最後のパーツ
「それで、その後の様子はどうだ?」
「はい。例の人間ーーレインとリースという女生徒はその後も度々2人で貴族への不満を口にしていますが、何か行動を起こそうとする様子は見られません」
「そうか。大した収穫は得られないが、何もしないよりはいいだろう。今後も監視を続けろ」
「承知しました」
そう言ってリベリスが姿を消し、俺1人となった室内で小さく息を吐く。
「使えると思ったのだがな」
リリア達と同じ平民クラスに所属する男子生徒レイン。
あいつは間違いなく転生者だ。
俺が初めてレインの存在を知ったのは実力試験に参加した日のことだ。
リリア達の側に付けていたレヴィアナから問題が起こったと言われ内容を聞いてみたところ、絶大な力を持つ大罪の悪魔であるレヴィアナを凌ぐ実力を持つ存在、つまりレインを確認したとのことだった。
普通であればそれだけの力を持つ人間を放っておくことはできず危険分子として排除したり監視をつけたりするべきなのだろうが、俺はあえてレインへ接触することをしなかった。
それはひとえに原作の
だが、俺は今、あの時下した判断が間違いだったかと考え始めている。
原作には一切登場することのない大きな力を持つ
そんな存在が動けば
それどころかリリア達に聞いた話によれば、クラスの中では下位の方に位置していると言うではないか。
正直、落胆しか抱かなかった。
それでも、つい先日リリア達を教室まで迎えに行った際、レインの姿を直接目にしてほんの少しだけ期待が戻ってきた。
遠目にしか見えなかったが、その時の様子や雰囲気からレインが転生者であることがわかったからだ
基本的な会話が日本語で行われているこの世界に何事もなく順応していると言うことはレインが日本からの転生者であり、平和な日本の価値観を持っていると言うことになる。
それであればこの世界の封建制度や貴族に不満を抱きやすく、『壊帝の集い』を帯び出すための餌として利用できるかもしれないと考えた。
だが、それも今しがたリベリスが報告してきた内容で望みがなくなった。
不満を抱くだけで何の行動にも移さない。
待っていれば誰かがやってくれるだろう、という平和ボケした日本人の価値観が強く現れている。
これでは帝都支部の『壊帝の集い』を全滅させるために誘き出すだけの餌にはなり得ない。
だが、学院内には貴族に不満を抱く平民生徒が数多く存在し、『壊帝の集い』がそこに目をつけていることもわかっている。
「あと一つ。あと一つ、何かあれば‥‥‥」
=====
翌日、まともに授業を受ける気になれなかった俺は教室に向かうことなく学院内を気の向くままに歩き回っていた。
ちなみにリリア達はしっかりと授業を受けに教室に向かっていった。
なんでも、今日は入学以来初の体を動かす授業があるらしい。
2人からしたら周りは自分たちよりもレベルの低い人間しかいないだろうに熱心なことだ。
そんなことを考えながらセリーナを連れて学院内にある庭園を歩く。
ここには主に薬学の授業で使用する薬草や観賞用の花なんかが植えられていて、見渡す限り煉瓦や木で作られた建物しか目に入らない帝都の中とは思えないほどに自然を感じられる。
入学してからの数週間の間、主人公や原作ヒロインと関わったり転生者や裏組織への対応などで無意識のうちに溜まっていた疲労を軽減するのにはちょうどいい。
だが、原作が始まってからたったの数週間でこれとは、肉体的に強くなっても精神的にはまだ未熟な部分があるな。
もう少し精神面も鍛えるべきか。
「綺麗ね。貴族が通う所ともなればこのくらいは普通なのかしら?」
「知らん。自分で調べろ」
「むぅ、冷たいわね。せっかく久しぶりに2人きりなのだからもう少し優しくしてくれてもいいじゃないかしら?」
「俺は疲れを癒すのに忙しい。邪魔をするな」
そう言うと隣を歩くセリーナは諦めたように俺に向けていた視線を前に戻す。
