狐耳の間者
光があればその裏で闇が生まれる。
ウチが小さな頃から教えられてきたことだ。
その言葉通り人やものの動きが活発な帝都の裏には大きなスラムが存在する。
表の世界で罪を犯した者、何かしらの事情を持つ者、単純に表で暮らせるだけの能力がない者、不要になった者。
理由はそれぞれであってもここにいるのは全て表の世界に順応できなかった者だけだ。
そしてここ最近、ウチは主の命に従ってそんな裏の世界に頻繁に足を踏み入れていた。
まあ、ここに足を踏み入れることは後数日もすればなくなるだろうけど。
「ボス、ただいま戻りました」
「おう、今日はやけに早かったな。それで、何かしら使えそうな情報はあったのか?」
ウチの目の前で何も期待していないような目をしている男がそう口にする。
「はい。今回は期待してもらってもいいかと」
「なら言ってみろ。何なんだそれは?」
「突出した魔法の才能を持つ生徒が平民の中にいます」
「‥‥‥続けろ」
「その平民生徒は貴族への不満を抱いていて、よく周りの人間と貴族への不満を言い合っているそうです。ですが、その不満を解消するための一歩を自分では踏み出せないようなので、こちら側に引き込めば良いかと」
「‥‥‥そいつの魔法の才能はどれくらいだ?」
「魔力量は常人とは比べ物にならないレベルで、低級魔法一発で直径20メートルほどのクレーターを作ったようです」
それを聞いた途端、男の顔が大きく歪んだ。
「そいつぁいいじゃねぇかっ!俺たちの側に引き込めば最高の戦力になるっ。貴族殺しだって簡単にできるっ!」
座っていたソファから立ち上がった男はその表情を歓喜に染めあげる。
その目はギラギラとしており、ここにはいない人間達への負の感情が渦巻いている。
「おい、アイツらを呼んでこい。準備をしようじゃねぇか」
=====
「それで、ボス。本当なんですかい?俺達にとって最高のカードが手に入るっていう話は」
「ああ、もちろんだとも。今回うまくいけば本部の奴らにも一泡吹かせられるかもしれない」
「それはそれは、実に楽しみですね。あなたもそうでしょう、ギガ?」
「オラァ、女犯せればなんでもいい」
「はぁ、相変わらずそれですか、あなたは」
「‥‥‥‥」
ここのトップである男に報告をしてから数時間。
部屋の中には男を含めて5人の人間が集まっていた。
盗賊のようなバンダナを頭に巻いた男、髪をオールバックにしメガネをかけた長身の男、ギラギラと血走った目をしている巨漢、全身を黒い外套で覆い無言を貫く細身の人間、そしてこの4人のリーダーである筋骨隆々の男。
見た目がバラバラな5人が集まったことにより、部屋の中はなかなかに面白い光景が出来上がっている。
リーダーの男がウチの方に視線を向ける。
「おい、さっきの話をコイツらにもしてやれ」
「はい」
今しがた奪い取った記憶を辿って連れてきた4人の人間い向けて先ほどと同じ情報を伝える。
情報を伝え終わると、まず最初にメガネをかけた男が口を開いた。
「なるほど。それは私達にとってとても有益な情報ですね」
「全くもってキリツの言う通りだな。で、俺達を呼び出したってことはその生徒を学院から引っこ抜くための作戦会議ってとこですかい、ボス」
「ああ、その通りだ。だが、おおまかな部分はすでに俺が決めてある」
そう言うとリーダーの男は自分の前に置かれていたテーブルの上に一枚の紙を広げた。
日の光に焼かれたように少し黄ばんでいるその紙には学院全体の見取り図が書かれている。
ほんの少しだけ驚いてしまった。
警備上の問題から秘匿されている見取り図をコイツらが持っているとは思わなかった。
一応お館様に報告を入れておこう。
「これは、学院の見取り図ですかい?」
「ああ、そうだ。これを使って説明する。まず今回の作戦だが、帝都中のに散らばってる支部の人間を全て集めて行う」
「全て、ですか?」
「そうだ。例え最高のカードが手に入るとしても、それだけのためにあんな警備が厳しい場所に入るなんてリスクとリターンが釣り合ってねぇ。だから、この機に前々から貴族に不満を抱いてた奴らを一斉に連れ出しついでに学院も破壊して帝国に混乱を起こす」
お館様にとって都合の良すぎる計画だ。
まあ、これをさせるために私を送り込んだのだろうけど。
「そして今回は3つのチームに分かれて行動する」
男が手を持ち上げ指を一本ずつ立てていく。
「平民男子寮、平民女子寮、陽動の3つに分かれる」
「ふむ。と言うことはそれぞれのチームに私達の内2人、もしくは1人が入りそれらを率いると言うことですか?」
「ああ、キリツお前の言う通りだ。だが、その内分けはもう決まっている」
そう言ってリーダーの男が1人ずつ指を指していく。
「まず陽動だがキリツとギガ、お前達に任せる」
「理由をお聞きしても?」
「単純な話だ。図体がデカくて俺達の中でずば抜けてパワーのあるギガなら陽動役にピッタリだ。だが、暴れすぎるのが玉に瑕だからな、そこをキリツに制御してもらいたい」
「なるほど、納得ですね。確かにギガは暴れすぎることが多いですからね。ですがボス、おそらくですが彼は勝手に女子寮の方に行ってしまうと思うのですが?」
そう言ってメガネの男が隣に立つ巨漢に視線を向ける。
ウチも釣られて視線を向けると、メガネの男と全く同意見を抱いた。
何故ならウチが視線を向ける先、リーダーの男達が集まっている場所から少し離れた位置。
巨漢の男はそこでいつの間にか連れてきた女と盛っていたのだから。
でも、リーダーの男達は反応しない。
いつものことなのか。
まあ、巨漢の最初の発言からして、おそらくだがあいつは性欲が強すぎるのだろう。
だから作戦を行った時も陽動役ということを忘れて、女子寮に女を犯しに行ってしまうのではとメガネの男は考えたのだ。
さてさて、この問題にリーダーの男はどう答えるのだろうと視線を戻す。
「お前がうまく制御しろ。最低でも30分程度時間を稼いでくれればそれでいい」
「ふぅ‥‥‥わかりました。ですがあまり期待しないでください」
全任せだった。
でも、それもわからないでもない。
あんなのはコントロールできるだけすごいのだから。
「それで次に女子寮だがフシ、お前に任せる。女子寮に関しては適当な数の生徒をこちらに勧誘しろ。それに応じる者は連れてきて、応じないものは殺せ」
「わかりましたぜ、ボス」
バンダナを巻いた男が頷く。
これで残るは男子寮で、リーダーの男と外套の人間だけとなった。
「そして残った男子寮は俺とサッジの2人で行く。男子寮の最優先事項は魔法の才を持つ男子生徒の確保だ。他の人間はついでと捉えてけ」
「‥‥‥‥」
外套の男が無言で頷きを返す。
リーダーの男はそれを確認すると、作戦の細かい部分の調整に入った。
=====
「決まりだ。作戦開始は3日後の深夜だ」
小一時間ほど経ってようやく作戦が完成した。
その間黙って部屋の隅に立っていなければいけなかったので退屈だった。
「この作戦を帝都内に散らばっている奴らに伝えろ」
「わかりました」
リーダーの男にそう告げられたウチは建物の外に出る。
「んっ、んぅ〜〜〜〜‥‥」
体を伸ばすと背中がパキパキと鳴った。
気持ちがいい。
「さてと、お館様にお伝えしませんとなぁ」
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