地下
「おかえりなさいませご主人様」
ルインヴェール伯爵家から帝都内の屋敷に戻り玄関の扉を開くと、艶やかな金髪を持つメイドが俺たちを出迎えた。
「カルマか。出迎えご苦労」
俺の言葉に恭しく頭を下げるメイドの名はカルマ。
リベリスと同じくこの屋敷の使用人兼管理者として購入した奴隷の内の1人だ。
カルマは元々他国の貴族の屋敷でメイドとして働いていたのだが、貴族に危害を加えた、という冤罪を着せられて奴隷の身分に堕とされたらしい。
そして数年ほど奴隷として雑な扱いを受けて各地を転々とし、この帝国に流れ着いたのだそうだ。
帝国に辿り着くまでの数年間の奴隷生活、カルマは非常に容姿が整っているたためか奴隷商や奴隷を求めて来た客に無理矢理下の世話をさせられ、俺が彼女を見つけた時には廃棄寸前となり、身も心もボロボロで言葉を話すことができないほどに壊れていた。
俺はそんなカルマの姿を見て購入することを即決した。
別にカルマの境遇に同情したり、かわいそうだと思ったわけではない。
それはカルマ自身に力がなかったのが悪いのだから。
では何故購入したのかといえば、カルマが俺にとってこれ以上ないほどに駒として都合が良かったからだ。
人間というものは、一度完全に壊れてしまったら元に戻ることはほぼ不可能と言っていい。
壊れるイコール心が、脳が、知性がまともに機能しておらず最低限の生命維持すらしようとしなくなるからだ。
そうなれば元の状態に戻ろうとする力も存在するわけがない。
だが、そんな元に戻ることが不可能な状態から元に戻ったらどうなるのか。
答えは単純。
元に戻してくれた相手に依存する。
それこそ、相手が自分の心臓そのものであるかのように。
そしてカルマは俺が望んだ通りになった。
つまり俺に依存し、俺が望んでいた駒の一つとなったのだ。
カルマを治したのは聖女の力を持つリリアだが、彼女にとっては最終的な決定権を持つ俺こそが依存対象になる。
そのため今では俺の言葉を何の疑問もなく素直に聞いてくれるとてもいい駒だ。
「カルマ、今日からここに住む人間が1人増える。案内と用意を頼む」
「かしこまりました」
カルマは俺の命令に頭を軽く下げて了承の意を示す。
下げていた頭を上げたカルマが口を開く。
「ご主人様、先ほどリベリスが屋敷に戻って参りました」
「そうか。今はどこに?」
「地下にいます。おそらくご主人様のことをお待ちしているのかと」
「わかった。アマリリスに地下に来るように伝えておけ」
「かしこまりました」
カルマに追加で命令をし、地下に向かう前にリリアたちの方に視線を向ける。
「リリア。俺は今から地下に行く。居間でくつろいでいろ」
「はい、旦那様」
リリアは俺の言葉の意味を正しく理解してくれたようだ。
これで地下に邪魔が入ることはないだろう。
俺はリリア達に背を向けて地下へと足を進めた。
=====
暗くジメジメとした空気の漂う地下室。
明かりは一本の蝋燭が灯す小さな光のみ。
そんな陰気な雰囲気が漂う空間の中心、肘掛け付きの椅子に1人の男が体を縛り付けられている。
身につけているものは下半身に履いた下着一枚のみで、その口には太い縄を嵌められ口を聞けないようにされている。
「お待ちしておりました主様」
「こいつが例の人間か?」
「おそらく。学院内にて黒のローブをかぶっており、隠密系統の魔法を使用して行動しておりましたので捕縛いたしました。その後も学院にて待機しましたが、この男以外に侵入者はおりませんでした」
「そうか」
部屋の隅から現れたリベリスの報告を聞きながら男に歩み寄る。
男は眠っているようでその瞼は閉じている。
「起きろ」
「ーーッ!?う゛う゛ぅぅぅぅっ」
魔法で炎を作り出し男の体に押し付けると、その熱さと苦痛に男が目を覚ます。
だが、俺は炎を消さず男の体に押し付け続ける。
「う゛う゛う゛ぅぅぅぅぅぅっっ」
肉が焼ける音と共に不快な臭いが部屋の中に溜まっていく。
しばらくの間そのまま男の体を焼き続けたが、このままでは屋敷の方まで臭いが来てしまうと思い炎を消す。
男は自分の体に残る熱に呻き声をあげている。
その様子を黙って見ていると地下にコツン、コツンという靴音が響き俺の耳に入ってくる。
リベリスは俺が地下にきた時から一歩も動いていないので、この靴音は別人のものだろう。
そう考えて後ろに視線を向ければ、リベリスやカルマと同じメイド服を見に纏い、頭から狐の耳を生やした女が視界に中に入る。
その女は俺に軽く頭を下げながら口を開く。
「ただいま参りました、お館様」
アマリリス。
俺の後ろに立つ狐の耳を生やした女の名前だ。
アマリリスもリベリス達同様俺が買った奴隷の1人であり、頭に生えている狐耳とメイド服のスカートから覗く尻尾からわかるように、アマリリスは人間ではなく妖狐族という特殊な獣人族だ。
妖狐族は他人や物への変化、幻術などを得意とする種族であり、その実力は他の種族と比べ物にならないくらいに高い。
俺がアマリリスを買った理由もここにある。
そしてアマリリスはリベリスやカルマとは異なり、恩や精神的なものを利用してこちらに忠誠を誓っているのではなく、彼女自身の意思で俺に忠誠を誓っている。
