ルインヴェール伯爵家

 ルインヴェール伯爵家への招待状を貰った日から数日。

 魔法学院が休みの日に予定を合わせて帝都内にあるルインヴェール伯爵家を訪れた。


 貴族が個人的に所有する屋敷ばかりが立ち並ぶ貴族街、その一角にルインヴェール伯爵家はあった。

 屋敷の前に止まった馬車から降り、後から降りてくるリリアとルルアに手を貸す。


 「ありがとうございます旦那様」

 「レイス様、ありがとう」


 リリアとルルアが俺に感謝を伝えながら、手をとって馬車から降りる。

 かしていた手を下ろすとセリーナが不満そうな顔で馬車から降りてくる。


 「私には貸してくれないのかしら?」

 「今、自分がどこにいるのかを考えてから口を開け」


 今俺たちがいるのはルインヴェール伯爵家の屋敷の前であり、周りには他の貴族の屋敷が立ち並んでいる。

 そんなところでメイド服を身に纏っている女に手を貸したとなれば、他の貴族から余計な詮索をされかねない。

 父親が帝国の宰相を担っていることも相まって目撃された時にはそれなりにめんどくさいことになるだろう。


 だからセリーナ、見るからに不機嫌そうな顔をするな。

 屋敷に戻った時に手を貸してやる。


 そんな意味を込めて視線を送ると、言いたいことを察したのか若干表情が緩む。

 それに安堵すると同時、後ろから声をかけられた。


 「レイス・ヒーヴィル。思ったよりも早かったのだな。よく来てくれた」


 振り返れば後ろにメイドを連れたレイナがこちらに向かって歩いてきていた。

 レイナは先ほどまで剣の鍛錬でもしていたのか、パンツスタイルの訓練技を身に纏っている。


 体のラインが浮き出ていてなかなか良い。

 リリアに着せたらこれよりもさらに良いものが見れるかもしれないな。


 「‥‥‥旦那様のえっち」

 「‥‥‥‥」


 リリアが頬を薄く赤色に染めてそう呟く。


 何故かはわからないがリリアは時々俺の内心を見透かしてくる。

 公爵家の人間として考えていることや感情が顔に出ないようにしているはずなのだが。


 そんなことを考えながらレイナと軽いやり取りを交わした後、屋敷に向かって歩く。

 メイドが開いた扉を通り抜けると、伯爵家の格を示すに相応しい装飾のされた広いエントランスが目の前に広がる。

 貴族特有のやたらと派手でゴツゴツとした装飾はされておらず、シンプルで尚且つセンスの良い装飾品が程よく置かれている。


 エントランスを軽く観察していると、レイナが声をかけてくる。


 「レイス・ヒーヴィル、すまないが私は一旦席を外す。そこのメイドに応接室に案内するように言ってあるので、後を着いて行ってくれ」

 「わかった」


 俺が返事を返すとレイナは俺たちに背を向けて歩いて行った。

 おそらく自分の着替えと当主である父親を呼びに行ったのだろう。


 レイナの後ろ姿を見送った後、メイドに案内に従って応接室に入る。

 テーブルを挟んで向かい合うように置かれたソファの片方にいつも通りリリアとルルアと共に腰掛け、後ろにセリーナとレヴィアナを立たせる。

 応接室に案内したのとは別のメイドが持ってきた紅茶を飲みながらレイナ達を待つ。

 

