コーリッド

 学院長ダルプスが部屋の崩壊と共に死亡したことはその日の内に学院中に広まった。


 担任は俺の言葉を守ったようで学院内では、学院長室に置いてあった魔道具が誤作動を起こしたために起こった事件、として話が広がっている。

 もちろん俺の名前は一切表に出されていない。


 魔法学院はこの件を速やかに処理、および学院内のすべての魔道具の状態を今一度確認するため、その日の授業は急遽中止となった。

 生徒達がそれぞれの別邸や寮に帰り閑散となった学院内では、おそらく教師や魔道具の専門家達が走り回っていることだろう。

 魔法学院には皇族が通う年もそれなりにあるので、もしかしたら皇室が関与してくるかもしれないな。


 「ーークハハッ」


 原作には一切なかった出来事。

 出来事の大小はあれど、それを自分の手で起こせたという事実に笑みが溢れる。


 着実に力がついてきているということの証だからな。


 「嬉しそうですね、旦那様」

 「そうね。いつにも増して上機嫌」


 ソファの中心に腰掛ける俺の両隣に座ったリリアとルルアがそんなことを口にする。

 

 「そう見えるか?」

 「はい」

 「何か良いことでもあったの?」


 ルルアが小首を傾げながら尋ねてくる。

 とても可愛らしい仕草だが、こればかりは口に出すことはできないな。

 言っても理解はできないだろうし。


 「さあ、どうだろうな」




 =====




 俺がダルプスを吹き飛ばした日から3日後。

 ようやくダルプスの件が片付いたようで学院から授業を行うと通達が来た。


 思ったよりも早く片付いたな、と思いながら支度を済ませて学院に向かう。

 学院の敷地内でクラスが別であるリリアとルルアと別れて自分の教室に向かって廊下を歩きながらふと考える。


 そういえばあの決闘を行ってから教室に入るのは初めてだ、と。

 決闘の次の日にはダルプスに呼び出されて、吹き飛ばした後はリリアとルルアを連れてそのまま帰ってしまい、その後も3日間学院はなかった。

 入学してからまもないと言うのに教室に入るのが4日振りとはな。


 そんなことを考えている間に教室の前にたどり着いた。

 扉を開いて中に入ると、教室中の視線が俺に向けられる。

 その視線に宿る感情は3日前に門で向けられたものよりも強い。


 おそらくだが、あの日主人公が教室で決闘を挑んできたため、自分の目で直接俺の実力を見た者が多いのだろう。

 だからこそ自分達との実力差を理解すると同時に、主人公に対する容赦の無さが同じクラスであるがために、普段同じ空間にいることが多くなる自分達にも向けられるのではないかと怯えているわけだ。


 なんとも弱いものだな。

 だが、それはともかくとして、この視線は鬱陶しい。


 「何をジロジロ見ている。お前らも、アイツのようになりたいのか?」


 バッと一斉に視線が逸らされる。

 軽く睨みつけただけだというのに、この程度で逸らすくらいなら最初から視線など向けてくるな。


 軽く息を吐いた後再び足を動かして一番後ろの席を目指す。

 セリーナも何も言わずとも使用人の待機スペースに移動していく。


 後ろの席に移動していると入学式の日と同じ場所にレッサー侯爵家次男のコーリッドが座っているのが目に入った。

 コーリッドは周りの人間のように恐怖を抱いて意識的に俺を視界から外しているようには見えず、何かに集中しているが故に俺に気がついていないように見える。

 近づいてみればコーリッドの手の中には一冊の魔導書がある。


 側に立って開いているページを覗くと、そこには魔法学院で習う予定の魔法陣とその解説が書かれている。

 どうやら予習をしているようだ。


 「勤勉なことだな」

 「ん?あっ、これはレイス様。挨拶もせずに申し訳ありません」


 コーリッドが慌てて立ち上がり俺に頭を下げてくる。

 その態度にはこの教室内の他の人間のような感情がうかがえない。


 「お前は、俺を恐れないのだな」

 「え?」

 「他の奴らは先日の決闘の一件で完全に俺のことを恐れ、極めて鬱陶しい視線を向けてくるというのにお前は変わらない。何故だ?」


 俺が問うとコーリッドはハッと目を見開き、目を真剣なものに変えた。

 そして俺の目をまっすぐに見つめながら口を開く。


 「私の父と嫡男である兄は他人を外見や能力、噂、自分たちにとって利益になるか、つまりは表面の部分だけで判断する人間です」


 よく知っている。

 リリアとルルアが俺のものとなった時にレッサー侯爵のことはよく調べたからな。

 おそらくはコーリッドが知らないことも俺は知っている。


 「そんな父と兄によって何の罪もない人々が不幸になっていくのを幼い頃から何度も、何度も見てきました。その度にその人たちを助けることのできない自分に怒りを抱いていました」


 コーリッドの表情が歪む。

 昔のことを思い出しているのだろう。


 「だからこそ、私はそんな人達を救える力を身につけ、父と兄のように人々を不幸にしないために人の深い部分まで見るようにしているのです」

 「だから、俺のことも恐れていないと」

 「はい。レイス様が力を見せつけるためだけに力を振るう方ではないと知っていますから。あの決闘にもしっかりと理由があったのでしょう」

 「‥‥‥そうか」


 コーリッドとは長い付き合いになるかもしれないな。

 







 

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