その理由は今日に至るまでわかっていないが、彼女の忠誠は本物であることは確認済みなので、駒の一つとして認識している。
そんなアマリリスはゆっくりとこちらに近づき俺の隣に立つ。
「ウチが呼ばれたということは妖狐族の力を必要としているということでよろしかったですか?」
「そうだ。まずはコイツの記憶を吸収しろ」
「かしこまりました」
そう言って未だ体に残る熱と痛みに呻いている男に近づいたアマリリスはゆっくりと片手を持ち上げ、男の頭に添える。
「
「う゛っ、う゛ウ゛ゥ゛ゥゥゥゥゥぅぅぅッ!!」
男が椅子に縛り付けられたままの体を大きく跳ねさせ、言葉にならない声で絶叫した。
『
よくできた駒だ。
「お館様、ご満足いただけましたか?」
魔法の使用を止め、薄く笑みを浮かべながら振り返ったアマリリスが俺に問いかけてくる。
「ああ。よくやった」
「光栄です」
「では、そいつから抜き取った情報を教えてもらおうか?」
「はい」
そうして、アマリリスの口から語られた情報は大きく分けて3つだ。
1つ目は男が所属している組織ーー『壊帝の集い』について。
この『壊帝の集い』という組織は、現在の支配体制によって何かしらの不幸を被った者や、単純に貴族が贅沢をしており平民との間に格差があるのが気に入らないといった、封建制度に不満のある帝国住民が集まって作ったものだ。
その目的は帝国における封建制度の撤廃。
そして、その目的を果たすために皇帝や皇族、貴族を皆殺しにし、一度帝国を根元から破壊してもう一度ゼロから作り直そう、という過激な思想を持っている。
これに関しては前世からの知識によって知っていたため特に気に留める必要はなかった。
2つ目はこの組織と繋がっている学院内の内通者。
これには多少なりとも驚きの感情が生まれると同時に、なるほどと納得した部分があった。
組織と繋がっていた内通者、その人物の名はミハイル・ワークリン。
俺が所属するS-ファーストクラスの担任だ。
権力や圧倒的な力の前では鳴りを顰めるものの、基本的には正義感の強いミハイルが『壊帝の集い』の内通者であることには驚いた。
それと同時に、学院長室での一件の後、ミハイルが俺の前で違和感のある行動をしていたことに納得がいった。
普通であれば大きな力を持つ人間に脅迫されれば、その相手に恐怖を抱くようになる。
顔を合わせるだけでも平静ではいられなくなり、何かしらの反応が行動や表情に現れるはずなのだ。
なのにミハイルはあの一件以降俺と顔を合わせると視線を逸らすだけで、それ以上の反応が全く見られなかったので俺はそれを不自然だと感じていた。
だが、ミハイルが組織の内通者であるということがわかれば、常に組織との関係が周囲にバレるかもしれないという不安感を抱いて日々の生活を送っているのだからあの程度のことはなんとか堪えることができたのだろう、と納得することができた。
そしてアマリリスが抜き出した情報の3つ目は『壊帝の集い』の人間が学院に入り込んでいた理由について。
これは少し考えればわかるほどに単純だった。
その理由は組織の人員増強のため。
そもそも『壊帝の集い』という組織は封建制度、言い換えれば貴族という存在に不満を持っている人間が集まってできている。
そして、貴族と同じ空間や時間を共有することが多い学院の平民生徒は貴族に不満を抱きやすい。
そのため、学院内は組織の考えに同意し尚且つ勧誘しやすい人間を見つけやすいのだ。
だからこそ内通者を作ってまで定期的に人を送り込み生徒の様子を探っていたのだろう。
「なんとも目障りだな」
俺が日々を過ごすことになる学院内でそんなことをされれば、不愉快以外の何でもない。
徹底的に潰させてもらおう。
「アマリリス」
「はい」
「そこの男から抜き取れる情報は全て抜き取ったな?」
「それはもちろん。男の過去からその考え、そして性癖まで完璧に理解できています」
「そうか。なら、その男になりすまし、組織に潜入しろ」
俺の言葉にアマリリスはニンマリとした笑みを浮かべる。
「それは、それは。実に楽しそうですね?」
「そうだろう?お前がやるのは組織で手に入れた情報を俺に流すこと。そしてーー」
「その合間に偽の情報を掴ませて組織をお館様の掌の上に、ですね?」
「よくわかっているじゃないか」
俺も悪役としての笑みが浮かび上がる。
ああ、心が躍る。
たった1人。
たった1人の人間によって流され、掴まされる情報によって組織の人間はどんな風に道化を演じてくれるのか。
実に、実に楽しみだ。
「それでは、早速ウチは『壊帝の集い』に潜入してきます」
「ああ」
「失礼します」
最後に一礼をしたアマリリスはスッと姿を消した。
残ったのは俺とリベリス、そして椅子に縛り付けられたままの男。
俺は男に向かって手を掲げ、横に薙いだ。
瞬間、男の首が胴から滑り落ち地面に落下する。
「片付けておけ」
「承知しました」
リベリスに片付けを命じて地下を後にする。
地上に向かって足を進める俺の顔には悪役の笑みが浮かんでいた。
作者より
とりあえず、これで一区切りです。
次の小章では皆さん大好きな蹂躙戦闘がございます。
お楽しみに。
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