暗闇

 「さあ、時間です。行きますよ、ギガ」


 月が雲に隠れ、辺りが闇に包まれた真夜中。

 手に持った懐中時計を懐にしまい、隣に立つ巨漢にそう声をかけて足を前に進める。

 私達の後ろからは黒いローブを纏った同志達50人がついてくる。


 向かう先は魔法学院の正門。


 「陽動役としてしっかりと役目を果たさないといけませんね」


 正門が視界に入ったあたりで、私とギガ、そして同志達にかけた光魔法の応用である隠蔽魔法を解除する。

 魔法はこう言ったときにとても役立つので、平民の身で才能があったことには感謝しかない。


 正門まであと十数メートルといった位置に来たところで、正門前に立つ2人の警備員達がようやくこちらに気がついた。

 どうやら辺りの暗さによって気がつくのが遅れたようだ。

 こちらの普通でない様子に慌てたように1人が門の中に入って行き、残ったもう1人が手に持ったランタンを掲げて声をかけてくる。


 「何者だ。こんな時間にそんな大人数で何の用だ?」

 「いえいえ。別に大したようではないのですけど」

 「ならば即刻立ち去れ」

 「そういうわけにもいかないのですよ。『風槍ウインドランス』」

 「ーーがっ‥‥‥」


 魔法で作り出した風の槍で喉を一突きする。

 警備員はあっけなく絶命した。


 「行きますよ」


 死体の横を通り抜け、門を潜って魔法学院の敷地の中に入り込む。

 綺麗に整えられた道を歩いていると、10人程度の警備員が後ろから追いかけてきた。

 先ほど門の中に入っていった警備員が呼んだのだろう。


 「ふむ、面倒ですね。ギガ、片付けてください」

 「わかった」


 私の隣に立つ巨漢にそう声を掛ければものの数十秒で決着がついた。

 私達の後ろに広がるのはつい先ほどまで人間だった肉塊だけだ。


 追加で警備員が来ないことを確認して、再び体を前に向ける。

 すると、その視界に先ほどまでいなかったものが入ってきた。


 それは1人の女性だった。

 光のない暗闇の中でもはっきりと輪郭の浮かび上がる銀髪、女性にしては少し高めの身長だ。

 顔は前髪に隠れていて見えないが、それでも美しいと思えてしまう何かがその女にはあった。


 私は急に現れたその女性を警戒しつつも一応の声がけをしようと口を開く。


 「‥‥‥誠に不躾で申し訳ないのですが、あなたのーー」

 「女ァァァァァァァァァァァァッ!!」

 「ッ!?ギガッ!」


 私が何かを言うよりも早くギガが女性を目指して飛び出して行ってしまった。


 ギガの存在を忘れていたことにしまった、と思うと同時にあの女性の末路を想像してしまい少々哀れに思ってしまった。

 何故ならギガに目をつけられた女性は1人の例外もなく、行為が終わった時には人間としても、生物としても壊れてしまうのだから。

 ギガがああなってしまった以上もう止めることはできないので、終わるまで待とうと少し肩の力を抜いた瞬間、予想もしていなかったことが起こった。


 「ーーは?」


 ギガの首が弧を描いて宙を舞っていた。


 血を撒き散らしながら私の目の前に落下した首は、地面に血溜まりを作り始める。


 「ーーは?」


 理解が追いつかない。

 何故ギガの首がこんな所に転がっているのだ。

 つい数秒前に女性に向かって飛び出して行ったのに、何故。

 何故急に首が飛んできた。

 体は一体どこにいった。


 そう思いゆっくりと視線を上げる。

 私の視界にはありえない光景が広がっていた。


 首と同じく血溜まりを作って地面に倒れ伏すギガの巨大な体と、傷一つ負っておらず先ほどと変わらない姿勢のまま立っている女性。


 意味がわからない。

 何が起こっているんだ。

 こんなこと、今まで一度もーー。


 ーーア゛ア゛ァ゛ァァァァァァァァッ!


 後ろから悲鳴が響いた。

 ゆっくりと後ろを振り向く。


 そこでは半数ほどの同志達が地面から生えた赤黒い棘に体を突き刺されてその命を失っていた。


 「思ったよりも、あっけないのね」


 異常な事態が起こっているこの場にそぐわない綺麗な声が耳に入ってくる。

 理解不能な状況に恐怖を抱き始めていた私は見てはいけないと頭では理解しつつも視線を前に戻してしまった。


 私の目には2つの蒼い光が映り込んだ。




 =====




 「フシ様、終わりました」

 「おう。ご苦労さん」


 声をかけてきた部下に軽く労いの言葉をかけ、止めていた足を再び動かし始める。

 周りにはいくつかの魔法学院の警備員達の死体が転がっているが、まあ、少ない方だ。

 何の対策もせずに侵入したらここに転がっている死体の数はもっと多くなっていたのだろうが、今回はキリツとギガが陽動役をしてくれてるのでそちらにほとんどが行ったのだろう。


