固有魔法

 レイナは俺と彼女の父親であるディエゴとの話が終わってすぐに自室に戻って行った。

 俺が屋敷に帰るのに合わせて万能薬を渡した対価であるレイナを連れて行くのでその準備をしに行ったのだ。


 これを伝えた時、ディエゴは最後に別れの時間が欲しいと言ってきたのでそれくらいは良いだろうと許可をした。

 なので、ここを出るのは1時間ほど後になるだろう。

 その間はディエゴとレイナの出ていった応接室でゆっくりとくつろぐ。


 「それで、ご主人様がさっき言ってた力って何のことなの?」


 俺達に給仕をするために残されたメイドを部屋の外に追い出し、完全に身内だけとなった室内。

 俺の対面側のソファに腰掛けたセリーナがそう尋ねてくる。


 「あ、私も気になってた。詳しくは言わなかったけど、レイス様のことだから自分にとって利益になることなんでしょ?」

 「そうですね、是非教えて欲しいです」


 両隣に座るリリアとルルアの2人もセリーナの言葉に続くようにして尋ねてくる。


 本来は言うつもりはなかったのだがな。

 これだけ時間があって、会話の中にも出してしまった以上彼女らに言わないほうが不自然か。


 そう考えて、俺が先ほど口にしたレイナの力について話し出す。


 「お前達は俺が屋敷のメイド、リベリス達に暗部のような仕事をさせているのは知っているな?」

 「はい。それはもちろん」

 「レイス様が今そのことを確認してくるってことは、力っていうのはリベリス達にレイナさんのことを調べさせて分かったことなの?」

 「ああ」


 嘘である。


 ルルアの言葉には肯定の返事を返したが、実際はリベリス達には調べさせていない。

 それどころかこの件を伝えてすらいない。


 それはひとえにレイナの力についての情報は前世の記憶からのものだからだ。


 そのためリリア達にはある程度嘘を混ぜ込んだ事実を伝えることになる。


 「先日レイナに万能薬を渡した時、面倒なことが起こらないようにとリベリス達に身辺調査をさせた。レイナの力についてはその時に渡された彼女の個人データの違和感から見つけたものだ」

 「そうなんだ。それで、肝心のその力って何なの?」

 「固有魔法だ」


 俺の言葉にリリア達の表情にわずかながらに驚きの感情が浮かび上がる。


 まあ、それも当然だろう。

 固有魔法を持つ人間というのは数万人に1人いるか、いないかと言った程の割合しかいない。

 それ故にこの世界のどの国においても固有魔法を使える人間というものは重宝される。

 それこそ2年前に俺が帝城で一度殺した帝国最強の男、ゲルグのように価値を示せば尚更だ。


 「へぇ、彼女固有魔法を持っているのね。吸血鬼の蒼き皇帝ヴァンパイア オブ エンペラーである私ですら持っていないのに」

 「固有魔法を持てるかどうかは運次第だからな。それに、レイナが何の固有魔法を持つかは分かっていない」


 この言葉は事実だ。


 前世の記憶からレイナが固有魔法を持っていることは分かっているのだが、それが何なのかを思い出すことができないためにわからないのだ。

 登場人物についてやこの世界の運命シナリオについての記憶はかなりはっきりと思い出せるのだが、こういった細かい情報を思い出すことはできない。

 まあ、前世ではこう言ったことを気にした記憶がないから覚えていなくても当然だろう。

 すでに十数年以上前の記憶でもあるのだし。


 だが、この世界に転生してから蓄えた知識から固有魔法というものはどんな形であれ、大きな力を持つことははっきりとしている。

 過去の記録の中には国一つの運命に影響を与えたというものもいくつか見られた。

 そんな固有魔法を持つレイナを手に入れ、この世界にはない知識を持つ俺とレヴィアナが鍛えれば、俺の目的を果たす上で大いに役立ってくれることだろう。

 まあ、詰まるところ俺がレイナを欲した理由は、レイナの持つ固有魔法の力と影響力が目的だったわけだ。


 そんなことを考えているうちにリリア達の間で話が進んでいた。


 「レイナさんの固有魔法が何なのかがわかる時が楽しみですね」

 「そうだな」


 リリアが言ったその一言に同意の言葉を返した。




 =====




 その後、小一時間程経った頃にレイナが応接室に戻ってきた。

 その手には少し大きめの旅行鞄を持っている。


 「では、行くぞ」


 レイナがここに来たのであれば、家族への説明など必要なことも全て済ませたのだろうとソファから立ち上がり、伯爵家の前で待たせている馬車に向かう。

 屋敷の扉を抜けると、庭にはディエゴ達レイナの家族と幾人かの使用人が立っている。


 見送りにでも来たのだろう。

 レイナは家族だけでなく、使用人にも好かれているようだ。


 庭まで見送りに行きた使用人達とレイナが軽く言葉を交わし始めたので、会話が終わるのを待つ間に馬車に乗ってしまおうと足を動かすと横から声をかけられた。


 「あなたがレイス・ヒーヴィル様ですか?」

 「誰だ?」

 「申し遅れました。私はリンシア・ルインヴェールと申します」

 「ああ。レイナの妹か」

 「そうです」


 俺に声をかけてきたのはレイナの妹ーーリンシアだった。


 リンシアは姉妹ということもあってか髪色こそレイナと同じ燃えるような赤色だが、その身に纏う雰囲気が全く異なる。

 レイナが騎士のような雰囲気を持つのに対し、リンシアは柔らかくありながらもどこか知性を漂わせる雰囲気を纏っている。


 髪色が同じで無ければ一目で姉妹だと判断するのは難しいだろうな。


 「それで、レイナの妹であるお前が何の用だ?」

 「私からも感謝を伝えようと思いまして」


 そう言うとリンシアは深く頭を下げて口を開く。


 「あなたが譲ってくれた万能薬のおかげで私は命を救われたばかりか、長年の苦しみからも解放されることができました。心より、感謝いたします」

 「そうか」


 俺はそう短く返して馬車へ向かって足を進める。


 リンシアに感謝を告げられても何も感じることはなかった。

 彼女が命を救うことになったのは単なる偶然。

 俺がレイナを手に入れるためにした行動の副産物にすぎない。


 「ねえ、レイス様。もう少し優しくしても良かったんじゃないの?」

 「不満か?」

 「ううん。別に不満ってわけじゃないし、もう慣れたけど」

 「なら何だ?」

 「もう少ししっかりとした返事を返した方がいいよってこと。興味がないのはわかるけど、もう少ししっかり返事をしても悪いことはないと思うけど」

 「そうか」

 「そういうとこだよ」


 俺の後から馬車に乗り込んできたルルアと言葉を交わしているうちにレイナもこちらに近づいてきた。

 どうやら話は済んだようだ。


 レイナも乗り込んだところで扉が閉められ、馬車がゆっくりと走り出した。

 

 




 

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