学院長
「困るんだよ、レイス・ヒーヴィル君」
高等魔法学院の最上階に存在する部屋ーー学院長室に入って言われた一言目がこれだった。
この言葉を放ったのはゴテゴテとした装飾のされた学院長室の一番奥、大きな事務机に座る贅肉のついた大きな腹を持つ男。
高等魔法学院学院長ーーダルプス・ヘルダイン。
原作に登場する機会は少なかったのだが、あまりにも典型的な敵役なのでかなり印象に残っている。
まあ、印象に残っているというだけでコイツ自体に興味は全くないが。
「困るとはどういうことでしょうか?学院長」
一応はこの魔法学院のトップだ。
敬語くらいは使ってやる。
「まさか、わからないとでも言うつもりかね?」
「ええ、わかりません」
「フンッ。これだから貴族のボンボンは」
貴様も貴族だろう。
それも俺以上に贅沢に贅沢を重ねてきた愚物のくせに。
心の内ではそんな悪態を吐きながらもそれを表情に表すことはしない。
貴族としての基本だ。
ダルプスが机の上に置かれていた紙を手に取り、視線を落としながら口を開いた。
「レイス・ヒーヴィル、君は昨日男爵家の生徒に決闘を挑み、相手が戦えない状態になっても審判の指示を聞かずに追撃をして重傷を負わせたようだな」
「いくつか事実と異なっている部分はありますが、まあ、概ね合っています。で、それが何か?」
「レイス・ヒーヴィル!あなたは自分がしたことをわかっているのですか!?」
学院長室の隅に待機していたS-ファーストの担任が俺の態度に声を張り上げた。
やたらと俺に対して突っかかってきて鬱陶しいことこの上ない。
おそらくコイツが都合のいいように事実を改変した報告書をダルプスに渡したのだろう。
コイツ以外にあの場で報告書を作りそうな教員はいないからな。
担任が俺に近づこうとする気配を感じるのと同時、学院長が口を開く。
「ミハイル・ワークイン君。君は口を出さないように」
「し、しかし学院長っ」
「口を出すなと言っているだろう。まあ、君が無職になりたいと言うのなら好きなだけ口を出すといい」
「ぐっ‥‥‥‥はい」
担任が大人しくなった。
学院長の脅しに屈したのか。
昨日は生徒のために動いたかと思えば、こうして職を失うことをちらつかせれば大人しくなる。
偽善者だな。
担任を大人しくさせたダルプスが再びこちらに視線を向ける。
「さて、話を戻そう。今回の件だが、多くの貴族生徒、年によっては皇族も通うことのある我が魔法学院で入学式の日に重傷者が出たと言うことで各方面から私に多くの問い合わせが来ている。それに対応しているせいで私は昨日から眠れていなくてね」
ダルプスの目元に視線を向けるが、隈など全く見当たらない。
脂でテカッた贅肉が瞬きのたびにぷるぷると震えているだけだ。
嘘も甚だしい。
「いくら貴族同士の決闘とは言えここまでの事態になった以上何かしら処罰を与えなければいけないのだよ」
そう言うとダルプスは俺の後ろーー担任に視線を向けた。
「ここから先は君は席を外しなさい」
「‥‥‥は?」
ちらりと後ろに視線を向けると間抜けな顔をした担任の姿が目に入る。
何を言われたのか理解できていない様子だ。
「聞こえなかったかね?君は部屋の外に出ていなさいと言ったんだ」
「が、学院長、それはおかしいのではありませんか?彼の担任であり報告書を書いた私がーー」
「外に出ていろ。これは命令だ」
「‥‥‥‥はい」
またもや学院長に屈した担任がとぼとぼと部屋の外に出ていく。
魔法学院にはまともな教師がいないように思えて仕方がない。
視線を前に戻すと、視界にニヤリとした笑みを浮かべた学院長の姿が入ってくる。
「さて、邪魔者もいなくなったところで話を再開しようか。君に与える処罰についてだが、最低でも数週間の謹慎処分になるだろう」
「‥‥‥‥」
「だが、公爵家の人間、それも次期当主という立場でありながら入学早々に謹慎処分などという傷を負いたくはないだろう?」
「‥‥‥‥そうだな」
ダルプスの視線と話し方から何を言おうとしているのか察しがついた。
無意識のうちに口調が崩れ、視線が鋭くなっているのが自覚できる。
「そこでだ。寛容な私は君が相応の態度を示してくれるのなら、特別に処罰はなしにしてあげようと考えている」
相応の態度、つまりは賄賂をよこせということだろう。
「ああ、勘違いはしないでくれよ?私は金が欲しいわけではない。金は十分持っているからな」
「‥‥‥‥では、お前は俺に何を求める?」
「話がわかるようで嬉しいよ。そこにいる君のメイド。それを私に寄越すのなら処罰はなしにしてあげよう。どうかね?」
‥‥‥どいつもこいつも俺のものを奪おうとするとはいい度胸だ。
魔力を解放する。
「遺言はそれだけか?」
「は?遺言?」
「『
爆発的な衝撃と轟音が鳴り響くと同時、俺の立っている場所より先になったものが全て吹き飛んだ。
あの愚物ーー学院長は部屋ごと跡形もなく消し飛び、目の前には青空と帝都の景色だけが広がっている。
「ご主人様、よかったの?」
部屋の隅に控えていたセリーナが俺の側に寄ってきた。
俺は近くまできたセリーナの腰に手を添えると一気に自分の方に引き寄せ、その唇に噛み付く。
「んっ‥‥‥‥はぁ、いきなりどうしたの?」
「お前は俺のものだ。俺のものを奪おうとする奴には一切容赦はしない」
「あら、嬉しいわご主人様」
「行くぞ」
セリーナの体を離し扉の方に歩いて行くと、反対側から扉が開いて慌てた様子の担任が部屋に入ってきた。
「何事ですかっーーって、これは一体‥‥‥‥」
「ああ、ちょうどよかった」
「レイス・ヒーヴィル、これは一体何がーーがぁっ!?」
担任の頭を魔力で強化した手で掴み、そのまま持ち上げる。
担任の頭には今、激痛が走っていることだろう。
「この件は俺の名を一切出さずに処理しておけ。もし、俺の名を出したらどうなるか、わかるだろう?」
「ぐ、あ、あ゛あ゛あ゛っ、ぐぅっ」
「わかったか?」
「ぐぅ、あ゛あ゛っ‥‥‥わが、た‥‥がっ」
手を離すと担任はそのばに崩れ落ちるように倒れ、両手で頭を押さえている。
「しっかりと、やっておけよ」
担任を放置し、セリーナを連れてリリアとルルアを迎えに行くために2人の教室に向かった。
作者より
今月の終わりまで更新頻度上げます。
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