に消える際、高速で駆け戻って来た彼の見せた、あのぽかんとした表情と言ったら。ああ、スカっとしました。飛んだ迷惑でしたよ。
「……お客さん、どちらへ?」
メカテントウムシの内部は、顔が入り口となっており、胴体下部は客室、上部はガラスで仕切ら得た運転席になっています。そこにいる人語をしゃべる巨大カマキリの運転手が聞いて来ています。
「取り敢えず、これぐらいで行けるところならどこでも。ただし雨は防げるとこがいいです」
「ほ~い」
私は手持ちのお金の半分を取り出して言います。
ですが、実はこの世界、物々交換、自給自足が基本で、貨幣制度はとうに破綻しています。
…が、趣味人が作ったものを手に入れたり、利用するのには、ある種の慣習なのか、一々貨幣(使うのは石や金属でできたコイン)を使って代金を払います。
自作したのを用いるのも問題ないです。むしろほとんどそれで、それらしいものでさえあればいいとか。 随分適当ですが、代金を払う…コインを渡すという行為に意味があるんでしょうね。私にはよくわからないんですけど。
なんにしろ、多少作って携帯しておくと、いざという時に便利です。
「……ま、それはそれとして。しばらくの間、二人からは物理的にも精神的にも距離を取りましょう。時間が経てば二人の頭も冷えるでしょうし」
遭遇して揉めるのを避けるためにね。
その間、私は新しいお仕事の依頼でも、どこかで楽しく待ちましょう。
『ふざけるな!そんな勝手は許さないぞ。折角迷惑行為を押さえられる力があるのにサボるお前を大衆はどう思うだろうな?てめぇの願望で勝手すんな!』
まだ自分の勝手を自覚せず、そんなことを言いますか!………って、え?
「なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
天井窓にイチョウが取り付いているじゃありませんか!
怖すぎ!
『大衆に、少数派のお前が迷惑をかけるんじゃねぇよ!』
「しつこいですよ!」
その後、運転手さんのハンドル捌きのおかげでどうにか、イチョウから逃げることが叶いました。
「やりました。これで平和になりましたね」
私はそう言い、全てを忘れてお仕事の事を考えようと思いました。秤との中に亀裂が入った気はしますが………まぁ、悪いのはあっちですしね。でも、また会う機会があったら、嘘をついたことを謝るべきでしょう。今はしませんが。
「さて。どうしましょうかね。取り敢えず、パンチの余波で壊れたひび割れた兜の替えでも」
イチョウの必殺技じみた攻撃の余波で、私の兜はひび割れてしまっているのです。あるとき割れてしまったら、非常に困りますね。
「ちょうどいい店でもあるといいのですが………」
私はそう呟き、何の心配もなくタクシーに揺られていました。
聞いた戯言のどこまでが真実なのかも知らず、これから起こる、彼ら(・・)からの迷惑も知らず。
今はただ、気楽に………。
▽―▽
「第十三部隊、第七十六部隊はこちらへぇ。現地の被害なんて、考えなくていいからぁ」
そう考えるようにされた彼女は言う。
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