崩壊の始まり

転生者

 僕の名前はレイン。

 今年で16歳を迎える僕には、この世界とは違う別の世界の記憶がある。

 まあ、いわゆる転生者と言うやつだ。


 僕が転生していると気がついたのは3歳の時だった。

 帝都内で小さなパン屋を営む両親の間に生まれた僕はある日、両親が仕事で目を離した間に思い切り転んでしまい地面に強く頭をぶつけた。

 その瞬間、頭の中に前世の記憶が一気に流れ込んできた。

 その時は一気に流れ込んできた情報量に気を失ってしまったけど、次に目を覚ました時には前世の記憶を完全に思い出し、自分が転生したということを理解した。


 転生したことを理解したその日から僕は様々な行動を開始した。

 例えば家に置いてあった本を使ってこの世界の常識や歴史、地形、国などについて学んだり、異世界ではお馴染みの魔法を練習したりなどだ。


 そして、そのおかげで僕には異世界転生のお約束であるチート能力があることがわかった。

 そのチート能力は"魔法を自由自在に操れる"能力。

 これだけ聞くと地味だが、実際はとてもすごい能力なのだ。


 この世界に置いて魔法を使用するためには体内魔力を消費しなければいけないのだが、その体内魔力には限りがあるため魔法使いは1日に多くの魔法を使うことができない。

 だが、僕の場合は"魔法を自由自在に操れる"というチート能力のおかげで体内魔力に限りがなくなっているので、能力の名前通り自由自在に制限なく魔法を使うことができる。

 例え消費魔力が多すぎるために誰もが使うことを躊躇う上級魔法であってもポンポンと気軽に放つことができるのだ。


 そして、これに加えてこのチート能力にはもう一つ、注目すべき点がある。

 それはこの世界には存在していない魔法、つまりは僕が欲しいと思った魔法をその場で作り出せるということだ。


 本来魔法というものは、いくつものルールに則らなければ魔法として成り立たないのでそう簡単に作ることはできず、作れたとしても数年の月日が必要になる。

 でも、僕はチート能力のおかげで欲しい魔法を望むと次の瞬間にはすぐに使えるようになるのだ。

 まあ、さすがに即死魔法とかの強すぎる魔法は作れなかったけど。


 でも、この2つの力があるだけでも十分すぎるほどに強い。

 それこそ異世界転生モノのラスボスとか簡単に倒せそうなほどだ。

 これなら僕が思い臨むような異世界転生チーレム無双とか実現できるのかもしれない。


 そんなことを考えながら僕は魔法の練習や開発に励んで日々を過ごし、14歳となった。

 そしてそれと同時に、両親からルヴィア帝国では15歳から18歳の間に魔法学院に入らなければいけないという話を聞いた。


 その瞬間、僕は自分がこの世界の主人公なんだ、と思った。


 異世界に転生したらチート能力を持っていて、15歳という最高の時期に魔法学院っていう学校に通うことになる。

 聞けば貴族の生徒も多く通うらしい。

 こんなの主人公でなければ何だというのだろう。


 その日から僕はこの先起こるであろう主人公的な展開を楽しみにウキウキとした気分で毎日を過ごした。

 早く15歳にならないだろうか、と考えながら。


 だが、ある日僕は考えてしまった。

 どうせならもっと魔法を極めてから入学すれば今のまま入学するよりも無双できるのでは、と。

 そして決めてしまった。

 入学を1年見送り、16歳になってから入学しよう、と。


 それが僕の人生で最も大きな間違いになることに気がつかないまま。




 =====




 魔法学院に入学してから早数週間。

 僕は現実はそう甘くないことを実感していた。


 僕は平民だけで構成されたクラスに入ったのだが、そこでは来年までに貴族との教育の差を縮めるために毎日座学のみが行われている。

 僕が思い描いていたような魔法の演習で力を見せつけるとか模擬戦で連勝を重ねるとかをやる機会が全くと言っていいほどない。