しばらくは2人とも無言のままに庭園を歩いていたのだが、前方にガゼボと呼ばれる西洋風の東屋が見えてくるとセリーナが俺の肩をつついてきた。
「何だ?」
「あそこで膝枕してあげましょうか?疲れているんでしょう?」
「‥‥‥そうだな。頼む」
ほんの少し足の動きを早めた。
ガゼボの屋根の下に入ると備え付けのベンチにセリーナが腰を下ろしメイド服に包まれた太ももを優しくポンポンと叩いた。
「どうぞ、ご主人様」
「‥‥‥‥」
俺は無言でセリーナの隣に座ると、倒れ込むようにしてセリーナの太ももに頭を乗せる。
その瞬間、頭に柔らかな感触が伝わってくる。
リリアやルルアの太ももと同じ温かさを持ちながらも、2人とは全く異なる柔らかさだ。
自然と眠気が襲ってくる。
「眠ってもいいわよ。ご主人様が寝てる間は私がご主人様を守るから」
「‥‥‥そうか」
「そうよ。まあ、いつもと立場が逆転するのを楽しみたいって言うのもあるけどね」
「‥‥‥‥」
セリーナの言葉に返事を返すことなく俺の意識は闇の中に沈んでいった。
=====
「ーーッ」
突如、学院中に響き渡った音と微かな振動に目が覚める。
セリーナの太ももに預けていた頭を起こし立ち上がる。
「今のは?」
「わからないわ。何の前触れもなく起こったものよ」
「そうか」
俺はセリーナに確認をしながら頭を回転させる。
原作において学院中に音が響き渡るような出来事はなかったはずだ。
それに現時点でそれだけの力を持つ人物にも心当たりがない。
原作に関わらない部分で挙げられるとすればリリア達くらいなものだが、あいつらはその辺りのことはわきまえているためこんなことはやらないだろう。
「ここで考えるよりも、自分の目で確認した方が早いな。セリーナ、行くぞ」
「ええ」
魔力を使って体を強化し、地面を蹴る。
音の響き方からして発生源はおそらく外だ。
俺は発生源を見つけやすくするために屋根の上に飛び乗り、音の聞こえてきた方向に駆ける。
やがて屋根の端に辿り着き、そこから音の発生源ーー演習場が視界に入る。
そこには授業を行っていたのか何十人もの生徒が立っており、全員が視線を一点に集中させて動きを止めている。
生徒達が揃って視線を向けている先には大きなクレーターが出来上がっていた。
そのクレーターから十数メートル離れた位置、つまりクレーターから最も近い場所に1人の男子生徒が立っている。
その男子生徒はクレーターの方向に両手を突き出しており、その手の周りを僅かに魔力の残滓が浮遊していた。
誰の目から見てもその男子生徒がクレーターを作った原因であるようにしか見えない。
そして、俺はその男子生徒の顔に見覚えがあった。
顔が歪む。
悪役の笑みが浮かび上がる。
後ろに立つセリーナに呼びかける。
「セリーナ」
「何かしら?」
「マリリスを呼び戻すようにリベリス達に伝えてこい」
「わかったわ」
セリーナは何かを察したように柔らかくも鋭い笑みを浮かべてこの場を去っていった。
それと同時に、時間が止まったようにしか見えなかった演習場が動き出す。
教師が男子生徒に近づき何かを話し始め、生徒達はざわざわと近くの者と言葉を交わし始める。
いずれも、その会話の話題はあのクレーターと男子生徒のことだろう。
「クハハッ」
笑みが溢れる。
貴族に不満を抱く絶大な力を持つ平民生徒。
10代という多感な時期であるためやり方次第では新たな思想を埋め込み自分たちの側に引き込むことも容易い。
国の破壊という目的を果たす上ではこれ以上にない最高の駒。
そして同時に最高の餌でもある。
「これほど、これほど都合のいいことが現実に存在するのか」
俺にとって最高に都合のいいタイミングで、最高に都合のいいものが目の前に現れた。
顔から笑みが消えない。
「クハハッ、クハハハハハハッ。これで必要なパーツは揃った。後はーー」
「ーー蹂躙するだけだ」
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