万能薬

 壁際にはフラスコなどの実験器具や調合に使う植物が置かれ、部屋中に薬草の匂いが漂う調薬室。

 魔法学院の中の特別室の一つであるそこに、俺を含むS-ファーストクラスの生徒が集まっていた。


 「ポーションとは、特殊な効果を持つ薬草をすり潰したものに魔法で作り出した水を加えることでできる回復力促進薬です」


 教室と同じく階段状になっている席の最後列に座った俺は、教師の話を聞き流していた。


 今行われているのは魔法学院の授業の一つである薬学だ。

 この薬学の授業は様々な種類の薬草や薬などの知識を蓄えることを目的として行われている。

 今回はこの世界で使われることが最も多い薬、ポーションを作るということを担当教師に最初に説明された。

 現在はそもそもポーションとは何かを説明している最中だ。


 だが、正直に言ってこの説明は俺にとって退屈そのものでしかない。

 俺は運命シナリオを壊すためにと物理的な力を手に入れる傍ら、あらゆる状況への対応力を上げるために多くの知識を身につけてきた。

 その中にはポーションに関する知識も含まれているため、教師の説明することは全て知っていることだ。

 まあ、実際に調合することはやったことがないので授業の内容自体はちょうどいい。


 「では、早速調合に移りましょう。こちらの説明通りに作ってみてください」


 そんなことを考えているうちに教師の説明が終わり、調合の許可が出た。

 早速とばかりに調合を始める。


 まずは数種類の薬草をまとめてすり潰し細かくする。

 次にすり潰した薬草の入った器の中に沸騰した湯を入れて成分を抽出し、それをろ過すると薄緑色の液体ーー原液ができる。

 最後にこの液体と魔法で作り出した水を混ぜるのだが、ポーションを作る時にはこの作業が最も難しい作業となる。


 ポーションには低級、中級、上級の3種類があるのだが、この差を作り出すのはそのポーションの純度。

 そしてこの純度が何で決まるのかと言えば、魔法で作られた水の質だ。

 ここでいう水の質というのは、水の中に含まれる魔力がどれだけ均等であるか、だ。


 普通、魔法で水を作り出す時には魔力の偏りを気にするなんてことはないため必ず場所によって魔力の量に偏りが出てしまう。

 そのため2つの液体が同じ比率で混ざり合わないところができ、それが全体に及んでポーションの質に影響するのだ。


 長年ポーションを作っている人間であれば魔力の量を上手く調整したり、いくつかの魔法で作った水を混ぜ合わせて魔力の量を調整するのだが、そんなことを知らない生徒たちは失敗をしている人数の方が多い。

 教師もそれを承知の上でやらせているようだな。


 だが、俺は他の生徒のように失敗することはない。

 俺は魔力を直接操れるからな。


 「『水生成ウォーター』」


 手のひらの上に水を球体状にして生成し、その中の魔力を一旦全て消し去り純粋な水を作り出す。

 再度、魔力を水の中に入れて球体状にゆっくりと拡散していけば、完成だ。


 魔力を均等に広げた水を先ほど作った原液の中に注ぎ、かき混ぜていく。

 すると、液体の色が変化し始める。

 最初は濃い緑色になり、そこからゆっくりと色が薄く透き通っていく。


 ポーションは緑色が薄ければ薄いほど質が高いということになるので、この調子なら上級には簡単にいくだろう。

 そう考えて色の変化をみま持ってい色の変化をみま持ってると、異変を感じる。


 「何故色の変化が止まらない。すでに上級のポーションよりも色が薄くなっているというのに」


 色の変化が止まらない。

 すでに以前見たことがある上級ポーションよりも薄く、いやほとんど透明になっている。


 予想もしていなかった結果に困惑していると、ポーションに再び色が着き始めた。

 だが、それは先ほどのような緑色ではなく黄色だ。

 だんだんと色を濃くしていくポーション。


 しばらくして色の変化が止まった時、俺の前にあったのは黄金に輝く液体。

 こんなポーションは今までに見たことがない。


 いや、そもそもこれはポーションではない。


 「‥‥‥まさか、万能薬を作り出してしまうとはな」




 =====




 万能薬。


 それは特殊な環境であるダンジョン内でのみ手に入れることのできる最上級の回復薬。

 その効果は凄まじく、どんな怪我や病も癒すことができ、欠落した体の一部をゼロから再生することすら可能だ。


 だが、そんな万能薬はダンジョン内という限られた場所で、かなりの豪運がなければ見つけることができないために、流通量は極めて少ない上にその価値はたとえ上位の貴族であっても手が出せないほどだ。