 それどころか、一日に学ぶ内容が多すぎるせいで内容を完全に理解しきれておらず、若干授業に遅れ気味になっている。

 まあ、僕以外のクラスメイトもみんな同じような状態なので、それが唯一の救いだ。


 でも、そんなクラスの中でたった2人の生徒だけが余裕を持って授業を受けている。

 それがリリアさんとルルアさんだ。


 2歳差の姉妹である2人は同じ平民とは思えないほどに学習能力が高く、時々先生からされる質問にもスラスラと答えているし間違えたことがない。

 それに加えて容姿端麗で、噂では入学前の実力試験でも高得点を出したのだとか。

 まさに完璧を絵に描いたような姉妹だ。

 それでいて性格まで良い2人なので平民組の一年生からの人気が男女問わずに凄まじく、授業の間に挟まる短い休憩時間にはいつも多くの生徒に囲まれている。

 男子は2人に恋愛感情を抱いてどちらかと男女の仲になれたらと、女子は友達としての好意を持って仲良くなりたいと言う思いを抱えて2人の周りに集まる。


 かくいう僕も姉妹の妹であるルルアさんに恋愛感情を抱いている。

 きっかけは実力試験の日にルルアさんの模擬戦を見たことだ。

 周りの人とは全くレベルの違う技量を持ち、それでいて凜としたその姿に一目惚れしたのだ。


 その時はリリアさんに呼ばれて行ってしまったのでそんなに話すことはできなかったが、同じクラスだと分かった時は物凄く嬉しかった。

 だから最初の頃はルルアさんと仲良くなろうと何度も話しかけようとした。

 でも、2人は最初の頃から周りを人に囲まれていたので、あまり気の強くない僕は気後れして話しかけることができず、今に至る。


 「はぁ‥‥‥なんとか話しかけれたら良いんだけどなぁ」


 授業が終わり長めの昼休憩に入ったばかりの教室。

 最後列の一番窓際の席に座った僕は前の方の席で多くの生徒に囲まれている2人に視線を向けながら呟く。


 「ルルアちゃん、リリアさん今日のお昼一緒にどうかな?」

 「隣のクラスの男の子も何人か誘ってあるんだ。一緒に行こうよ」


 前の方から聞こえてくる会話からして女子生徒達がルルアさん達をお昼に誘っているみたいだ。

 でも、2人は申し訳なさそうな表情を顔に浮かべる。


 「ごめんね。今日は先約があるんだ」

 「えー、そうなの?」

 「はい。申し訳ありませんが、また今度誘ってください」

 「そっか。じゃあ私達はもう行くね」


 そう言って女子生徒達は手を振りながら教室から出ていった。

 それを見送った2人も続けて席を立ち教室の外に向かう。


 「僕もお昼食べに行かないと」


 僕はいつも学院内にある食堂で昼食をとっているので、今日は何を食べようかと考えながら席を立ち教室の外に向かおうとする。

 すると、教室の中にやけに自信に満ち溢れた声が響き渡った。


 「ここにリリアとルルアと言う名前の平民はいるか?」


 声の方向に目を向けると金髪の髪を持つ男子生徒が教室の前に立っており、後ろに2人の男子生徒を引き連れている。


 多分だけどあの人たちは貴族の生徒なんだろう。

 2人のことを平民と言ってたし。


 僕がそんなことを考えていると、まだ教室から出ていなかった2人が貴族生徒の方に近づいていく。


 「私たちをお探しでしょうか?」

 「お前達がリリアとルルアか?」

 「はい」


 貴族生徒が2人の全身に舐め回すかのような視線を向ける。

 そしてニヤリとした笑みを浮かべると口を開く。


 「噂通り素晴らしい容姿をしているな」

 「噂?」

 「なんだ知らんのか?平民クラスにリリアとルルアと言う美しい姉妹がいると貴族クラスでは噂になっているぞ?」

 「そうですか」


 驚いた。

 まさか2人のことが貴族クラスの方でも有名になってたなんて。

 それほど2人の優秀さや容姿の綺麗さがすごいと言うことなんだろうか。


 「それで、私たちを探していたのは噂の確認ということでよろしいのでしょうか?私たちはこの後予定がありますので、そろそろ行きたいのですが」