 「俺も、頑張らないとなぁ」


 俺がボスから任されたのは女子寮にいる生徒の勧誘と処理。

 学院の周りを囲む外壁を登って侵入したおかげで女子寮にはすぐに着いた。


 「さぁて、始めますか。お前ら、行け」


 部下達に指示を出し、女子寮の中に侵入させる。

 勧誘と処理はできるだけ静かにやれってボスに言われてたので、今回は部下を使って個々に作業を行うことにした。

 俺の部下は隠密系統の技術を持っているのでこういったときにはものすごく役立つ。


 今回は30人ほど連れてきたが、平民の生徒は数が多いのでそれなりに時間がかかる。

 ここで待ち続けるのは暇なので俺も勧誘と処理を行うことにして女子寮の中に入っていく。


 「さて、あいつらがやってない部屋はどこーーあ?」


 前に踏み出した右足の先に何かがぶつかった。

 それなりに重い。

 明かりがなく暗い中、何とか目を凝らすと足に当たったものがゆっくりと見えてくる。


 「ッ!?チッ」


 俺の足に当たったもの、その正体は部下の1人の首だった。


 すぐに腰にさしてあった短剣を抜いて構える。

 周囲に気配は感じられない。

 だが、俺の足元に部下の首が転がっていて、断面から血を流し続けていることが殺されたばかりであり、近くに敵がいることの何よりの証拠だ。


 神経を研ぎ澄まし、警戒を続ける。

 静まり返った暗闇の中、自分の呼吸音だけが耳に入ってくる。


 「ーーッ!?」


 突如として発生した殺気にかろうじて反応し、短剣を体の前に持ってくる。

 金属同士が甲高い音を響かせながらぶつかり、火花が散る。


 火花によって生まれた僅かな光。

 それは鋭い光を宿す双眸を暗闇の中に映し出した。




 =====




 男子寮の前にたどり着いた。

 キリツ達がうまくやっているのか、ここに来るまでに学院関係者と接触することはなかった。


 「最優先は例の平民の獲得だ。もし断ってくるようだったら殺す。サッジ、準備はいいか?」

 「‥‥‥‥」


 隣に立つ外套を纏った男が無言のまま頷く。


 サッジは言葉を話すことこそ少ないが、その腕は確かなものだ。

 俺と同等レベルの力を持ち、その実力はこの国の上級貴族の騎士達にも勝つことができるものだ。


 それに加え、今回は俺もサッジも微量とは言えを使用しているため普段の何倍も実力が高くなっている。

 仮に例の平民がこちらの誘いを断り抵抗してきたとしても簡単に殺すことができるだろう。


 俺は先ほどから感じ始めている得体の知れない不安を振り払うようにそう考え、後ろに控える仲間に向けて声を発する。


 「お前達は合図があるまでここで待機だ。合図をしたら男子寮内に侵入して勧誘を行え」

 「了解」


 リーダー格である1人が代表して返事を返してくる。

 それを確認すると視線を前に戻す。

 そして男子寮へ向けて足を踏み出そうとした瞬間、その声は聞こえた。


 「どちら様ですか?」


 急に聞こえてきた声の方向に視線を向ける。

 声のした方向、俺達の横に立っていたのは1人の少女だった。

 淡い金色の髪を長く伸ばした1人の少女。


 いったいどうやって現れた。

 つい先程までその姿も、気配すらも感じられなかった。

 嫌な不安が膨らんでくるのを感じる。


 俺達が急に現れたその少女に驚き、動けないでいると少女の方が先に口を開く。


 「あら?あなた達、何だかどこかで感じたことのある気配をしていますね。特にそこの2人」


 そう言って少女は俺とサッジを順に指し示す。

 だが、俺には心当たりがまるでない。

 こんな少女と出会った覚えがないのだ。


 サッジも同様らしく、俺が視線を向けるとゆるゆると左右に首を振る。


 「その気配はレヴィアナさんのものに似ていますね。いえ、旦那様の方が近いですね‥‥‥」


 何やらぶつぶつと呟き始めた少女。

 視線が少し下を向いており、その意識が俺達から外れていることがわかる。


 やるなら今しかない。


 「サッジ」

 「‥‥‥‥」


 俺の意図を察したサッジが少女めがけて駆けていく。

 視認するのがやっとなほどの速度で少女の後ろに回り込んだサッジが、少女の首元に向けてダガーを振りかざす。


 入った、少女の様子とサッジの速度から俺はそう判断した。

 だが、サッジが手に持ったダガーが少女の首元に突き刺さることはなかった。


 甲高い音が暗闇の中に響く。


 「ああ、なるほど。その気配、悪魔のものですね?」


 サッジの振り翳したダガーは空中に生まれた氷塊によって弾かれていた。


 その氷塊を出したのは一体誰か。

 あの少女しかいない。


 「思いがけない幸運ですね」


 少女が右手を薙ぐように振り払う。

 瞬間、世界が凍っていく。

 地面が、空気が、建物が、白く凍っていく。


 「旦那様のために、あなた達が知っていること、一つ残らず教えてくださいね?」


 光の消えた瞳で少女はそう言った。

 

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