 しばらくすると部屋の中にノックの音が響き、扉が開いた。

 部屋の中に40代程度の男と先程とは別の服に着替えたレイナが入ってくる。

 2人は俺達の向かい側のソファに並んで腰を下ろすと、こちらに視線を向ける。


 「今回は招待に応じてくれてありがとう。私はレイナの父でルインヴェール伯爵家当主のディエゴ・ルインヴェールだ」

 「レイス・ヒーヴィルだ」


 レイナの父ーーディエゴが差し出してきた手を取って握手を交わす。


 ディエゴの手は思ったよりもしっかりとしている。

 当主としての仕事を行う合間に自らの鍛錬でも行なっているのだろう。

 怠惰な人間が多い貴族の中では珍しい。


 「さて、まずは君に感謝を伝えさせてほしい」


 メイドがレイナ達の前に紅茶を置くと、ディエゴが口を開いた。


 「レイナから話は聞かせてもらった。君がレイナに万能薬を譲ってくれたそうだね。おかげでもう1人の娘、レイナの妹の命が助かった。ありがとう」


 そう言ってディエゴが頭を下げると、レイナもそれに合わせるようにして頭を下げる。


 公爵家という格上相手とは言え、こうも簡単に頭を下げれるのだから彼らの俺に対する感謝の念は相当大きいのだろう。

 俺としては欲しいものを手に入れるための行動に過ぎないのだがな。


 「頭を上げろ。いつまでも頭を下げ続けられるのも気分が悪くなる」

 「いや、すまない。だがそれほど感謝しているということだけは理解してほしい」

 「それくらいは理解できる」

 「そうか」


 ディエゴがふっと表情を緩め、テーブルの上のカップに手を伸ばした。

 紅茶を一口飲みテーブルの上にカップを戻すと、表情を引き締め再びこちらに視線を向けてきた。


 「次に万能薬の対価についての話に移りたいのだが、構わないだろうか?」

 「好きにしろ」

 「レイナから聞いたところによると、君は万能薬の対価としてレイナの身体を要求したらしいが、間違いないだろうか?」

 「ああ。俺はレイナの身体を対価として万能薬を譲った」


 肯定の言葉を返すとディエゴの眉根がわずかに寄る。


 やはり娘の身体を対価として要求した、とはっきり言われるのは何か思うところがあるのだろうか。


 ディエゴが続けて口を開く。


 「その理由を聞かせてもらっても良いだろうか?」

 「何故だ?」

 「親として娘をどのような理由で欲しているのかを気にするのは当然のことだろう」

 「そうか」


 先程俺に感謝を伝えてきた様子からもわかっていたが、ディエゴは親として子供のことをかなり大切にしているようだ。

 原作において、18歳のレイナが婚約を結んでいなかったのも好きな相手と結ばれてほしい、というディエゴの思い故なのだろう。


 「それで、君は何故レイナを求める?」


 再度、ディエゴが尋ねてくる。

 先程よりも力のこもった目でこちらを見据えてくるディエゴに対し、俺は堂々と答える。


 「レイナが欲しかったから。ただそれだけだ」

 「‥‥‥それは女として、か?」

 「クハハッ。そんなわけがないだろう?俺はレイナに女としての部分など求めていない。俺が求めているのは力だ」

 「力?」


 思い当たる節がないのかディエゴは疑問の声を上げる。

 だが、それも当然のことだろう。

 ではレイナには俺が求めるほどの力などないのだから。

 それが周りにわかる形で現れるのはもう少し先のことだ。


 このことを教えるつもりがない俺は詳細を伝えることなくそのまま話を進める。


 「理由は答えた。対価であるレイナは貰って構わないな?」

 「‥‥‥一つだけ約束して欲しい。決してレイナを不当に扱うことはしないと」

 「絶対とは言えんな。俺はどんな状況においても自分のものを優先する。だから自分のものを優先するあまりお前の言う不当な扱いをしてしまうかもしれんな?」


 俺はそう答えて両隣にいるリリアとルルアの肩を抱く。

 2人とも俺のこういった行動には慣れているため特に動じることもなく素直に受け入れている。


 ディエゴは俺と2人の様子を見て俺の言葉が嘘ではないと察したのだろう。

 眉根が先ほどよりも中心によっている。


 「‥‥‥‥どうしても、約束はしてもらえないのか?」

 「ふむ。まあ、ついでであれば、良いだろう」

 「‥‥‥‥今は、それで構わない。レイナを頼む」


 ディエゴはそう言って頭を下げた。


 

 



 

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