 「まあ、待て。俺はお前達にとっても良い話を持ってきたんだぞ?」

 「話、ですか?」

 「そうだ」


 貴族生徒はそこで小さく息を吸い込むと自信満々に言い放った。


 「お前達をモノコー伯爵家次期当主である俺の妾にしてやろう」

 「お断りします」

 「嫌」


 速攻で断られていた。

 貴族生徒はまさか断られるとは思っていなかったのか表情と動きが止まる。

 ついでに後ろの取り巻きみたいな2人も動きが止まる。


 「これ以上ご用がないのでしたら失礼致します」


 そう言って2人は貴族生徒の横を通り抜けて教室の外に出て行こうとするが、貴族生徒の後ろに立っていた取り巻き達が先に我に帰り2人を引き留めようと手を伸ばす。


 だが、その手が2人の腕を掴むことはなかった。

 何故ならーー


 「ーーは?」


 リリアさんとルルアさんの手を掴もうと取り巻き達が伸ばした手はひしゃげて潰れていたからだ。

 取り巻き達のの表情が苦痛に染まっていく。


 「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁっt!?」

 「手、手がぁっ、あ゛あ゛あ゛ぁぁぁっ、痛いっ、いてぇよぉっ」

 「こ、これは一体何が‥‥‥何で2人の手が‥‥‥」


 取り巻き達の悲鳴を聞いて意識を現実に戻した貴族生徒が後ろに視線を向け、その視界に入ってきた光景に顔を青ざめさせる。

 でも、同じくすぐ側でそれを見ているリリアさんとルルアさんは無表情だ。

 その顔には何の感情も宿っていない。


 僕にはそれがまるで2人がこういった光景を見慣れているようにしか見えない。

 頭の中がぐちゃぐちゃとしてきた。


 自分の視界に映る光景に思考が乱れそうになるのを必死に抑えていると、今度はまた別の声が耳に入ってきた。


 「『崩潰クラッシュ』」

 「ぎっーー」


 腕に走る激痛に叫んでいた取り巻き達の無事な方の腕と貴族生徒の両腕がひしゃげ、潰れた。

 貴族生徒は一気に襲ってきた激痛に意識を保てなかったのか一瞬だけ声を上げて気を失ってしまった。


 教室が静寂に包み込まれる。

 誰も口を開こうとしない。


 「行くぞ」

 「はい、旦那様」

 「レイス様、待ってよ」


 リリアさんとルルアさんがこの状況を作り出した人物に当然のようについて行く。


 僕はこの状況を最後まで理解することができなかった。




 =====




 後日、友人から話を聞いた。


 あの時現れた生徒はレイス・ヒーヴィルという貴族クラスの生徒でリリアさんとルルアさんの身柄を預かっている人物だということ、そして2人はすでにあの人物のお手つきになっているだろうということを。


 「僕の恋は初めから叶うはずがなかったってことか‥‥‥」


 中庭にあるベンチに座り体を脱力させながらそう呟く。


 今の僕は何事にもやる気が起きない。

 突然に訪れた失恋によるものか、はたまたあの光景を見たことで僕がこの世界で生きていくことのを理解していなかったことに気がついたからか。

 僕にはわからない。

 でも、こんなやる気のない状態でもあの日からずっと思い続けていることがある。


 「貴族って、ずるいなぁ‥‥‥」

 「ーーえ?」


 僕の言葉に反応するようにして聞こえた声の方向に視線を向ける。

 そこには1人の少女が立っていた。


 見覚えがある。

 確か、よくリリアさんと一緒にいる子だ。


 別に僕とは親しくも何ともないし、せいぜいがお互いに顔を見たことのある人間程度の認識だ。

 でも、僕の口は自然と開いていた。


 「‥‥‥少し、話を聞いてもらっても良いかな?」

 「うん‥‥‥」


 影が不自然に揺れた気がした。

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