 そのため、たとえ家族や友人、恋人のために万能薬を欲する者がいたとしても、王族でもない限りは手に入れることができないのだ。


 そして、そんな万能薬を自分の手で作ってしまった俺はどうすればいいのか。


 「さて、これをどうするべきか‥‥‥」


 自分が作ったものが万能薬だと理解してすぐに授業を抜け出し、現在は昼休憩の時間。

 学院内にある食堂の貴族専用の個室に入った俺はテーブルの上に置いた万能薬を睨みつけている。


 「万能薬を作ってしまうなんて、やっぱり旦那様はすごいですね」

 「だけど、これどうするつもりなの?」

 「それを今困っているんだろうが。他人の目につけば厄介な奴らが絡んでくることは間違いないし、俺が作ったとわかれば皇帝から呼び出されかねん」


 万能薬は希少価値が高いため持っているだけで万が一の備えにもなるし、自分のステータスにもなる。

 そのためこちらの爵位に関係なく貴族どもは万能薬を狙ってくるだろうし、万能薬が作れる人材がいるとなれば国益のために皇帝が逃すはずもない。


 面倒なことを避けるためにもこれは早めに処理するしかないだろう。


 「はぁ‥‥‥。俺は教室に戻る。お前達はどうする?」

 「旦那様、もう行ってしまうのですか?」

 「そうよ。昼休憩はまだあるんだしもう少し‥‥‥」


 俺が席を立つとリリアとルルアが寂しそうな表情を向けてくる。

 学院に通うようになって以前より一緒にいる時間が減ったためか、最近はこういう表情をすることが増えてきた。


 だが、今はここにいると万能薬のことを延々と考え続けてしまいそうなので一旦教室に戻りたい。

 俺は向かい側に移動してリリアとルルアそれぞれに口付けをする。


 「今はこれで我慢しろ」

 「‥‥‥はい」

 「わかった‥‥‥」


 2人とも頬を染めてどこかぽーっとした表情を浮かべる。

 何とかなったようだ。


 後ろから制服を引っ張られた感覚に後ろに視線を向ける。

 セリーナが自分の唇に人差し指を当ててこちらを見つめてきている。


 「‥‥‥‥ん」

 「‥‥‥行くぞ」

 「ふふっ、はい」




 =====




 「すまない、そこの君。少しいいかな?」

 「あ?」


 突然後ろからかけられた声に振り返る。

 俺の後ろを歩いていたセリーナの横には、燃えるような真っ赤な髪を頭の高い位置で結んだ女が立っている。

 格好を見るにどうやら学院の生徒らしいが、入学式でこんなに目立つ髪色を見た記憶がない。

 おそらくは上の学年だろう。


 「何か用か?」

 「突然呼び止めてすまない。私は3年のレイナ・ルインヴェールという者だ」


 レイナ・ルインヴェール‥‥‥‥。


 ああ、思い出した。

 確かコイツは主人公の年上ヒロインだ。

 もう少し後の時期に好感度を上げるイベントが起こったような気がするな。


 俺がそんなことを思い出しているとレイナはスッと手を上げて俺が手に持つ瓶を指差した。


 「君が持っているそれはもしかして万能薬、だったりしないか?」

 「そうだが、何か?」


 そう言えば手に持ったまま出てきてしまったな、と思いながら返事を返す。

 するとレイナは俺に向かって頭を下げてきた。


 「どうか、それを私に譲ってはもらえないだろうか?」


 確かレイナは伯爵家の娘だったはずだが、こんな簡単に頭を下げるとはな。

 まあ、を知っている俺からしたらレイナの思いはよくわかる。


 「もちろん無料ただでなんて言わない。君が求めるものは出来るだけ渡すようにする。だから、どうか譲ってもらえないだろうか?」

 「ふむ‥‥‥」


 俺がここでレイナに万能薬を渡すメリットは何もない。

 レイナ個人や伯爵家が用意できる対価など高が知れているし、何より伯爵家が用意できるものを公爵家が用意できない道理はない。

 面倒ごとの種になるかもしれないものとは言え、大した対価もなしに他人に渡すのは俺のプライドが許さない。


 「断る」

 「ッ。な、何とかならないだろうかっ?私にできることなら何でもするっ。どうしてもそれが欲しいのだっ」

 「断ると言っている。三度目はないぞ」


 魔力を解放し軽く威圧する。

 レイナは一瞬怯んだように身をすくめるが、キッと目に力を込めて再度口を開く。


 「頼むっ。君が欲するものは必ず用意するっ。君が望むのなら私の身体を渡してもいいっ」

 「くどいぞ。何度言えばわかーー」


 そこで俺の口が自然と閉じる。

 レイナは途中で言葉を切った俺に困惑の表情を浮かべている。

 俺が口を閉じ、レイナもセリーナも口を開かす、沈黙が生まれる。


 は使えるな。


 俺は悪役らしい笑みを浮かべて顔を上げた。

 そして、レイナに向き直り口を開く。


 「気が変わった。いいだろう。万能薬はお前にくれてやる」

 「ほ、本当かっ」


 レイナの表情が喜びに満ちる。

 だが、次の瞬間その表情には影が落ちることになる。


 「その代わり、レイナ、お前の身体を貰おうか」


 


 


 


 

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